24話 発禁魔術書
親って、思うよりずっと自分のことを考えていてくれることありますよね。
「あっ、はい」
司祭様に促されて、お父さんの横に座る。
お父さん、朝食堂で……『今日は昼からだ!』言ってたよね。もう!
睨むと、何度か瞬きして眼を逸らした。
いや、嘘は言ってないのか……それは置いておこう。対面のお二人が僕を見てるし。
「ダノンさん。こんにちは。お久しぶりです」
2ヶ月程前に領都の館へ行ったとき、しばらく王都に行ってくると言ってたけど。戻って来ていたんだ。
「うむ」
顔色を窺いつつ、挨拶するが。機嫌は悪くなさそうだ。
でも、ここに居る理由は? お父さんは保護者だけど、ダノンさんは?
今日は、さっぱり分からないことが多いなあ。
「さて、ラルフ君。授業中に来て貰って悪かったね。先程から我らで談義していたのだけど、どうにもわからないことがあってね。ダノン殿から君に問いたいことがあるそうだ」
「はい」
なんだろ?
「うむ。ラルフは感付いているようだが、私は少し前まで魔術師をやっていた」
もちろん、よく知っていますよ。
肯くと、お父さんが微妙な顔をした。
「それでだ!」
おっと、視線を白い髭に覆われたダノンさんに戻す。
「もう2年少し前になるか、そこなラングレン殿から相談を受けてな、我が家に来て貰ったのだが」
やっぱりそう言うことだったんだ。
「ラルフを一目見て、魔力が異常に高いことを理解した。それだけでなく、並々ならぬ魔術の素養もあると見た。馬に飲ませる水を何の苦もなく生み出しておったからな」
ああ、見てたんだ。なんか気配を感じたのを憶えてるけど……。
「だが、同時に身体がな。背丈は年相応であったが、見るからに細かったからな、そもそも魔術師には脂肪や肉が付きづらい」
うわぁあ。
「したがって、魔術よりは、まずは普通に育つが肝要と、外で遊ばせるようにして貰ったのだが……」
うーむ。
「……魔術を制約しなかったゆえ、どうやら思わぬことになったようだ」
「えっ?」
思わぬことって、何?
「そこで、ダノン殿がな」
今度は司祭様がしゃべり始めた。
「こちらに、能力検査の結果を質しに、君のお父様を連れて見えられたのだ。保護者が来られないと、結果を伝えることはないからね」
あっ! 霊格値は訊かれたから伝えたけど、体力含めてその他は、お父さんに言ってなかった。
「随分活溌になったが、やはり身体は細いままだからな。先程、結果を聞いて驚いた。体力が350もあるとはな」
「あのう。350って、そんなに凄いんですか?!」
「ああ。100で一般人族の成人男性の平均と言われている。200ぐらいまでは、軍に行けばいくらも居るが、300越えなどミストリアでも指折りの者しか居らぬ」
「それにラルフ君は、まだ6歳ですから」
「そういうことだ。その上250を超えると、持久力だけでなく、筋力、強度も増す。そう言う状況でだ、ラルフの体力値は、2年間で200は増えている。明らかに異常だ」
げっ!
「異常……ですか」
「異常と言っても、必ずしも悪いことではないがな」
「はあ」
そうなんですね、よかった。
「だが、原因ははっきりさせておくべきだろう。今後の為にも」
「おっしゃる通りと思い、授業中ではあるが君を呼びに行かせたわけだ」
どのみち自習だから良いけど。
「ラルフは、ラジナスの遺した魔術書で学んでおるのだな。何と言う本だ?」
ラジナス。
お母さん方のお爺さんの弟、つまり僕から言えば大叔父さんだ。
魔術師だったけど、僕の4代前の祖先、高祖父の住んでいたところを超獣が出現したときに、一緒に戦ってまだ若かったのに亡くなったそうだ。その縁もあって、遺された分家であるウチと交流ができ、お父さんとお母さんが……話が大分横道に逸れた。
「はい。魔術入門と黒魔術師実用読本、ヨハンネスの魔術、ペルフェリ……」
「なんだと」
いや、まだ5冊ぐらいありますけど。
遮ったダノンさんは、少し考えた。
「ヨハンネスの書いた物は、初版本か?」
「えーと……」
青い革表紙本の奥付、奥付。
「光神暦291年第1版って書いてありました」
見た光景が甦った。
「ラルフ、そんなことまで憶えているのか?」
お父さんが驚く。
「さっき知性720と聞いたであろう」
「そうですが……」
「そう言うことは、まあ家でやってくれ。それよりもだ、身体強化魔術、頑強を習得して、使っているであろう!」
「あぁ……はい。何度も使ってます」
外で──河原で魔術の練習をするときとかは、いつも使って居るけど。
ダノンさんは、肯きながら一気に険しい顔になった。
司祭様は、それを見たのだろう。
「ダノン殿、その本が何か?」
「ああ、先の初版本はな、発禁になり回収されたのだ。第2版から一部内容が変わった。魔術師では、そこそこ有名な話だ」
発禁本!
