255話 天の扶け
天の扶けって良いですよね。誰かの扶けにも成りたいし、自分の扶けに成る人にも現れて欲しいっす。
(臨時投稿予定変更のお知らせ)
2月12日の投稿を11日に前倒しします。(255話本文に変更はありません)
「ただいま戻りました」
執務室にモーガンが入って来た。
「うむ。ファフニール家との談合の首尾は?」
「はっ。本日は家令サーディン殿と面談し、ご婚姻の披露目の日取りを決めて参りました」
俺が委任した。
モーガンは多忙だ。しかし、体面としてファフニール家との談合となれば、彼が行くしかないのだ。
「何時になった?」
「8月12日となりました」
「やはり中旬か……」
特任大使を準備中ということで、俺は月番制から外れているが、緊急時は別だ。出動しなければならない。月末や、月初めは新たな月番勢が空いている可能性が高いからそちらが派遣されるが、中旬はどうしても層が薄くなりやすい。
「ただし、御館様がご公務となった場合は、ご当主様より遠慮無く延期して構わないと承っておられるとのことでした」
「そうか……それはありがたいが」
確かに俺の公務を妨げた場合は、上級魔術師等保護特別法違反となる可能性がある。
そうは言っても、突如延期となれば侯爵様の顔を潰すことになる。
「それから、宴に関する当家からの費用負担の申し出に関しては、固辞されました。申し訳ありません」
「いや。予想されたことだ。それでいい」
「はっ!」
こちらが費用を出すと言うことは、宴の進め方について、こちらの意向を幾ばくかは反映させる必要が出て来ると言う事だ。
逆に言えば、こちらが費用負担しないということは、宴の進め方については全権を向こうに渡すということに他ならない。
爵位が対等なら有り得ない。が、実際には、こちらは一代限りの子爵。向こうはれっきした侯爵だ、話にならない。下位の者は苦々しく思っても尻尾を丸めるのが当たり前だ。
成り上がった俺としては、正直どうでも良い。
「ご苦労だった」
「はっ!」
「これで王都を離れることができる。明日から出掛ける。供は不要だ」
予め出掛けることは言ってある。
「恐れながら、本当によろしいので?」
「ああ。公務ではないし、問題がある場所では変装する。ローザは連れて行きたかったが、妊娠初期だ。仕方ない」
そうなると、姉の妬心がいくら薄いと言えども、アリーだけを連れていくというわけにも行かない。公務ならともかく私事だからな。
「承りました」
†
8月となった月初めの日。
午前10時過ぎに執務を終えると、妻達にはエルメーダへ出掛けてくると言って館を出た。
ただ目的地はそこだが、最寄りのソノールではなく、その途中の都市に都市間転送を使って向かう。
転送されると、一旦城外に出た。
そして、また入城して転送を繰り返して、ソノールに近付いたところで、エルメーダ上空に自力で転位した。
こんな面倒臭いことをしたのは、大目的としては都市間転送を使わずに長距離を速く移動するためだ。
転位魔術は、とても便利だが。制約はいくつかある。
まずは距離だ。都市間転送程遠くは無理だ。1回の有効限界は60ダーデンと言ったところだ。もう少し飛んで飛べないこともないだろうが、飛んだ先で疲れ切ってしまっては、ものの役に立たない。ただ魔力が続く限り、何度でも再発動可能だ。
もう一つは、転位先だ。これが一番厳しい制約だ。俺が過去に行ったことのある場所にしか転位できない。
不本意ながら、まだ転位魔術の術式解読が終わっていない。魔術自体は使えはするが、未解読部分が多数ある。故にその機能を十分に発揮できていない、そう思っている。暗号、あるいはもっと基礎的な下位の言語が存在するのかも知れない。
話が逸れた。
大目的は前記の通りだが、制約踏まえて転位魔術を有効に使うためには、飛び石に転位するのが効率が良い。中継点を確保することが必要だ。そのための今日の行動だ。ちなみに転位先が上空なのは、障害物が少ないからだ。
変装してから降下し、城下町に入る。
少し歩くと、親父殿が着任された頃から比べて、人通りが格段に多くなったことに気が付く。しかも、行き交う人々の表情が明るくなったと思う。
感心しながら町を抜け、少し回り込んで通用門に辿り着いた。
うーむ。知らない顔の門番だなあ。ここで身分を明かすと騒ぎになりかねん。仕方ないので、そのまま通り過ぎて、裏路地に入り、城内自室に転位した。
えーと。感知魔術を行使して、城内を親父殿は広間か。人が一杯居るな。
取りあえず後にしよう。認知阻害の魔術を行使しつつ、お袋さんが居る部屋の前まで来て、変装ごと解除した。
ノックすると内側から、扉が開いた。
見知らぬメイド──
【音響結界】
目が合った──
「出会え! 曲者じゃ!!」
「ああ、怪しい者ではない……って」
お袋さんと同じような年格好の女だ。細くて数十リンチ長の串のような何かを構えた。
「母上ぇぇ」
「えっ? 母?」
メイドの動作が止まった。
「あっ、ああ? その声は……やっぱり、ラルフだわ! もう! 寿命が縮まったじゃない!」
デカいテーブルの下から、お袋さんが這いだしてきた。
「おぉ奥様。ご存じの者で?」
「ああ、ミラ。会ったことがなかったわね。息子のラルフェウスよ!」
「ひっ! 息子? し、子爵様。うぅぅ、知らぬこととは申せ。失礼致しました」
メイドは数歩下がって、床に拝跪した。
「ああ、いや。役目大儀」
テーブルの上を見て、さっきの串みたいなものが何か分かった。かぎ針だ。
「何かの時は、今のように母上を護ってやってくれ」
「はっ、はい」
「ミラ。お茶の用意を」
「はい!」
「ああ、余り俺が来たとは広めないでくれ」
「うっ、承りました」
ミラが出て行く。
