261話 まずいことになったらしい
どうです? 皆さんはまずいことが起こった時、自分で気づく方ですか? 人に告げられる方ですか? 小生はほとんど前者なんですが、滅多にない後者の打撃は……はぁ。
本館、公館で雇い入れる者の面接を実施していると、瞬く間に時間が過ぎた。
中々骨が折れたが、俺が審査するのは職責上位の候補者達だけなので、全員を見ているモーガンやダノンに比べれば大したことない。
もちろん、プリシラも面接を受けに来た。その時は面接官を遠慮したのだが、彼女は見事合格した。モーガンの講評に、受験者曰くお館様のために粉骨砕身……と書いてあり、微妙な心持ちになった。
まあ、若い未婚女性を預かるのだ、同条件の者達と共に気を付けていかねばならない。
そして、今日は8月7日だ。
昼過ぎになって、辻馬車が2台連ねて、本館へやって来た。親父とお袋にその随行4名だ。先触れがあったので、玄関で待ち構えていた。
「お父様ぁぁ」
降りてきた親父さんに、ソフィーが小走りで抱き付いた。
親父さんも嬉しそうに、頭を撫でてやっている。
ああ、ソフィー。甘えるのは良いが、お袋さんの方にも行かないと拗ねるぞ。
「ラルフ!」
母上。何ですか、その腕を広げた姿勢は?
「父上、母上。ようこそお出で下さいました」
恭しく挨拶するとお袋の頬が膨れた。
「ほう。聞いてはいたが、なかなか良い館だな」
親父さんは、ここは初めてだったな。
その後、ローザもアリーも挨拶を終え、親父さんと中に入ると、ホールでモーガンとダノンが待ち構える。
「父上。家令のモーガンです」
「初めて御意を得ます」
モーガンが跪礼した。
「うむ。良くできた息子だが、親からすればまだ若い。目を掛けてやって下され。よろしく頼みます」
「もったいないお言葉」
「おお、ダノン殿。ひさしぶりだな」
「ディラン殿」
「ラルフの頑張りは、ダノン殿と騎士団の方々の後詰めあってこそ。感謝している」
「うむ、任せておかれよ。ははは」
相変わらず仲が良い。ダノンが王都からスワレス領に移ってからの15年の付き合いと聞いているが。
親父さんを促して、左へ曲がり食堂へ通す。
メイドが準備し、ローザが手ずからお茶を淹れてくれた。
「子爵殿、歓迎痛み入る」
「ソフィーの出迎えは威力絶大ですね」
「ははは、違いない……ああ、美味い。相変わらずローザ殿の茶の味は格別だ」
正妻は、少し微笑んで肯いた。
「そうねえ。さっき王宮宿舎で飲んだのよりおいしく感じるわね。でも!」
「ん?」
「3人目の娘ができたと言うのに、シュテルンの頃と顔ぶれが変わっていないのは、ラルフに反省を求めたいところだわ」
「それがいいんじゃないか、ルイーザ」
「そういう見方もあるけど。ああ、そうそう。プリシラちゃんは、どうなったの?」
やっぱり手紙にあった被害者とは想像通りか。
「ああ、経理担当として働いて貰うことになりました」
手招きされ、顔を寄せる。
「そう。ああ、娶らないのなら、手を出しちゃ駄目よ」
ソフィーに聞こえないように小声だ。
「ご心配なく」
その後、昼食を饗応すると、ソフィーを連れて王宮内宿舎へと戻っていった。
†
翌日。
遣わされた馬車に乗り王宮へ出掛けた。
南正門を通り抜け、西苑玄関に向かう。
玄関を潜ると、既に多くの馬車が停まっている。今日は園遊会の形式で実施されるので、殿舎に横付けされることなく、普通の石畳で降ろされた。
陽光はあるが、晩秋というよりは初冬の日寄りだ。礼服の上に薄手の外套を着込んできたが肌寒い。ハレの日ではあるが、ローザを連れてこなくて良かった。
後ろから来た馬車の扉が開いた。
降りてきた男性が、こちらに気付く。
電光バロール。俺と同じ子爵にして、賢者だ。
白い軍礼服に身を包んでいる。
従者に何事か申し付けると、こちらにやって来た。視線を巡らせている。
「バロール卿。お久しぶりです」
「やあ、ラルフ。なんだ1人か?」
「ええ」
受付を待つ列の後端に並ぶと、バロール卿は表情を崩した。
「ふーん。もしかして、側室を作ったので正妻殿と折り合いが悪くなったのか?」
悪くなったら、どうだというのだろう。
【音響結界】
「いえ。ローザは身籠もったので、置いてきました」
「はぁん、そうか。身籠もったのか……身籠もったぁぁあ! とか叫んでみても、誰もこっちを向かぬ。流石はラルフ。結界が万全だな」
うんうんと肯く。
「そうかぁ。もう子供ができたのか。羨ましいなあ」
「なんなら後添えを紹介しましょうか?」
「むう。馬鹿にするな、これでも!」
「これでも?」
「うぅうん! 内緒だ。ローザ殿ご懐妊の件は伏せておく」
「では、その線で。ははは……」
受付を済ませて中に進むと、広い庭園のあちこちに礼服を着込んだ貴族達がいる。歩いたり、点在する幔幕内で休んでいる。中には魔導の暖房器が置いているので、それで暖をとっているようだ。外套を着ている貴族は居ないので俺も脱いで魔収納へ入れる。
なんとなくこちらを見る者達は多いが、寄ってくる者は居ない。
「ふん。軍服の効能が出たな」
ああ、それで遠巻きにされているのか? まあこちらにちらちらと目線は送っているから、関心はあるのだろう。
よく手入れされた生垣を縫って歩いて行くと、広場のように開けた場所に出た。これが中央噴水の広場か。大きな噴水があるが、今日は止められているようだ。その横に、大きな白い幕が張り巡らされている。
「あれか? ラルフの出身地から産出された石材というのは」
正確には先祖伝来の地だが、似たようなものだ。
「そうらしいですね」
「見えているのだろう、ラルフも」
魔感応で見える。にっこり笑って肯く。
その傍らに、見知った顔が見えた。ルフタだ何事か差配している。向こうもこちらを見付けたのか、手を振っている。会釈しておく。
「あれは、工芸院の主任芸術家だったはずだが、知り合いか?」
「ええ、まあ最近」
「何気に顔が広いな」
親父殿は、どこだ?
