266話 ラルフ 思い知らされる
へえ、勇弥(仮名)って、人の言うことを結構気にするんだ。意外! などと不本意なことを何度か言われたことが有りますが。あとで、というか、長いこと経ってから、突き刺さることがあります。
夜5時。婚姻披露宴が始まった。
既にとっぷりと日が暮れている。
会場に、数十人の招待客が現れ、玄関を少し入った小ホールで義母上と共に挨拶を受ける。
皆、紳士淑女然と着飾った貴族達だ。自分が主役かどうかはともかく、こういう宴も10回以上こなして来たので、慣れたものだ。
夫人の友好関係にある人達なので、半分位が年配者だ。
ちなみに古式に則って新婦であるアリーには会場に入る前から会っていない。
「サリエーズ宮廷伯爵夫人です」
この家の執事が隣に立って、挨拶する人々の名前と教えてくれた。
胸に手を当て、会釈すると相手の顔を見遣る。まだ若そうな割に、ほうれい線が目立つ夫人だ。
「初めてお目に掛かります。ラルフェウスと申します」
「おめでとうございます。まあ、噂通りの美男子だわ。そうだわ、ウチの下の娘が14歳なんだけど……おっといけない。よろしくね」
義母上の突き刺さる視線にようやく気付いたようだ。
「はい。こちらこそ」
「ラーラッド子爵様です」
「ようこそ。ラルフェウスと申します」
口髭を綺麗に整えた、がっちりとした体格の壮年男性だ。
「噂の魔術師様だな。この度はおめでとう」
どんな噂なのだろうか……。
「ありがとうございます」
会釈すると、でっかくて分厚い掌で握手される。
「そうそう、我が一族にも深緋連隊の者が居る」
へえ。
「そうなのですか。お名前は?」
「ミハエム・ソルダーだ」
聞いたことない名前だ。少なくとも上級魔術師にその名の人物は居ない。
「申し訳ありません。生憎奉職半年ゆえ、そのお名前は存じ上げません」
「いやいや、貴公とは違ってな、あれは30歳近くに成るが、まだ上級に成れぬと言っておった。会ったら声でも掛けてやってくれ。儂と同じように口髭を蓄えて居る」
「承りました」
うーーむ。この手の口髭の男性は何人も居るのだが。髭を見たら認識票を確認することにしよう。
次から次へと挨拶していたら、ようやく一通り終わった。招待客は、既に会場のホールに入り終わったようだ。
「では、私達も中に入りましょう」
「はい」
手を差し伸べると、夫人にこやかにそれを取った。歩を進める。
おお、金継ぎの周りに大半の招待客が集まっている。
執事が、警備をしてくれているので、展示の周りに張った綱の中に入る者は居ない。
すぐ横に、ご丁寧にも銘である金継ぎと、作者として俺の名前が書いてある立て札が立てている。
恥ずかしいが、さっきモーガンにも言ったように、少しでもエルメーダの評判が上がれば良い。
「まあぁ。サーディンの意見を入れて展示して貰ったけれど。みんな、王宮での逸話には興味津々だわね。でも少し関心を引き付け過ぎかしら?」
ん? ああ、新婦と比べているのか?
「義母上。ご自分の義娘を信じてやって下さい」
「そうねえ。うふふふ。さて婿殿、皆聞きたいことがあるようですから。説明して来て」
「承りました」
「新郎さん」
「はい」
近寄っていくと、ご年配の女性に手を牽かれた。
ウェルネー男爵夫人だ。
「これが王宮で絶賛されたという噂の……新郎殿が作られたのですよね?」
「はい」
隣の紳士も、身を乗り出す。
「王立博物館に展示されるというのは」
「ははは、まだ決まっておりませんが」
「いやいや、王甥殿下が甚く気に入られたと聞き及んでおりますが」
誰から聞いたんだ?
「おお、あの殿下に……。それはすばらしい」
「ええ、まあ。物珍しかったのでしょう」
笑顔を保って、受け答えをする。
「これは、お父君のご領地で採れた大理石を使って居るとか」
「ええ。国王陛下に献上した石を採った時に出た砕石を使いました」
「そうでしたか。なるほど」
「うーむ。石も優美な色だが、この金銀で繋いだ発想はどこで?」
「東洋に似た物があるようです」
「流石博識でいらっしゃる」
「とっ、ところで、我々は、この石を買い求められるのだろうか?」
「そうですね。この色の石は、中々値が張り希少のようですが。白や薄緑なども、たくさん産すると訊いております。壁や床などには落ち着いて良いかも知れません」
「それは、良いことを訊いた」
………………
…………
……
一通り答えたからだろう。ようやく人集りが平準化してきた。
壁際のテーブルに料理と飲み物が置かれ、メイド達が給仕している。
おっ、正面の席で、夫人が手招きしてる。
「はい」
「そろそろ、新婦を連れて来るから、新郎はあそこに居て」
打ち合わせにあった通りだ。
「わかりました」
夫人がにこりと笑って立ち上がると、ホールから奥に続く扉から出て行った。
数分すると、執事からではそろそろと促されて、指示された場所に移動する。
「それでは、皆様。大変お待たせ致しました。新婦が入場致しますので、ホール奥にお集まり下さい」
執事が拡声魔導具を使って呼びかけると、客達がぞろぞろと集まってきた。
すると壁際に居たメイドの多くが、照明魔導器に寄っていく。
一斉に消灯して真っ暗となった。
おおう……
響めきが上がるが、眼が闇に慣れてくると、扉の向こうから少し光が漏れていることが分かり、皆そちらに眼を引き付けられた。
「新婦アリシア・ファフニールの入場です」
拍手が巻き起こると、両開きの扉が開く。
魔導器の照明が焚かれ、覆により光が集中すると、純白の絹のドレスを身に着けた新婦が浮かび上がった。
光の中を夫人に手を牽かれた、アリーが静々と歩を進め俺に近付いて来る。
!