大叔父さん、何て本持ってるですか!!
「もしかして、身体強化魔術に問題があったのですか?」
「ラルフ……ふむ。察しが良いな。頑強はな、特に若年者に中毒性があってな」
げっ!
ああ、確かに……なんか、あれ使ってると気分が高揚して、ずっと使いたくなる。
「使い過ぎれば魔力が枯渇し、それが続けば、最悪は慢性魔力欠乏症になると言われてる」
「そっ、それで、ダノン殿。ラルフ、ラルフは大丈夫なんでしょうか?」
お父さん焦ってる。僕もそうだけど。
「うーむ、若年者と言っただろう」
「はい。ラルフは、まだ……」
「落ち着かれよ。ラルフは並の6歳ではない。そもそも凡百の魔術師など及びも付かぬ程の魔力を持って居る。故に……」
「故に?」
「大丈夫だな。魔力が880もあれば、頑強を常用したとしても枯渇状態などには達しない。今見ても、魔力に溢れている。むしろ……もう1つの副作用の方だ。魔術使用後も体力が増強されるとの説もあったが、先の体力上昇200以上は、まず間違いなくそれが原因だろう」
「そう……でしたか」
お父さんの顔が安らいだ。
「あのう、ダノンさん」
「なにかな。」
「それって魔獣にも効きますかね」
「なんだと?」
にっこり笑って、ダノンさんを見る。
「さてな。そのような話は聞いた事はないが……わからぬ」
そうか。
「さて。ラルフ君の能力は驚異的ではあるが、魔術師から見られても害はないということでよろしいですね」
司祭様も笑っている。こうしてみるとお父さんと同じぐらいの歳、30歳ぐらいに見えるな。若いのに司祭様なんて偉い人なんだろうなあ。前の司祭様、僕を洗礼してくれたエルディア様は、結構おじいちゃんだったし。
「そうだな。害があろうとも、ねじ伏せているというところだな。だがこれからは、やり過ぎのないよう、見守ることが必要だ。私もラングレン殿も気を配るが、司祭殿もよろしく頼むぞ」
胸に手を当て、司祭様に敬礼された。
ダノンさん……僕のために。
「無論です」
「では我々は、引き上げるとしよう。ラングレン殿」
「はい。司祭様、ありがとうございます。ラルフェウス並びにローザンヌ、アリシアにつきましても、よろしくお願い致します」
ダノンさんとお父さんが、校長室を出て行った。
うーむ。でも僕の能力値を聞きに来ただけなのかな。何か引っかかるなあ……。
僕も戻ろう。
「ああ、ラルフ君。折角だから、少し話をしよう」
えっ!
「ああ、そんなに構えなくて良いよ。さっき、お二人から頼まれたしね。そうだな。どうかな5年生の教科書は……」
†
2時限目と3時限目の間の休み時間だ
「ねえねえ、ラルちゃん」
教室に戻ったら、すかさずアリーが話しかけてきた
「ん?」
「トリエステ先生に叱られたの?」
「なんで?」
「なんでって、ねえ」
隣に居たタジットさんに振る。
「ラルフ君が、えーとバッ……そだ、バシェットとか言う5年生をやっつけちゃったのが、バレちゃったのかなあって」
ああ、そんなことあったなあ。
たった1時間前のことだけど。その後に驚きすぎて、飛んでた。
「そう。ベチカちゃんは、ラルちゃんが校長室へ行きましたって言うからさあ。2時限目は全然帰って来ないし」
ベチカちゃんって、ヘルベチカ先生のことか。
アリーは、誰でもちゃんづけて呼ぶよなあ。流石に本人の前では言わないけど。
「別に叱られてないよ」
「そう。よかった」
「でもさあ。アリーちゃんは凄いよね」
「えっ、何が? ポリーナちゃん」
アリーが、もう1人隣にいた女子へ向く。
「だって、あんなに大っきな男子に向かって、ラルちゃんに何の用って立ち向かうんだもの」
「ああ、そうだ! そうだった。すごかった。私なんか足が震えちゃって」
「いっ、いやあ。ラルちゃんの姉だし!」
そう言うと思った。
それにしても、アリーは、身を揉みながら思いっきり照れてる。褒められ耐性がないようだ。
その時、廊下から音が聞こえてきた。用務員さんが歩きながら大鈴を振りながら、回っている。
3時限目の始まりだ。
後ろの扉が開いて、ヘルベチカ先生が入ってくると、同時に前扉から、校長先生が入って来られた。
そのまま砂時計をひっくり返した。
「はい。1組の皆さん、こんにちは。私の授業は初めてだね。修身という科目です。修身とは、例えば昔の偉かった人達がどう生きたかを学び、私達がどう生きていくかを考えようというものです。よろしいですか?」
皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2019/01/17 誤字(ID:774144さん,ありがとうございます)
2020/03/06 表現をシンプルに変更(異常すなわち……,ID:1678918様 ご指摘ありがとうございます)