お袋さんが、歩いてこっちに来ると抱き付いた。
「良く来たわね。それにしても随分と早い」
「ん?」
離れると、椅子に座った。
「編み物ですか?」
「そうよ、ローザさんには内緒にしてね。おめでとう」
ということは、俺の子のために編んでくれているのだろう。
「これは畏れ入ります」
「ああ、礼はこれを贈る時にしてもらうわ、ふふふ」
さて訊くか。
「先程、俺が来たのが随分早いと仰いましたが。どういう意味ですか?」
「んん? ラルフは、お館様が呼んだから来てくれたんじゃないの?」
「さあ、向こうを出たのは1時間程前です。呼ばれたという認識はありませんが」
「そうなの? 昨日ラルフを呼べって、横柄な客が言っていたようだから、根負けして呼んだのかと思ったのだけど……じゃあ、なんで来たのって、まあ色々あるわね」
「その通りですが。その横柄な客とは?」
「ああ、王都から来た建築家だか芸術家の……なんて名前だっけ? えーと……」
お袋さんが首を捻る。
「もしかして、ルフタですか?」
「ああ、そう、そう、そう」
顔の前で、指を何度も振る。
国王陛下と面談した時に出て来た名前。王立工芸院の主任芸術家だ。
「もう、聞いてよ。そのルフタってのが、困った客でね。あっちの石を寄こせ、こっちの石を寄こせって。お館様も困っているのよね」
「そのことが、俺を呼び寄せたと思われた理由ですか?」
「そうなのよ。どうせあの穴の石を見付けたのが、あなたと聞いたルフタが騒いでいたからね」
要するに、親父さんは板挟みなのか。
「それで、ソフィアは元気なの?」
「ええ、毎日学校に通っていますよ。メイドのパルシェが、しっかりしていますから」
「うん。私の手紙は読んだわよね。あの子は、こちらで引き取ることにしたから」
「はあ」
「あら、反対なの?」
「いえ。ですが、母上は、王都留学を望んでいたと思っていたので」
「あぁそれは、今もそれは変わらないけど。せっかく家庭教師を見つけて貰ったし、あと少し気になることがあるし」
「気になることとは?」
「うーむ、内緒。私が引き取りに行くまで、気に掛けておいてやって」
「引き取られるのはいつになりますか? あと俺から宣告するのは気が進みませんが」
俺が言い出すと。俺が遠ざけたいと思っているとソフィーに誤解されかねない。それでは不本意すぎる。
「私から手紙で知らせるわ。あの子は勘が良すぎるから、異変に気付いているかも知れないけれど」
「分かりました。しかし、こちらに戻ることをソフィーが悲しむでしょうね」
「わかっているわ。でも、いつまでも兄離れができないと、結婚できなくなるからね」
「結婚……いや、まだ8歳ですよ」
「甘いわね。准男爵家と男爵家では、適齢期が違って来るのよ。ましてあなたが子爵になったから、拍車が掛かったわ」
むう。
「大体、あなたがローザさんを娶ると決めたのは何歳のことだったかしら? 大人が思っているほど、子供は子供ではないわ。ソフィーは特にね」
「そんなものですか」
「そうよ。だけど大人にも成りきれない。あの子、アリーさんを側室にしたときに、怒ったでしょう?」
「ははは……」
「やっぱりね。まあ、収まるところに収まっただけなのにね」
やはり、お袋さんが後ろで糸を引いてたのか?
「まあ、そんな顔しないの。相談は受けたけど。したいようにすれば良いわと返しただけだから。大丈夫。何があっても私はラルフの味方だから」
「はあ」
その後すぐに、さっきのメイドが入ってきて、余り旨くないお茶を出してくれた。
「ふふふ。口に合わないようね。ああ、ミラの技量どうこうではなくて、ここの水だからよ。シュテルンの水が恋しいわね」
この水では香りがな。
喫し終わると、執事を呼んで奥向きから政庁の方へ移動した。
†
「ご領主殿。先程から言っているように、あの紅い石が要り用だ」
「ルフタ殿。仰ることは分かるが。採集には時間が掛かると申し上げている」
広間が険悪だ。
年配の後ろ姿と対峙している。
「だから、何度も言うようだが、息子殿を呼び寄せれば良かろう」
「それはお断りする!」
相変わらず親父殿は硬骨漢だな。
「親父殿!」
広間の中程に進み出ると、跪いて挨拶する。
大きく目を見開いて、俺を見た。
「ラル……子爵殿、ようこそ来られた」
俺の手をガッチリ握った次の瞬間、振り返って家令を思いっ切り睨んだ。
驚いたのは睨まれた方だ、震えるように首を振る。親父さんを見るに見かねて、彼が俺を呼んだと思ったのだろう。
「父上、ここに居るのは、別に誰かに呼ばれて参ったわけではありません。全くの偶然です」
「そっ、そうなのか?」
「真です。父上」
「そうか」
半信半疑だったのが、俺を信じたようだ。
「ああ、子爵と伺ったが、ラルフェウス・ラングレン様か?」
「いかにも。ルフタ殿のことは、陛下より承って居る」
年の頃は50歳前後。白髪の総髪を後ろで留めている。目が鋭く圧が強い男だ。
「これは天の扶け。貴殿にやって戴きたいことがある」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
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訂正履歴
2020/02/08 誤字訂正(ID:789849 様ありがとうございます。)
2020/02/08 編集ミス(転位の有効距離の消し忘れ)訂正、細かく修正
2020/02/10 前書きに臨時投稿予定変更のお知らせを追加
2021/09/11 誤字訂正
2022/01/31 転移→転位
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)