そのとき、俺の脳裏で母の声が谺した。
ラルフは、女のことがよく分かっていない───
俺は何を見てきたんだ。
顔の正面に着いている2つの球体はなんだ?
分かっているつもりだった?
姉とよく似た、同い年の幼馴染み──
人間としては、嫌いじゃない。
しかし、彼女の外見を、果たして俺は視たことがことがあっただろうか。
麗しい。
比類なく美しかった。
網膜に映っていても、敢えて見ないようにしていた──らしい。そうとしか考えられない。
いや、目に見える外見ですらこの体たらくだ。アリーの内面など見えているはずがない。
なんと未熟な! だがこの上なく幸運な男だ。
目の前まで達すると、夫人はアリーの手を高く掲げてから、俺に差し出した。
ベールの向こうの面には朱が差し、恥じらうような表情だ。
俺は内心恥じ入りながら手を差し出して、花嫁を受け取った。
†
「はぁぁあああ。良い披露宴だった」
もう館に帰ってきたというのに、反芻するようにアリーは身を揉んでいる。
宴が終わったのは1時間以上前のことだ。
「あぁあ、私もアリーお姉様のドレス姿が見たかったなあ。綺麗だったんですよね、お兄様」
珍しくソフィーもはしゃいでる。
「そうだなあ。確かに俺が見た中で、一番綺麗だったかも知れん」
「むぅ、なんかちょっと引っ掛かるけど。嬉しい!」
そう言いながら、俺の恋も冷めさせる勢いでバクバクと食っている。
そうだ、これもアリーの一面だ。
「まあ。よかったわねえ、アリー。でもこの時間に食べ過ぎると、折角誂えて貰ったドレスにお腹が入らなくなるわよ」
正妻が嫌みっぽく言う。確かにもう22時だ。
そうか。あのドレスは、白いが余り派手ではないから、ベールとかしなければ、花嫁衣装と決まるわけでもない。ローザの口ぶりからすると、使い回しが利くのだろう。
「うぅぅ! だって宴の間中、ひっきりなしに話しかけられて、全然食べてないんだもん」
ワインは飲んでいたな、上品にだったが。
「はあ。あの料理もおいしそうだったけど。やっぱり、お姉ちゃんの作った物が最高だわ。それで、旦那様にお願いがあるのだけど」
「んん。なんだ?」
「あのホールの真ん中に立ってた、紅い石の……あれを見せて欲しいのだけど」
何だそんなことか。高価な物をねだられるかと思った。
「ああ」
「なんですか、ローザお姉様?」
「何日か前に、アリーと一緒に見せてもらった、石の珠よ」
「珠?」
「そう……なんだけど、前と違って、何かキラキラしてたのよね。それにさあ、お義母様の話だと、すごく噂になってたみたいだから。なんで噂になるの?」
王宮における先日の出来事は何紙にも掲載されたが、石材披露会と我が祖先の名誉回復と勲章授与のみの内容に留まった。そして物産展覧会については、どの新聞も取り上げなかった。王宮の中の話しは、王宮庁の発表をそのまま載せると言うのが不文律だ。要するに、王宮庁が書かなかったのだろう。
もっとも、噂の伝わる速さは光より速いと言うが。しかも、貴族は噂話が大好きなものらしい。それは、宴でも実感した。
しかし。
「あーーー。実はこの前の王宮で披露した」
「えぇぇ。聞いてないんですけど」
「あなたのことを他の皆さんがご存じで、私達が知らないと余りではありませんか?」
今夜はローザも手厳しいな。
「ああ、お兄様。私も見たいです」
「お嬢様。そろそろ就寝の時刻ですが」
「もうちょっと良いでしょ」
「はあ」
俺を睨むな、パルシェ。
このソフィー付メイド兼警護役は、モーガンと俺が今後どうするか聞いた時に、あっさり親父さんに誘われたので妹に付いてエルメーダに行く。ついては暇を貰いたいと断言した。俺への態度はともかく、ソフィーへの忠誠心は本物だ。
そのパルシェが、何でも良いから早く出せという顔をしているので、立ち上がって居間の中央に出庫した。
みんなが立ち上がって、寄ってくる。
「綺麗!」
「へえ、キラキラって、こうなってたんだ」
「まだ無骨か? アリー」
「いやだ、気にしてたの? うーん。前見た時より、ずっと良いよ。華やかだし」
「そうか。ならば、アリーのお陰だな。礼を言う」
「いやいや、そんな……そんなつもりで言ったわけじゃ」
「わかっているさ」
アリーは珍しく真っ赤になった。
「ところで。3日前は、石だけだったですよね。何時このように変えたのですか?」
「王宮に行ってからだ」
「えっ?」
「本当ですか?」
「ああ、急に出し物が必要になって、決断したんだ。振動加熱系魔術で、金と銀を溶かして流し込んだ。元は親父さんから借りた、金貨と銀貨だ」
「へえぇぇ。魔術の話はよく分からないけど、さっすが旦那様!」
そう言いながら、至近距離まで寄って視ている。
「でも。お義父様がご覧になったのでしたら。誕生日には早いですが、この前お渡しすればよろしかったのでは?」
「ああ。それがしばらく渡せなくなったのだ」
「はぁ……」
「どうやら王立博物館に展示されることになりそうなのだ」
「「えっ?」」
アリーとソフィーがギクシャクと数歩後退った。
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訂正履歴
2020/03/18 少々加筆
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




