264話 ラルフ 絶賛される!
絶賛される……なんてことは滅多にないですが。そのあとはしばらくは生きていくのに勇気が出ます。
式典が終わって賓客達が引き上げると、披露会の参列客達が親父さん達を囲んだ。
皆に褒めそやされているのだろう。挨拶やら握手をしている。特にお袋さんが嬉しそうに、相手をしている。
貴族というのは、現金な者だ。
まあ陛下が式典であれだけやってくれたのだ。目を掛けて下さっているのが、誰の目にもあからさまだ。ここで、我が実家と繋がりを作っておくのが得策と考えて居るのだろう。
「ラルフ!」
「バロール卿」
「よかったなあ。おめでとう」
「ありがとうございます」
手を取って握手される。
「卿は、あそこに行かなくて良いのか?」
「褒められたのは先祖であり、父ですので」
「ふーん。まあ親子だ。そこまで気を使わなくても良いと思うが」
そんなことはない。大事なことだ。
「俺としても、あの感じの良いお父上が褒められるのは嬉しい限りだ。今日会ったばかりなのに親戚のおっちゃんというか、ずっと前から知っている気がする」
「それはどうも。でも、父はバロール卿と8歳ぐらいしか違いませんよ」
「そうなのか? というか、そもそも卿は何歳なんだ?」
この人は……。
「16歳です」
「16? ああ、そう言えば最年少上級魔術師とか言っていたな。それにしても……」
「は?」
「老けた16歳だな」
「ははっ、褒められたと思っておきます」
「うん。褒めた褒めた。ところで、こんなところでのんびりしている暇があるのか?」
「と、仰いますと?」
「いやいや。聞いてないのか? 王甥殿下が、物産展をご観覧されていらっしゃるぞ」
「はっ? 本当ですか?」
「なんだ、物産展の主催者から連絡来ていないのか?」
陛下も陛下だが、殿下は輪を掛けて奔放だな。
眼を瞑り、額に中指を当てて感知魔術を発動。
まずい!
バロール卿が言った通り、殿下らしき一団の反応が、さっき行ったエルメーダの区画の近くに迫っている。
人並みを掻き分け、親父さんに知らせに行った。
†
回遊路を大回りして、エルメーダの区画に着いた時には、殿下はひとつ隣の区画にいらっしゃっていた。
ふう。なんとか間に合った。
嫌がらせをする者達に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「御館様!」
クリストフが救われたと息を吐きつつ親父を呼んだ。
むう。
多くの者が区画を訪れたのだろう、敷地内の土が踏み荒らされてしまっている。ここにお運び戴くのは、気が引ける。
「はっははは。我がミストリアも捨てた物ではない。なかなかの名物がいくつもあるではないか」
「はい。殿下。次はエルメーダにございます」
侍従らしき男が、白い礼服を纏った紳士を誘ってきた。
「少々お待ち下さい」
殿下の前に大きな巻いた敷物が転がって広がり、寸前で端が回遊路に届いた。
「おっ、おぉぉぉ」
跪いた俺の横を、殿下が声を上げながら駆け抜けた。無論敷物に驚いたわけではない。
地面など眼に入らぬ態で、大理石の小柱へ抱き付かんばかりに接近。手を伸ばした。
「ぬぁ……」
が、思い留まったのか寸前で止まった。
そして、敷物を外れ、靴が土に塗れるのを意に介することもなく、唸りながら小柱を廻り始めた。
「むぅ……これは。なんだ……このような物、見たことがない。おい、ルフタを呼べ!」
「はっ!」
侍従の1人が走って行った。
「この石の色に艶。優美でありながら、緊張を与える金銀の流れるような様。どこから見ても素晴らしい」
唸りながら血相を変えていた殿下も、周回3周目に至って立ち止まった。
ようやく傍らに控える俺達が眼に入ったようだ。
「おお、そなたは……」
「ラングレンにございます」
親父さんが反応した。
「……ああ、そうそう。さっき表彰されていた。これは、そなたの物か?」
「はっ、はい。我が息子が贈ってくれた物にございます」
親父さんが手でこちらを指した。
「息子? ラングレン? おおぅ。そうか! 最近巷を賑わしておる、好色──ではなかった、上級魔術師のことだな」
まったく。俺の評判はどうなっているんだ?