王宮内で魔術発動を頻繁に使うのは気が引けるが、まあ受信だけなら……居た。お袋さんと一緒だ。
「さて。陛下のお出ましには、まだ時間があるな」
確かに1時間弱はあるだろう。
「どうする、その辺を散策するか、それとも俺達もそこの幔幕に入るか?」
「幔幕に入りましょう。ただそこではなくて、こちらへ」
「ん? どこでも一緒だろう?」
60ヤーデン程歩いて、目隠しの幕の向こう側に歩いて行く。
「あそこに入りましょう」
バロール卿は怪訝な表情だったが、付いて来ている。
「父上、母上」
「おお、ラルフ!」
幔幕の仲で魔導暖房器に当たっていた親父さんがこちらを向いた。
「父上、こちらは子爵のバロール・ディオニシウス少佐です。特別職の先輩でとても良くして頂いております」
「おお。子爵様、お世話になっております。エルメーダを拝領しましたラルフの父でございます。今後も息子をお引き立ての程を」
「ああ、いやいや」
親父さんと会話を始めた。
ん。裾を引っ張られた、お袋さんだ。
「上級魔術師で、子爵と言えば、賢者よね」
「名高き電光バロール様だ」
「うゎ。私も挨拶しなきゃ」
数分して、挨拶と立ち話が一段落したようだ。
「ああ、ラルフはご両親と話が有るだろう。俺は人集りしているところがあるから、その辺を回ってくる。またな」
バロール卿は後ろ向きに手を振っていた。
気にしなくて良いのに。
「感じの良い人だな」
「ええ。その上、腕も立つ。見習わないといけません」
男女関係を除いて。
親父さんは、大きく頷いて居る。
ただ、噂によるとバロール卿が気さくに接するのは、何かしら認めている対象だけらしいと聞いたこと思い出した。俺もそうだと良いのだが。
そうだ。
「ソフィーは置いてきたんですね」
姿が見えないし。
お袋さんが、ああと言う顔をした。
「昨夜、エルメーダに連れ戻す話をしたんだけど……」
状況が見えてきた。
「……思いっきり拗ねて、さっき、メイドと一緒にラルフの館に帰っていったわ」
「はあ」
「連れ戻すことををラルフが知ってたかどうか訊かれたから、知ってるって答えておいたわ」
最悪だ。
身体の力が抜けるように、肩が落ちる。
いや、知っていたのは本当だが、お袋さんの顔が一瞬悪魔に見えた。あれか、ソフィーの兄離れ促進のためか。
「それはともかく。おふたりは、なぜここの幔幕に? 折角だから庭園を回って見られたらいかがです」
「あっ、ああ……先程回ったから」
親父さんにしては歯切れが悪い答え方だ。
「そうですか。では私は、バロール卿を1人にしては申し訳ないので追ってみます」
「それがよい」
何か気になるが、会釈して幔幕をあとにする。
バロール卿は……あっちか。広場から少し離れた広い回遊路の中程だ。そちらに近付いていくと、徐々に人が多くなっていき、角を曲がったところで所々で人集りになっていた。どうやら、受付係が言っていた展覧会というやつらしい。
「露店か?」
東門城外の市場のように回遊路の両脇に区画を分けて、臨時に作った店舗のような物が並んでいる。
しかし、王宮内でよくそんなものがと思ったが、近付いてみれば露店ではなかった。
市場での敷物は蓙だが、比べるのも烏滸がましい高級そうな絨毯が使われている。
傍らに立て札が立っており、物産展覧会と書いてあった。
入ってみると一番手前の区画には、立て札にロステル伯爵領と書かれてあった。絨毯の上に白木の台があり、一抱えもある岩が置いてあった。全体としては丸いが、一面が大きく抉れていて、紫の六角柱結晶が見える。紫水晶だ。結晶内の白から紫への色の移り変わりが見事で、中々綺麗だ。エルメーダの大理石にぶつけてきたのかも知れない。
その隣は、3ヤーデン程離れて別の伯爵領の区画だ。
こちらは、なんだろう。節くれ立った木の……根か? それに松ヤニか何かの樹脂を掛けたように茶褐色に染まり、磨き込まれた艶が出ている。何やら動物やそれ自体が樹木の幹のように見える物が展示されている。そこに生花が活けられていて風流だ。
面白い展覧会だな。まだまだ区画はたくさんあるようだ。貴族の領内で産出する物産会らしい。
悪くない趣向だなと思いつつ歩いている。しかし、事前には聞いていなかった催しだ。急遽挙行されることになったのだろうか?
そう思いながら歩いて居ると、一際人集りしている一角がある。
バロール卿は、その近くに居るが……こっちに移動している。ああ、俺を見付けた。
心なしか顔を引き攣らせて、こちらに来た。
「ラルフ、まずいことになって居るぞ」
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2020/02/29 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




