265話 敵わないもの
敵わないもの。沢山ありますが、その筆頭はこの人ですよね。
王宮から館に戻り、父母と喜び合った。その後、親父さんはもう一つの懸案に取りかかった。
「母上は行かなくて良いんですか?」
親父さんは、ソフィーの部屋に行っている。
俺とお袋さんは、執務室に居る。物珍しそうに、俺の書棚を眺めている。
「魔術の本ばかりねえ。ラルフのことだから、これ全部理解してるんだろうけど……」
「いや、そんなことは……」
あるけれども。それとソフィーの説得へ行かないことと関係あるのか?
「そんな博識のラルフでも、ソフィーのことはあんまり分かってないわね」
「は?」
そりゃあ、お袋さんより知っている訳ないだろうが。
「ソフィーに限らず、女のことがよく分かっていない。まあ16歳で分かって居たら、それはそれで恐いけど」
「はぁ」
何が言いたいんだ?
「翻意なんて論理じゃないの。何人も行くと構えちゃって、却って意固地になるから、あの人だけでいいのよ。あなたもローザさんや、アリーさんと相対するときは気を付けることね」
ふむ。偶に良いことを言うなあ。
「肝に銘じます。……ところで母上」
「何かしら?」
「以前、エルメーダに伺ったときに母上が仰った気に掛けてやれと言う話、ソフィーを魔術師として勧誘する人物がいました」
「そう……もう来たんだ」
にこやかだった面相から成分が抜けていく。
「何かご存じなのですか?」
「もちろん。あの人にも言ってないことだけど」
親父さんにも?
「ラルフは知って置いた方が良いわね。うちの家系……と言っても、パロミデスの方だけど。代々巫覡を出して居る家系なの」
「巫覡、ですか?」
「うん。アリーさんとは違って……」
ならば。
「予言系魔術師ですか」
「そうそう。魔術よりは霊感が強いのよ。私もそうだったけど、多くは思春期にその能力がなくなるのだけどね。ある割合で能力が大成する者も居るの」
「初耳です」
お袋さんは、自分の実家の話をほとんどしない。
「そうよね」
どうやら冗談ではないようだ。
「で、光神教会の未来視能力者として勧誘されたわ、私も。10歳の頃に」
「教会ですか?」
なんだ教会か。
いや教会でも凄いことなんだろうが、ソフィーと比べれば深刻度が大きく異なる。
「あらっ、違うの? ソフィーの場合は?」
「教会ではないですが。それ程怪しい組織ではないようです。それよりは、その後はどういう経緯だったんですか? 結果は分かっていますが」
18歳で親父さんと結婚して、20歳で俺を産んだ。
「ああ、私が15歳に成ったら、また来ると言ったけど、結局来なかったわね。その頃には私の力は弱まっていたからね。まあ、今でも人よりは強いとは思うけど」
巫覡は、平均的に霊格値が高いという。
才能的に近いと俗説のある魔術師も同じだ。それに才能は霊格値だけで決まらない。とはいえ指標のひとつであるのも事実だ。
お袋さんも180と、一般平均の100よりは高いが特異値かと言われればそうでも無い。アリーは6歳時に264だったからな。
俺もアリーも教団の勧誘に遭わなかったのは、エルディア、ダルクァン両司祭のお陰だ。
「もしかして。俺が幼い頃、魔術を使うのを疎まれたのは、そう言うことですか?」
「そうよ。霊感が弱まった時悲しかったからね」
ふぅむ。
お袋さんが魔術に忌避感を持っていたのは、そういうことだったのか。
「ソフィーもラルフと一緒に居ると霊格値が高くなりそうだから」
「いやあ……」
心当たりが無いこともない。
「ラルフに影響と言えば……」
「なんです?」
「うん。あの青狼……セレナだっけ? 姿が見えないけど。どうしたの?」
「ああ、修行に出して居ります」
お袋さんの眉間に皺が寄る。
「魔獣が修行?」
一月程前、深夜に突然聖獣イーリスがやって来て、セレナを鍛えると言いだしたのだ。
驚いたが、セレナが強くなって帰ってくると答えたので許した。このところ余り構ってやれなかったからな。
「魔獣ではなく、正式に聖獣となりました」
ますます皺が寄る。
「聖獣……ああぁ聞かなかったことにして」
頭を振った。
「しかし、ソフィーも大変ね。今回のことでラングレン家も名実共に名家の仲間入り。婚姻の申し込みがまた増えるわ。あなたの子が産まれたら、少しは減るでしょうけど」
それは、ソフィーがラングレン家を継ぐ可能性を狙った申込者も居ると言うことだな。
「スワレス伯爵家に未婚で歳頃のご子息が居ないというのもね、良いんだか悪いんだか……」
確かに。最近伯爵様の初孫が生まれたとは聞いたが。居たら、望まれることだろう。
「ところで、今回はパロミデス家の方も表彰されましたが」
「そうね、流石に勲章貰ったんだから、あの頑固爺にも会わないとね……」
気が重いわという風情だ。
余りよく知らないが。リノン叔父に聞いたところでは、お袋さんは親父さんと結婚するときに、その爺様から、半ば勘当されたそうだ。リノン叔父は姉であるお袋さんを今より数倍も慕っていたから、結婚式に出たかったそうだ。だが、当主である爺様の意向で使者を送ったぐらいで誰も参列しなかったと聞いた。
そんな頑固な爺様だが、俺が生まれて態度が軟化したそうだ。
ソノール郊外に住んでいるので、俺も何回か会いに行ったことがある。俺には優しい爺様だ。
「まっ。父が気に入らなかった、この家も。嫌っていたラジナス叔父も名誉回復したわけだから、いい気味だわ」
