253話 人徳なるもの
認めたく無いですが、人徳なるものは存在すると思ってます。別の人が同じことを言っても同じように受け取れないし。でもそれって、経歴だったり容貌や普段の行動や言動に左右されてるんじゃない? っていう人も居るんだけど。その人柄の内、他人に影響を与える要素をまとめたのが人徳って言うじゃないかなあと……
南街区の西寄りにある石畳みの広場。通称、緑の広場。
由来は、石畳が閃緑岩だからだ。灰色の中に緑味が入っている。
辻馬車から降り立つ。
今日の供はモーガンだ。御者にチップを払ってこちらにやって来る。
「お待たせしました」
「よし、行こう」
「はっ!」
広場の端に向かう。
見上げる尖塔。ざっと60ヤーデン。王都外郭で、最も高い建物にして、権威が高い教会。
王都大聖堂。
その前を通り過ぎて、脇のこぢんまりした建物に入る。
光神教会ミストリア教区教団本部だ。
光神教徒にして、修学院に所属しているが、ここはあまり好きになれない。
取り次ぎの神職とモーガンが話して、応接室に通された。
今日はモーガンに指示してから2日後だ。それで大司教に面談することになった。
仕事が早い。
通されて10分も経ったろうか
「おっ!」
「どうかされましたか?」
「司教様がお越しになる」
「司教様……ですか?」
立ち上がると同時に、白い法衣を着た痩せた男性が入って来た。
「ようこそ。ラングレン君」
「デイモス司教様。お久しぶりです」
慇懃に挨拶する。
大司教に面談を頼んであるが、今日もこの人か。
もしかして司教という役職は暇なのか? 大司教は忙しそうだが。
「まあ掛け給え」
言われた通り腰掛ける。ふーむ、言葉に反して相変わらず機嫌は良くなさそうだな。
「最近は随分活躍しているそうじゃないか」
「光神様のお導きです。それに魔術師を大勢お貸し戴いているお陰です。感謝しております」
疑わしそうに眼を細めて、俺を眺めた。
「ふーん。言葉通りだと良いのだが」
どうもこの司教、というか修学院の理事の印象が強いが。あからさまに俺を信用していないよなあ。まあ、修学院を王都に在住するための踏み台にした身としては、言い訳できないが。
「働くと言えば、あの無礼な教授はしっかり働いているかね?」
無礼なって。
「エリザベート教授には、よく働いて戴いています」
普段はグダグダしてますがとは言わない。側室になってからアリーがきちんと生活し始めたからな。まあ、いつまで続くかは知らないが。今のところは目立ってるよな、エリザ先生。
「そうかね。それは良かった。それにしてもまた爵位が上がったそうじゃないか。修学院で会った時は、准男爵だったが今は?」
「子爵となりました」
「ふーむ。そうかね。しかし、君も貴族に毒されたものだな。修学院在学中に側室を迎えるとはな。呆れたものだ。くれぐれも神職には手を出さないでくれ給え。」
なるほど。側室を設けたことが気に入らなかったのか。おそらくスパイラス新報とかで読んだのだろう。
「ああ、そう言えば……」
「ん?」
「……その2人目の妻は、司教様と面識があるようで」
「はて? 分からぬな。ファフニール侯爵家の縁の者と何かで読んだが。同家で面識があるのは、先の奥方様だけだ」
「はい。彼女が侯爵家の一員、つまり猶子となったのは、つい先日のことでして」
「ほぅ……」
興味を引いたようだ。真っ直ぐにこっちを見ている。
「司教様と知り合いとなったのは、その前だと言っておりました。去年、私と一緒にスワレス伯爵領から王都へ出て来たのですが……」
「スワレス……そうなのか。心当たりがないが」
「ええ。ついこの間までは、王都で冒険者ギルドの巫女をやっておりまして、何度かお目に掛かったそうで」
「巫女? まさか……」
「ええ、教会からの依頼では頭巾巫女と称していたようです」
「むうぅぅぅ。あの力のある巫女かね。最近は応募して来ないと訊いていたが、もっと働いて欲しかったが」
