267話 ラルフ 誤算を犯す
長い人生誤算は付きものです。小生も……いや、小生のことはどうでも良いですが、誤算で追い込まれた時に、人間性が出ますよねえ。
8月15日。
国王陛下より、特命全権大使に任命された。
昨日までの臨時が取れた格好だ。良く勘違いされるが、外国に駐在されている所謂大使も同じように特命全権大使というのが正式な役職名だ。
同時刻。アストラも首席秘書官に、また館で雇った者達2人も事務官に就任した。外務省と内務省から派遣された事務官とも顔合わせし、大使としての活動を始めた。
目下の課題は、プロモス王国への派遣だ。
無論同国との交渉もあるが、裏の使命として彼我の国の間にあるクラトス王国との外交もある。
上級魔術師で超獣と対峙するはずだったが、外交官の仕事をすることになるとは。どこでどう道を間違えたのか。まあ前者もクビになっていないだけマシか。
ミストリア国内には7月、8月と超獣が出現していないから、仮に大使になっていないとしても、今と差が有るわけではない。月番の隊は、いくつかの地方領に魔獣退治に出ているようだ。委員会へはうちの騎士団派遣の打診があるようだが、許可は下りていない。
王宮での執務を終えて館に戻ると、既にソフィーの反応はなかった。
本館執務室に入ると、モーガンがやって来て午前中の報告事項を2、3した後。やや眉を落としてこう言った。
「午前中大奥様がお越しなり、昼食を終えられてまして。14時頃、ソフィア様とご一緒に館を発たれました。都市間転送所までご一緒致しましたが、特段の支障はございませんでした」
大奥様とは、お袋さんのことだ。
「そうか、ご苦労だった」
エルメーダに戻ったか。おそらく、王宮での執務が押して、こういう事態になるだろうと、ソフィーとは朝挨拶を済ましておいて良かった。
「はい。報告は以上でございます」
「そうだ。新しく雇った者達の働きぶりは、どうか?」
「はあ。面接当時から大きく変わった者は居りません」
「ならばよし」
そう答えたが、モーガンは俺をじっと見ている。
「何か?」
「いえ、特に。では失礼致します」
何か言いたそうに……ああ、プリシラのことか。俺が聞きたがっているとでも思ったのだろう。
さて、一度公館へ行っておこうと思い、執務室を出たが。足が勝手にホールを突っ切り階段を昇った。扉を開けると、がらんとした部屋が有った。
寝具がなくなったベッドと机と椅子だけが残っていた。無論ソフィーが居た部屋だ。
本当に帰って行ったんだなあ。
ソフィーの笑った顔、拗ねた顔などが次々浮かんでは消える。
「あら。お帰りなさい」
「ただいま。アリー」
俺の横に寄り添ってきた。
「淋しくなるねえ」
「そうだな。そうだ、ローザは?」
敷地内に彼女の反応もない。
「ああ。このところ、運動不足だったから。お義母さん達が帰られたあと、何人か連れてお買い物に出掛けていったわ」
「そうか」
確かに妊娠していても、少しは動いた方が良いと言うしな。
「ああ、でもお姉ちゃん、さっきまで大変だったんだよう」
お袋さんか?
「何があった?」
「旦那様が出掛けてからかなあ。ソフィーちゃんが、わーわー泣いて泣いてねえ。お義母様が来られても泣き止まなくて……お姉ちゃんが慰めてたけど」
「ソフィーがか? いや……朝は機嫌良さそうにしてたじゃないか?」
「そりゃあ、大好きなお兄様に心配掛けたくなかったんじゃない? でも、あんなに泣くなんてねえ。初めて見たよ。凄く大人びているから忘れるけど、やっぱり8歳の子なんだねえ」
そうなのか。エルメーダ行きのことは、もう吹っ切れたと思っていたが……。
「アリーは……俺に気を使っているのか?」
「もっちろん! たくさん使ってるよ。世の中のお嫁さんは、みんなそうじゃない?」
† † †
8月23日。
正式な大使として、任務へ向かう日が来た。
今回の随員は、首席秘書官アストラ、事務官パレビー、さらに執事4人、メイド2人。外務省からは審議官レティア准男爵、事務官レーゲンス。格好としては、こちらと外務省の役人陣で並立できた。殊更に対立するつもりはないが、結果として国外で孤立することは任務遂行上避ける必要がある。
身籠もったローザは、もちろん留守番だ。
だが、アリーは同行している。
救護班の出番は想定されないので、俺としては留守番させるつもりだったが、ローザが外国王宮の催し物で、俺の相方が必要になるかも知れないと言って推してきたのだ。確かに、そういうことがあれば、ローザが務めることにはなっていたが。
俺としては、ローザに付いていてやって欲しいが、生まれる前から霊格値3000超えの子に不測の事態は起こらないだろう。そう思うことにした。ちなみに、先のメイドはアリー付きだ。
それから、今回は戦闘を想定していないので、ダノン、バルサムも留守番だ。
あと、騎士団からは、スードリ、ペレアス外8人計10人。総計21人の一行だ。
