251話 悲喜こもごも
最近、使っている言葉の語源が分からないことが度々あって。題目悲喜こもごも。
うん。悲喜はわかる。こもごも? こもごもって何だ。そう言う漢字にすると大体分かるんですねえ。
ベッドに入って本を読んでいると、部屋に寝間着姿が入って来た。
「どうした、アリー。話が有るのか?」
ベッドから出ようとすると、手で制された。
扉を閉めると、部屋の中程まで来た。
「あっ、あのね。お姉ちゃんが……」
「ん?」
「お姉ちゃんが、今夜は自分の部屋で寝るって。それで……」
顔が真っ赤だ。
「お姉ちゃんが……今夜は、私の番だって」
アリーは顔を伏せた。
俺は全てを理解した。
「そうか」
夜具を捲って空けた。
顔を上げたアリーは、にいっと笑うと滑り込んできた。
「暖かい……」
本を閉じて、ベッド脇に置くと俺も横になった。
「ごめんな」
「ラ……旦那様が謝ることないよ。私はお嫁さんになれただけで幸せ」
旦那様ねえ……。
それはともかく、俺の思っていることが分かるようだ。
「俺は、ローザも好きだし、アリーも好きだ」
「わかってる。私もお姉ちゃんが好きだもん。お姉ちゃんが旦那様からの誘いを受けなかったのは、私を思ってのことだし」
「そう……なのか?」
「まあ、半分はメイド道? を拗らせてたからだけど」
「姉ちゃんは、私と旦那様をくっつけようとして、王都に来る時だって凄くがんばってたんだからね」
「うむ。今ならなんとなく分かる」
「うん。旦那様を軍に入れることなく、一緒に住めるようにしたのも。今日のためなんだから。お母さんが再婚するって決めた時に、2人して決めたんだ」
「ああ。2人とも大事にする」
「うん。でも、今は私だけね」
「ああ」
「じゃあ、よろしくお願いします……灯りを消してくれると嬉しいけれど」
†
「おはようございます。アリーお姉様。何か良いことでも?」
食堂へ行くと、この時間帯では珍しい人が居た。いや、最近この時間にいらっしゃることが増えたような気がする。お兄様の側室に成られて心を入れ替えたのかしら?
ちょっと前まで、変な感じだったけど……いえ今朝も変だわ。
とても機嫌が良いというか、何やら身を揉みながら、思い出し笑いをされているようで、少し気持ち悪い。
「ああ、おはよう。ソフィーさん」
最近私の呼び方が、ソフィーちゃんからソフィーさんに変わり、ご自分の事も私と呼ぶようにされたのは、何か少し変だけれど良いことだと思う。お兄様に相応しい人になって戴かないと。
椅子をパルが引いてくれて、腰掛けた。
「今日は朝からご機嫌ですね」
「分かる? それがねえ。聞いてよ、昨夜……」
「うっ、うぅぅーーーむ」
随分とわざとらしい咳払いだわ。
後ろを向くと、パルが口に拳を当てながら、凄い眼力でお姉様を睨み付けていた。
パルは異常に勘が良い。
きっと、教育上悪いことをお姉様が言うと察知したに違いないわ。
私のことを第一に考えてくれるのは良いのだけど、考え物だわ。お姉様どころかお兄様まで睨んでいることがあるから。
「あっ、ああ……そうね。ソフィーさんは、まだ8歳だから、この話は早かったわね」
何の話だろう。
訊こう思ったとき、人影が2人入って来た。
ふぁぁ、お兄様。今日も麗しい……。
「おはようございます。お兄様、お姉様」
まだ食事が始まっていないから、立ち上がって挨拶する。
「ああ、おはよう。ソフィー、アリーも」
なんだろう。お二人とも凄く嬉しそうだ。
「何かありましたか? お兄様」
「ああ、喜べ! ソフィーに甥か姪ができるぞ」
はっ?
