252話 ラルフ 使えないと言われる
創薬ってのは、大変らしいですねえ。薬価が高いのが納得できるとまでは言えないけれど。
最近はシミュレーションである程度効能が分かるそうで、最新スパコンの用途のひとつだとか。凄い時代ですねえ。
本館の地下施設に呼び出されて行ってみると、サラとガルが待っていた。
連れてきたアリー、ローザ、モーガンを含めて6人で、テーブルを囲む。
その真ん中には、薬瓶10本が置かれている。
サラが誇らしげに笑った。なんか、やつれているのに元気そうだ。
「皆さん、こんなところまでお越し戴いてありがとうございます。遂に外傷治療薬が出来ました」
「おおぅ!」
瓶が並んでる段階で予想は付いていたが、感動がある。俺が手を差し出すと、ガッツリ両手で挟む握手となった。
「えーと、それはなんですか?」
ああ、ローザには無理か。
「サラ。説明してやってくれ」
俺とモーガンは理解している。
「ざっくり言いますと、切り傷や化膿した傷を、高速に治療する外用薬です」
かなり簡単に説明してくれたが、ローザは眉根を寄せた。
ああ、外用薬に引っ掛かったのか。
あれだ。説明を聞くとさらに分からないことが、増えていく不毛な状態。
説明する方は、何が分からないのか分からないので擦れ違ってしまう。
「外用薬ってのは、飲む薬ではなくて、患部……怪我したところに、例えば塗ったりする軟膏のような薬だ」
「ああ、なるほど」
ローザはようやく腑に落ちたという顔。アリーは無反応だ。救護班班長だしな。
「ああ、御館様。粘性はかなり低いので、塗布ではなく噴霧か滴下でお願いしたんですが」
サラ、真面目は分かったが、少し空気読め。
ローザが、またこめかみを押さえてるだろう。
まあ、サラも眼の下にくっきりクマができてるからな、それどころではないのかも知れん。
「分かりづらいから、実際に見せてやったらどうだ」
「分かりました」
サラは、一旦席を外し、金網製の篭を持ってきた。
「うわっ、何か入ってる」
籠を動かされて驚いたのか、白い小動物が中で蠢いている
「これはマーモルトというネズミの一種です」
ネズミと唇が動いて、ローザの眉根が寄る。
こんなものをここで飼っているのか? というメイド的忌避感だろう。きっとローザの中で、サラとガルの好感度がかなり下がってるはずだ。
「ちょっと待って、そのダガーは何?」
アリーの眉根も寄る。
「ああ、このように隙間から刺して……」
サラは事もなげに刺すと、マーモルトは血が噴き出させて、のたうち回る
「うわぁぁ、サラちゃんやるねえ……」
「はい、慣れてますので」
「では、行きまーす」
香水用を流用した噴霧器でシューっと何回か吹いた。
すると数秒でマーモルトが動かなくなって、血が止まった。
「おおぅ!」
「これは、凄いですね!」
モーガンですら興奮してる。
「いやあ驚いた。薬を掛けても治るもんなんだね。
「まあ、飲んで戴いても、この量でポーション並には効きますが」
そうだろうな。
原料も同じ薬草で、成分的には既存のポーションと近いからな。違いと言えば、溶媒は硬水の方が良いというところか。王都の周りは軟水だから、わざわざ精製されたにがりを混ぜていたからなあ。硬水なあ……そうか。
「嘘ぅ……こりゃあ、巫女の商売あがったりだね」
「いやあ。やはりアリーさんの治癒魔術には、効き目も速さも負けます」
「それは、比べる相手が悪すぎるだろう。だが、多くの巫女には匹敵する」
それに、巫女以前に回復役がいない冒険者パーティーなどごまんとある。その構成員にとっては朗報だろう。怪我人というのは戦えないだけなく、申し訳ないが進行や退却の足かせにもなる。
軍隊も例外ではない。損耗率が3割で敗北と言われるからな。
正直画期的な医薬品だと思う。
「それで、こちらが非臨床試験(動物実験)の結果です」
数十枚の紙を綴じた束を渡される。
「わかった」
受け取って、ぱらぱらと一通り捲る。
「有効性が高いな。安全性も2世代後まで有意な副作用が認められない……か。第1段階としては上出来だな」
あとは臨床試験(人体実験)だな。
「はい。御館様のお陰です」
「いやいや、サラとガルの努力だろう」
「まあ確かに、サラはがんばったが、御館様の結晶化促進魔導具は大きかったな」
珍しくガルが俺を褒めた。いや、魔導具を褒めただけか。
「その通りです」
6月頭に新型薬の開発案は揃ったのだが、その時の課題は量産性だった。
ガルが言うには、問題は結晶化の速度が遅いため、結果として結晶粒径にばらつきができる。解決策は結晶化の速度を速くすることだった。
それを聞いた俺は、魔導変成を思い出した。
5月に親父さんの新領地エルメーダに行った時、ダダム孔という鉱山で超獣昇華時の魔界で優良な大理石に変成していた現象だ。あれを人工的にできるのではないかと思い、試しに作ってみたら、意外にも結晶化が遅れたのだ。
遅れたのだが、結晶化に影響があることが分かったので、魔界の周波数を可変にして魔導具を組み上げた。
それをサラが駆使して実験を積み重ね、特定の周波数の魔界により結晶粒の大きさがこれまでより均一化でき、結果として小径で揃えることができた。これにより、腸壁でなくても効率良く吸収できるので、傷口に直接作用する、つまり外用薬として使えるようになったのだ。
おっと!