前回の派遣と同じように、我が国の国境近くの地方領へ都市間転送し、そこから国外へ向かう。今回は、南西の端であるアグリオス辺境伯領都オリスタに着いた。
転送所を出ると比較的高い城壁に四方を囲まれていた。
心なしか王都よりは暖かい気がする。空を見上げていると、壁の向こうから鐘の音が聞こえて来た。朝の8時だ。
「ここは、転送所が城壁内にある形態か」
「そうですな。閣下、すぐに辺境伯様とご面談です」
「うむ」
閣下とは俺のことだ。大使に任命されて以降、アストラは俺のことをそう呼ぶようになった。
国境までは100ダーデンあり、その先に河越えがある。今日はその前の町ベラーダに宿泊予定だ。ここで時間を費やすわけには行かない。
早速辺境伯と面談し、友好的な対応を戴いた。
辺境の地とはいえ基軸都市だ。今は都市間転送が有るため、それほど情報の遅延はない。アリーとの披露宴でも感じたことだが、国王陛下が俺の実家に示した恩寵は、実家だけでなく俺に対する好意でもあると、世間では受け取っているようだ。
無論、有力な大貴族であるファフニール侯爵家の後援があると、明示されたことも大きいだろう。眼に見えて俺の待遇が向上している気がする。
少なくとも形としては、引き留めを辞退して9時前にはオリスタを後にした。
今回は騎士団の独自拠点を設けることなく、定時連絡は通常通り外務省の出先機関に依頼することにした。
今回は既存の公用馬車を改造した。10人乗り客車相当に中央に壁があり、その後半分が主人の個室なのだが、余り趣味が良くなかったので、多少手を入れた。あとはいつものように足回りを強化してある。
昼休みを取って再び出発するとき、アリーが乗り込んで来た。
「なんだ、騎士団の皆と行くんじゃないのか?」
「うーん、ちょっとゼノビアちゃんのお邪魔のようだから。だめえ?」
邪魔?
「いや構わないが」
ゼノビアと何か有ったようだ。
「じゃあ、なんかお仕事があるときは、前に移るからね」
「ああ」
「しかし。初めて乗ったけど、御座車は立派だねえ。中は新しいけど、落ち着く感じだね」
「ははっ。まあ座れ」
壁に続く扉が開き、執事が顔を見せる。
「閣下、出発致します。よろしいでしょうか?」
「うむ」
「では」
扉が閉まって数秒後、手綱の音が響いて馬車が動き始めた。
「良い乗り心地。改造したの?」
「それ以外にも、いろいろとな。少し地味にした」
「そうだよね。そもそも旦那様は贅沢とか関心がないし」
「まあな」
「お姉ちゃんが、王都に来てから、旦那様は金銭感覚がほとんど変わってないって言ってたわよ」
「むう、今は結構お金を持ってるぞ。多分10ミストぐらい」
まじまじとアリーの顔を見る。
「何?」
「よそよそしいから、2人で居るときはだ。旦那様はやめてくれ」
ラルちゃんよりはマシだが。
「ふぉぉ……いいの? やったぁ。でも、なんて呼ぼう。お姉ちゃんはなんて呼ぶんだっけ?」
気恥ずかしい。
「あなた、だ」
「ふーん。いいわねえ……あなたぁ」
「なんだ?」
「呼んでみただけ。嬉しい」
城門を潜り抜け、馬車のスピードが上がる。
「快適だけど。夜まで暇だね」
「まあ、そう……でもないようだ」
壁の一部が点滅した。そこに設えた魔導具に触る。
「どうした?」
「失礼致します。この先5ダーデンの平原に伏兵が居ます。その数30」
ふむ。ここで来たか。
「うわっ! 壁が喋った。って、通信魔導具かぁ」
アリーが反応した。
「軍か?」
「いえ。見た限り軍人ではありません」
「わかった。ご苦労」
「スードリの配下?」
「そうだ」
魔導具に付いた、目盛りを合わせる。
「ルーモルト、聞こえるか!」
3秒後。
「失礼致しました。聞こえております」
「よく聞け。進路上5ダーデン先に、敵だ!」
「敵ですか?」
「安心しろ。敵は人間だ! それもたった30人。お前に馬車団進行の指揮権を授与する。また戦闘班を指揮して敵を排除せよ。なお持って来た全兵装の使用を許可する。ただし、団則を遵守せよ!」
「了解! 戦闘班は先行します」
通信が切れた。
「あのう……」
「どうした、アリー」
「だって、今回は戦いにならないって」
「ああ、このまま行くと誤算になるな」
「笑いながら誤算と言われてもねえ……じゃあ、あれを使うんだ」
アリーは可愛い顔を微笑ませる。
車窓に、路肩の土を蹴立てて抜いていく大型馬車2台が見えた。
「見ての通りだ」
「やっぱりね……どうしたの?」
アリーが俺を覗き込む。
「腑に落ちないなあ」
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訂正履歴
2020/03/22 爵位調整 レティア男爵→レティア准男爵
2020/07/07 誤字訂正(ID:425684さん ありがとうございます)
2021/09/11 誤字訂正
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