残念そうだな。よりによって俺の側室になったのが気に入らないのだろう。
「今でも、我が騎士団の一員として、励んでおりますので、ご心配なく」
「ふむぅ……ん? どうしたのかね」
俺が突如立ち上がったので、司教が見上げている。その時──
「いや、お待たせしたね。子爵殿」
待ち人が入って来られた。
「大司教様。お久しぶりでございます」
おお、これはと言って、司教も起ち上がった。その時、一瞬こっちを睨んだが。
「まあ掛けてくれ給え」
「はっ!」
「我が騎士団に、回復神官をお貸し出し戴き感謝しております。お陰をもちまして。わが騎士団にも指名依頼が来るようになりました。私共にとって、大変名誉な事です」
「いやいや。被災者の方々のお役に立てるのは、光神様の御心に叶うこと。率先してやるべきであろう。また我が教団にもミストリア政府や宰相閣下から感謝の辞を戴いておるし、信徒からの評判も良い。子爵殿の提案に乗って良かったと思っておる」
とりあえず、美辞麗句の応酬だ。
司教も一癖あるが。この大司教の比ではない。
「それで? また教団へ提案があるとのことだが。お話を伺おう」
笑いながら、いきなり斬り込んできた。
「はっ。お時間を割いて戴き恐縮です」
「うむ。今度は、魔術ではなく薬と聞いておるが」
うむ、モーガンはしっかり話を通しているな。
「こちらです」
光を遮る緑色の小瓶を3本取り出す。
「ふむ。普通のポーションのように見えるが」
「はい。しかし、これは経口薬ではなく外用薬です」
「ほお。飲むのではなく、塗るのかね?」
興味を引いたようだ。
「このように使います」
1本の栓を抜くと一旦置き、俺はローブを捲って左腕を剥き出しにする。
「御館様、まさか……失礼致しました」
俺がやろうとしたことに気付いたモーガンを手で制する。
ダガーを取り出して、そのまま左腕を刺した。
「ラングレン君!」
「大丈夫です」
ダガーを引き抜くと、血が噴き出た。
それを見ても大司教は眉ひとつ動かさない。
「よろしいですか?」
「どうぞ」
「では」
栓を抜いた瓶を持ち上げると、薬液を傷口に注いだ。
じゅわっと泡立ち、白煙が上がった。
すると、見る間に傷口が塞がっていく。
1分も経たない内に、傷は痕形も無くなった。
「いかがでしょう?」
大司教は、テーブルに垂れた、俺の血を指で触り、感触を確かめる
「ふむ。確かに血だな。これが眼で見たままなら、凄い治療薬だが……デーモス司教。どうかね? 子爵殿は魔術で治療しなかったか?」
本当に冷静だな。
「はっ、はい。魔術は……その刃物を出庫される時に使われましたが。治療に関しては使いませんでした。私が保証致します」
「では、薬の効き目については信じよう」
大司教は、ハンカチを取り出すと自らの指を拭った。
「それで、我が教団への提案とは?」
「この薬は、まだ未認可薬です。臨床試験が必要となります」
「つまり、この薬を大量に作ると言うことか?」
「はい」
流石は我が国の教団第一人者だ。よく知っている。教団では、薬の施しとかもしているからな。
「つまり、その試験に協力せよと言うことか?」
「はい。この薬品を、500本無償で提供致しますので、使って戴き結果について報告戴きたい」
「ふむ。悪くはない話だが……」
さらに利を提供しろと言うことだ。
俺は、モーガンを見た。
「薬品の認可の暁には、販売開始より10年間、光神教団様には、卸価格の2割を引かさせて戴きます。いかがでしょうか」
大司教は、にこやかに微笑んだ。
「よろしい。では、臨床試験の実施許可が出次第契約を結ばせて戴こう」
したたかな上に決断が早い、内心舌を巻いた。
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訂正履歴
2020/05/04 誤字訂正
2021/09/11 誤字訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