ローザの事が意識から外れていた。が、振り返ると機嫌が直っていた。なぜだ?
「引き続き、非臨床も進めますが……」
嬉しそうだな。
「臨床、つまり人間に対する実験もやりたいということだな」
「はい」
ミストリアでは、家内制でできる程度を越える規模で、新薬を生産する場合は、認可が必要だ。認可には、臨床試験の届け出をして、客観的な資料を提出する必要がある。
「では、俺が被験者になろう」
「御館様がですか」
「ああ、さっきみたいに試験してみれば良いのだろう?」
「えっ?! そんなのだめです!」
悲鳴のような声だ。
「どうした。ローザ」
「そんなことを旦那様にさせるぐらいなら、私がやります」
「いえ、師匠! この薬の開発責任者は私ですから、私が被験者になります」
「だめよ、サラはまだ未婚なのよ! ご両親に申し訳が立たないわ」
「いや、お姉ちゃん。時々稽古でさあ、木剣やら長木刀とかでサラっちをどついてるじゃない。あれは良いの?」
確かにな。
「2人とも。俺なら痛覚を遮断できる。全く問題ない」
ここ2年位使ったことない魔術だが。
ローザが厳しい顔になって三竦みになる。
結論を出したのは別の発言だ。
「いや御館様では試験結果には入れられない。被験者としては特殊すぎて有意な結果が得られないからな」
ガルが大きく肯いた。
「確かにねえ。旦那様がこの薬で治ったからといって、他の人間に効くかどうか確証が持てないよねえ」
「もう! アリーったら」
「だって、王都に来てから治療したことないよ。子供の頃は、回復1回、キス1回だったのになあ」
キスはともかく、言われてみれば自然治癒力が高すぎる。
俺ではアテにならないか。
「わかった。俺以外で臨床をやる方法を用意する」
「それは有りがたい。しかし昨今は面倒だな。昔は罪人で無理矢理試していたがな、剣の試し斬りも兼ねて」
「おいおい。ガル、物騒だな」
「まあ、それだけ良い世の中になったと言うことだ。ははは……」
いや、皆引いてるぞ。
「効き目は分かったけど、この小瓶をいくらで売るの?」
「えーと、まだ決めていませんが。原材料費から卸価格1スリング50メニーぐらいでしょうか?」
王都の物価で言うと、庶民のちょっとした食事1人前ぐらいだ。
「うぅむ!」
モーガンが反応した。
「駄目ね! その価格じゃあ、この薬は普及しない」
「ですな」
「あら。珍しく、モーガンと意見が合ったわ」
「それは光栄ですな。アリシア奥様の仰る通り。卸しが先程の価格なら、店頭価格では4から5スリングと言うところでしょう。安すぎます」
「そういうこと。そんな価格で出したら他の経口薬はほぼ駆逐されるわね。だから、ギルドか政府から、圧力が掛かって価格調整することになるわね」
「そうならないようにぎりぎりの卸価格を探ると言うことでよろしいでしょうか? 御館様」
家業の総括は家宰の役目だが、ダノンは本業と大使の支援業務で暫くは手一杯だろう。
「ああ。任せるが、適正な利潤で頼むぞ。アリーも興味があるようだから協力するように」
「はい」
「アリシア奥様。よろしくお願い致します」
うむ。
アリーは側室にしてから、なにやら素直というか従順な感じになったな。まあ猫を被っているのだろう。
「では、モーガン。光神教会の大司教様に近々お目に掛かれるように。手配してくれ」
「承りました」
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訂正履歴
2020/01/29 細々誤字脱字や誤った表記の修正,サブタイトルから読点削除
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




