269話 裏の顔
裏の顔まで行かなくても、人に余り見せない顔っていうか、ある場でしか見せない顔ってありますよね。小生もなろうに小説投稿してるのを知っている人少ないし。
国境近くの最後の宿場町ペイシャズ。
領都程ではないが、幹線街道沿いでもあるし、近くに国軍の施設もあるので、そこそこの賑わいだ。
我々は大使一行なので、高級役人が常宿としている旅館に宿泊する。
出動時は多くの場合、騎士団と共に食事を摂るが、今日の夕食は情報交換を兼ねて大使団のアストラをレティアはじめ随員と共にした。
話題は、襲ってきた者達が一体何者なのかだったが、結論は出なかった。
我が国の安全保障特別条約を進める取り組みに対する反対派ではないかと、騎士団での総括集会でも指摘された内容の域に留まった。
夕食を終え、自室に戻ってくると扉の前でスードリが待っていた。
目配せして部屋を通り過ぎ、空いているはずの部屋に入る。
紺色のローブを身に着けた男が床に横たわって居る。後ろでに縛られ目隠しが施されている。呼吸はしているが身動き1つせず、意識がない。
顔を上げて、スードリを見る。
「捕らえる前の言動に寄れば、昼間の襲撃の指揮をしていた者です」
「そうか、ご苦労。良く捕らえてくれた」
「いえ。御館様に場所をご指示戴けましたので、造作もありませんでした」
スードリ達の先行警戒で網に掛かり通信を貰った段階で、その周囲を広めに魔導探査した。我が一行を襲うには少ないと、腑に落ちなかったからだ。そこで検知したのが、この者とその仲間だ。
とは言え場所を伝えただけで、この通り任務を全うするスードリ達の実力は、並々ならぬものだ。彼らを配下に迎えられたのは相当に幸運と言えよう。
「後は任せよ。ご苦労だった」
「では……」
言葉と共にスードリの気配が消えた。
【電弧!】
差した指と寝そべる男の間に紫電が飛ぶと、くぐもった声を上げた。
「では、聞かせて貰おうか……」
†
軍施設までやって来た。
門番に予め決めてあった変名を告げると、すんなり入門を許されて馬車ごと進入。その後、館舎の応接室に案内された。
数分待つと、待ち人が来た。
「これはこれは。グルヒル殿ようこそ」
名乗った変名だ。
「既に盗聴防止の力場が張ってあります」
「はあ……そうですか。大使閣下自ら、お越し頂くとは恐縮です」
「中尉こそ。この辺境まで、お疲れ様です」
互いが会釈した。
何度か世話になり、こちらも世話をしている顔馴染みの士官だ。
近衛師団第2憲兵連隊、通称黒衣連隊と呼ばれる治安維持部隊所属で、特に彼の所属する警備3部は諜報系だ。
「いえ。こちらから頼んだことです。あのう、閣下……」
「今まで通り、ラルフで良いですよ」
中尉はにやっと笑う。
「いやあ、どうも敬語ってやつは苦手でな。助かる。ではラルフ。それにしても会う度に、出世していくが、変わらないな」
「妻にもそう言われます」
「そうかそうか。ところで留守番になった騎士団幹部は怒ってなかったか?」
「ああ、まあ気分は悪そうでしたね」
例えば、バルサムがそうだ。
今回、騎士団の随員を絞ったのは、中尉が所属する黒衣連隊からの要請だ。俺達一行が油断して居ると見せかけ、尻尾を出させる事を狙ったのだが。
どうやら、さる筋から俺が狙われているというタレコミが有ったようだ。
「そうかそうか、無事で何より。こちらでも、襲撃者を何人かは捕らえたが、残念ながら大した手掛かりは得られなかった。皆、襲撃のことは良く憶えて居らぬ様子でな。誰かに操られて居たらしいのだが……今はそこまでだ」
「では、私の馬車に来て頂けますか」
応接室を後にして、館舎の脇まで来た。
スードリ配下が御者として警戒している。
「普通の馬車で来たんだな」
そりゃあ、大使の馬車では目立ちすぎる。そう言うこともあろうかと、別に馬車を、魔収納に入れて持って来ている。
「ええ。まあ中へ」
客車を開けて中に入る。
「何を見せてくれるんだ?」
「この男も、手掛かりの中に加えて下さい」
前座席に男が寝転がって居る。
「ほう……この男は?」
「配下が捕まえました。実行犯の頭目です」
「どこで捕まえたんだ?」
「襲撃地点から、こちらに向かって500ヤーデン程にある小高い丘です」