「うわぁぁ! 本当に? やったぁぁぁあ! お姉ちゃん。おめでとう!」
館中に聞こえるような叫び声だ。アリーお姉様が椅子を蹴って飛び上がるように駆け寄っていく。
「おととと……大事に大事に」
「ありがとう。アリー」
「おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
メイド達が次々祝辞を述べている。
ああ、そうか。ローザお姉様が身籠もられたんだ。
私も喜ぶべきなのに……作った笑顔は、きっとぎこちないだろう。
「おお。おめでとうございます。お兄様、ローザンヌお姉様。ああ、あのう。済みません。時間になったので、学校へ行って参ります」
気が付くと、食堂を飛び出していた。
階段を走って昇りきると、息が切れた。後から、どんどんと足音が付いて来た。
「お嬢様。どうぞ。お拭き下さい」
ハンカチを差し出していた。
ああ、私の頬は濡れているんだ。
「パルゥゥ……ああああ」
抱き付くと優しく頭を撫でてくれた。
「お嬢様。もう泣いてはなりません。お部屋にお戻り下さい。お食事を厨房から取って参りますので」
「ううん。今朝はいらない……」
「それは、なりません。それに、お食事をされれば、少しは気も紛れます」
見上げると、パルシェはとても優しい顔をしていた。
†
公館に行き、ダノンとバルサムに、ローザ懐妊を打ち明けた。
「なんと! そうですか! おめでとうございます」
「おめでとうございます」
2人とも破顔した。
「うむ。ありがとう」
ちなみにモーガンには、一番先に伝えてある。今頃は、ダンケルク家館に誰かを走らせていることだろう。
「いやあ、そうですか。御館様が子爵となられ、奥様ご懐妊とは。お目出度続きですなあ」
「うむ。まあ目出度いには間違いないが。ローザの公務は続けさせられなくなった。秘書と従者を用意しないとな」
「ふーむ。この状況を想定していなかったとは申しませんが、難題ですな。奥様程、御館様の意を汲むというのは……」
ダノンが首を振る。
「ええ。奥様は実務もテキパキされるし、正直遠征先では女性団員の要でしたからな。小官としても助かりました。しかも、剣を取っては騎士団でも有数の強さという」
ほう。バルサムが他人を褒めるか。
「同時に、あのお茶は御館様の癒やしでもあるわけで、余人には代えがたいですなあ」
そうだ。
ローザが居てくれて、館でも遠征先でも、不自由というものを感じたことは無い。
「それは俺が一番分かっては居るが。何も1人でローザの代わりをさせることはない」
「なるほど。恐縮ながら、何人かで機能別に分ければ、なんとかなりましょうか。しかし、こればかりは、公募でというわけには参りませんぞ」
「まだ従者の方は、なんとか成りましょうが、秘書の方は……」
「ああ、まだ楽観はできんが、モーガンが彼の長男を当たってくれるそうだ」
「それはなにより。しかし、人材が足りませんなぁ」
「公募がうまく行くと良いのですが」
「応募状況はどうだ?」
「はい。一般の応募も既に100件を超えております。後は貴族推薦も17件まで来ました。その内、有望?なのは10件です」
「おおぅ。結構応募があったな。特に貴族は」
一般応募は玉石混淆だ。蓋を開けるまで分からない。
その点、貴族推薦は粒ぞろいの人材ではあろうが、旧主家の思惑が問題となる。とは言え、その辺りで選り好みできる程、我が家の状況は良くないのだ。
「しかしながら。貴族の推薦は最後の最後まで辞退という危険性がありますから」
「ああ、前回もありましたな。当てにしていた人材が、本人ではなく主家から断られた例が」
痛し痒しか。
「それはともかく、一次締め切りが3日後。そこから書類選考で5日程と見ております」
「そこから、2次選考か……」
「はっ! 基本は面接となります。最終的には御館様にご判定戴きますが、何とか来月の10日までに決めたいと思います」
そうだな。7月ももうすぐ終わりだ。
「うむ。それで良い。よろしく頼むぞ」
「お任せ下さい」
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訂正履歴
2020/02/22 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正,十日→10日(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