確かに、次々と名家の娘を娶る男とか書いていた新聞があったしな。2人の妻の身元を明らかにしないことを良いことにして、書きたい放題だ。
「はっ!」
「それはいいとして。これだ!」
殿下は、石柱を振り返った。
「台座はともかく。この珠。先に見た大きな立方体の紅い大理石、あの石材と同じ物だろう。しかし、それぞれを繋いでいる物は金と銀。したがって、天然の物では有り得ない、人の手による物だ。誰が創ったのだ!?」
なんだか、とても言い辛いが。
曇りがない眼で見られているので仕方ない。
「私が作りました」
「そうか、そうなのか」
がっつり両肩を掴まれた。満面の笑みで顔を近付けられる。
殿下ぁぁあ、殿下ぁあああ……少し離れたところから聞こえてきた。
「おおぅ、ルフタ! こっちだ。こっちに居るぞ!」
はぁはぁと太い息を吐きながら、主任芸術家が駆けて来て跪いた。
「おぉ、お呼びでしょうか? はぁ、はぁ……ラルフ殿にラングレン男爵様」
「ふふふ。来たな! 私に感謝するが良いぞ。あれを見よ!」
芝居掛かって揮われた指を、視線で追ったルフタの顎が落ちた。
「こっ、これはぁぁ……」
対照的だ。
30秒、こちらは固まった。
「前衛だ……」
またか。意味が分からん。
「ふーむ。これはラルフ殿が作られたのですね!」
「分かるのか、ルフタ?」
「ええ。エルメーダを訪れましたので当然です。しかし、どうやって……いや、魔術で作られたのは、わかります。わかりますが、それ以外はさっぱり。どうやって作られたのですか?」
「ふふふ……これだ。まあ、作り方などどうでも良い。それは、またいつかじっくり聞いてくれ。私は、この芸術がこの先どこに行くのか。そちらに興味がある」
芸術?
「確かに。私も国宝と言って良い物がどこに行くか知りたいです」
おいおい!
「そうであろう。どうされるか聞いておきたいな」
「らっ、ラルフ」
「はい? これは、父上に贈った物ですので、当然エルメーダに」
「いや、そんな大それたことは!」
「ああ……では、こう致しませぬか。殿下が理事を勤めていらっしゃる王立博物館に貸し出し戴いて、展示戴くというのは?」
「うーむ。良い考えだ! 良い考えではあるが。ラングレン殿に強制はできぬ。そのようなことをすれば、伯父上にお叱りを戴くことになるであろうからな」
「わかりました。では、ルフタ殿の仰ったこと妙案と存じます」
「おおぅ。そうか。でかした、ルフタ! うむ。ラングレン卿、礼を言うぞ!」
殿下が破顔した
「勿体ない」
親父さんが杓子定規に跪いたので、俺も続いた。
†
「話が違うではないか!」
王宮の何処かの部屋──
「ふん! それはこちらの台詞だ! こちらは、受け取った計画通り、物産展も開いてやったではないか」
「それとて、ラングレン家に名を成さしめただけに終わった」
「舞台は用意した。責任は、舞えなかった、そちらにある」
「違う! 計画に瑕瑾はなかったのだ。唯一の誤算は、あのラルフェウスだ! あいつさえ居なければ、企み通りに進んだものを。なぜ招待したのか?」
「長官のお声掛かりだ。否やはない。済んだことを議論しても無意味だ。それより……」
「何か?」
「今度ばっかりは、御主君にお控えあるよう、お諫めされるがよろしかろう」
「何? 裏切るのか?」
「裏切る? 便宜を図っただけで、そちらの一味にされては甚だ迷惑だ。それに陛下があそこまで肩入れされるとは、尋常ならず。考えを改めるに如くはないからな。では失礼」
一方が部屋を後にした。
「くっ! 今さら日和見とは、俗物が! が、主敵は彼奴だ。それを忘れてはならん」
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訂正履歴
2020/03/11 誤字訂正と細かく加筆
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/04/05 誤字訂正 (takoQさん ありがとうございます)