屈折してるなぁ。
ラングレン家に嫁いで庶民よりは裕福な生活をしていても、お袋さんは結構苦労したらしいからな、致し方ないか。親父さんと夫婦仲が良くて幸いでしたな。
……おっ。
「父上が来られます」
「そうなの?」
「おお、ここにいたか。喜べ、ソフィーがエルメーダ行きを納得したぞ」
満面の笑みだ。俺が思うよりは何倍も可愛いはずだしな。仕方ない。
「それで、日取りはどうなりましたか?」
「8月15日とした」
思ったより早いな。
「わかりました。ソフィーの学校の方の手続きは父上の信任状があれば、当方でも手続きが進められますが」
「手回しが良いな」
「ええ、調べたのはモーガンですが」
「ふぅむ。では、そうさせて貰うとしよう。ルイーザも、それでいいな?」
親父さんがお袋さんを振り返る。
「はい、もちろん。じゃあ、ラルフ。私が15日には迎えに来るから」
「承りました。生憎ですが、15日は公務がございますので、出払っているかと思いますが。ローザとモーガンにはよく申し付けておきます」
親父さんとお袋さんは、次の日にエルメーダへ帰って行った。
† † †
忙しくしていると、時の流れは早い。もう今日はファフニール家での披露宴の日だ。モーガンと一緒に、同家の上屋敷に向かう。馭者台では、執事が手綱を取っている。
主役のアリーは、準備があるとかで昼から先に行っている。それから遅れること数時間、車窓から見える初冬の太陽は、大分下がってきている。
「ご苦労だったな、モーガン。人員の補充も概ね終わったし、この宴が終われば一段落だ」
宴は向こうが仕切るので、こちらも客扱いとなり、さほどのことはもうない。
だが、これまでの準備は、気を使う大変な仕事だったはずだ。
「はっ! それよりお館様には、先様の急なご要望に対応頂き、ありがとうございます」
「いや構わん。本家のためになるからな」
それが何かはすぐ分かる。
馬車がファフニール領上屋敷に着き、執事に迎えられる。
「子爵様。ようこそお越しになりました」
片脚を引いて挨拶された。
「出迎えご苦労」
「お出でになった早々恐縮でございますが、大奥様が別館のホールでお待ちですので、そちらへ」
「では案内を頼む」
付いていくと、数分も歩いて着いた。
なかなか豪奢なホールだ。
差し渡し40ヤーデン程も有る。
壁は石灰岩、柱や床の一部は大理石で作られており、白く明るい空間となっている。
広いゆえに、照明は二〇基程の魔導具が費やされ、煌々と明るい。本当に羽振りが良いなあ。
夫人は、壁際に椅子を置いてそこに座っていた。少し寒いのだろう、膝掛けをされている。そこゆっくりと近付く。
「義母上様。お久しゅうございます」
何人目の母なんだか。実の母に、マルタさん、ドロテア夫人と来て、ユリーシャ夫人で4人目か。
「まあまあ。婿殿良く来てくれました。まあ、礼服姿も似合って、男前だわね。今日の日を指折り待ってましたよ」
「ありがとうございます。義母上もお元気そうで何よりでございます」
夫人は微笑んだ。
ん? 後ろに立った執事が、何か気を揉んでいるようだ。なるほど。
「ところで、あちらですかね」
ホールに入って、目星を付けて居た場所を振り返る。
「どうなの?」
夫人は、執事に問うた。
「はい。子爵様にご持参下さるよう、御願い致しました物の展示場所があちらでございます」
一段高くなり、そこに高価な目の詰まったゴーラン織の敷物が被せられている。
「わかった」
「では、搬入をお願い致します」
「いや、既に持って来ている。置いてよろしいかな」
持って来ていないと思って焦っていたようだ。
「はい?」
執事は、俺とモーガンの周りを疑わしそうに探している。
「もぅ! 婿殿が魔術師だと言うことを失念したの?」
「あぁ……失礼致しました」
魔収納から紅大理石と金銀の球体と台座となる小柱を出庫して、空中に浮かべるとゆっくりと台の真ん中に降ろした。
「ふぁぁ……」
長く漏らした溜息に対し、軽く会釈する。
「新聞で婿殿が作ったと読んで、凄く楽しみにしていたのだけど。美しいわ」
「お褒め戴き恐縮ですが、美しいのでしょうか?」
「あら、作った本人は、そう思ってないの?」
「それなりには思っていますが。私は、審美眼と言うものを持ち合わせていないので」
「まあ! 審美眼。うふふふ……あんな綺麗な姉妹を、赤子の頃から見初めておいて、それはないんじゃないの?」
「いや、それは偶然で。そう、この金継ぎも魔術で作りましたが、偶然の産物なんです。だから……」
「そう金継ぎと言う名前なの、良い趣味だわ」
ルフタから銘を決めろと言われて、ふと思い出した名前だ。
東洋の何処の国で、器が割れたのを金や銀で継ぐという技術が有ったようだ。正確に言えば固着力の主体は金銀ではないらしいが。
「でも。偶然、大いに結構。亡くなった主人がよく言っていたわ。素晴らしい偶然は、相応しい者の上にしか舞い降りないって」
敵わないなあ……。
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訂正履歴
2020/03/18 誤字訂正(ID:1169273 様 ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/19 妙齢なご子息→歳頃のご子息(犬やねんさん ありがとうございます)