「ふん。そこまではこちらの手は回らなかった。なんでそこに居ると分かった?」
「内緒です」
「ふん! まあいい。それで、こいつは何者なんだ?」
「名はヴィシン。魔術師崩れの強盗、殺し屋、なんでもござれのお尋ね者と本人が言ってました」
「本人がなあ」
中尉は呆れたように首を振った。
「この者は、薬と魔術を併用して人を操ることができるようです」
「んん? その手口聞いたことが……ヴィシン?」
「ああ。裏の商売をやるときはメディシムと名乗っているそうです」
「なっ、それを早く……メディシムと言えば、黒蜥蜴の異名を持つ大物賞金首だぞ!」
「そのようですな」
「くぅ……そうか。だが良く白状したな」
「素直なものでしたよ」
「そんなわけないだろう。まったく、いつもながら信じられんことをする」
「上級魔術師は、皆そんな者ですよ」
中尉は、納得したような、してないような、微妙な顔つきになった。
「で? 黒幕のことは」
「残念ながら、金で雇われただけのようで、依頼者の名は知らないと。ただし、鼻から下は隠していたそうですが。依頼者の特徴はスヴェインに当てはまります」
中尉は息を飲み、壁を睨む。
「スヴェイン、スヴェイン・アルザスか?」
「はい」
「やはり、アルザス家-バズイット家関連か」
タレコミにある程度手掛かりがあったのだろう。
「今のところ1番強い線ですね」
「ふーむ。なかなか冷静だな。復讐する気はないのか?」
「俺に直接来ている分には、さほど気にしませんが」
「じゃあ、それ以外……」
中尉は、俺の顔を見た途端、言葉を濁した。
「ああ、いや訊かなかったことにしてくれ。とにかく、この男は連隊で預かる」
「御願いします」
†
「おかえりなさい。あなた」
「ああ、ただいま」
宿の部屋に戻ると、アリーが居た。
立ち上がって、外套を脱がせてくれる。
「基地に行ったって聞いたけど。どうして? 腑に落ちないって言っていたよね、何か関係あるの?」
うちの女どもは、揃いも揃って勘も良い。ごまかし失敗だな。
「別に伏兵が居た。ルーモルトには言うなよ」
アリーは、はあと息を吐いて肩を落とした。
「そんなことだと思った。それで?」
「ああ、スードリ達が襲撃犯の指揮者を捕らえたので、引き渡してきた」
「ほう、流石は師匠」
納得したように肯いていた。
† † †
次の日、国境の川を渡る。
水深は浅いが、そのままでは馬車で渡れない。しかし、それは30年前までの話だ。街道には石造りの沈下橋がある。クラトス王国と修交条約を結んだからだ。幅4ダーデンもある石橋を、何の苦もなく渡り隣国に入った。
入ったと言っても、特に何もない。5ダーデン向こうの町に着くまでは荒野だ。
そう鷹の目には見えていたのだが。
「騎馬が居るな」
「キバ?」
300ヤーデン向こう街道脇に4騎整列している。きちんとした身形からして、野盗の類いではない。
「出迎えのようだ」
「クラトスの?」
「十中八九な」
やがて、車列が止まり、しばらくして再び走り出したが、先の騎馬が先導してくれている。10分もすると小さい町に着いたが、そこは素通りした。そのまま、小休止と昼食を挟んで14時までに、中核都市ステロスに着いた。
領主の伯爵様に挨拶し、15時には都市間転送を使わせて貰って、クラトスの王都ベラクラスに着いた。プロモスに向かうには、かなり大回りになるが、ここも目的地のひとつだ。
転送所を出ると、そこは田園風景だった。
聞いていた通り、城外に転送所がある形態だ。しかも1ダーデン程離れている。無論城内にも転送所があるのだろうが、普段は王都防衛上有利な外を使わせているのだろう。
こちらとしては都合が良い。
一斉送信を起動。
「私だ。皆よく聞け。第2装備で鋒矢陣形を取れ。繰り返す! 第2装備で鋒矢陣形を取れ!」
それだけ伝えれば、どうなるかは徹底してある。
【召喚ゴーレム!】
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訂正履歴
2020/03/28 誤字訂正、細々加筆
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




