249話 華麗なる一族
現在もヨーロッパには貴族が残る国がいくつかありますが、やはり伯爵を超えるような大貴族は途方もない資産をお持ちだそうで。比較が難しいですがイギリス王室の財産は1兆円程度とか。はあ…………溜息しか出ませんね。
「おはようございます。お兄様」
食堂の席にはソフィーが座っており、カップを置いて優雅に会釈してきた。
既に朝食は終わっているようだ。
その後ろにはパルシェが立って、慎ましくも辺りを睥睨している。
ふむ。昨日までは自分の部屋で食事していたが、機嫌が直ったのだろう。
「ああ、おはよう」
座ると、メイドがやって来て、食器を用意し始めた。
「お兄様」
「ん?」
「昨夜、何かありましたか?」
「何かとは? 特に覚えがないが」
8歳にして、この淑やかさは何だろう。昨日は、母に似ていると思ったが。今朝はまるでローザのようにも見える。
「でしたら、よいのです」
「良くはない。なぜそう思った?」
「先程まで、アリーお姉様が、そこで朝食を摂られていたのですが」
「アリーが?」
彼女がいつも座る席は、既に片付いている。
「いつもゆっくり来られるお姉様が、この時刻というのも変でしたが。それ以上に、稀に見るご機嫌で。ねえ、パル」
「はい、お嬢様」
仰る通りと肯いた。
「ふーん」
「それで、私はお兄様にお詫びしなければなりません」
「詫び?」
「はい。昨日、私はお姉様に、ご注意ありたいと申しました」
ああ、確かに役に立った……ん。役に立った? 何の役に立ったのか?
反射的にそう浮かんだが、論理的にはそんなことはない。
「それで?」
「はい。あれは、思い違いでした。今日はシュテルンに居る頃のお姉様でした。何の陰も見えませんでした。申し訳ありません」
ソフィーが胸に手を当て頭を下げた。
「そうか……それはよかった……」
心からそう思う。
「それと別に謝ることはない。何か気になることがあれば、何でも俺に告げてくれ。何と言っても、この館ではソフィーこそが俺にとって最も近しい間柄なのだからな」
「はい。お兄様」
華やかに笑った。
兄妹で見つめ合う。
「お嬢様。そろそろ……」
「まあ、もうそんな時間なの」
「はい」
ソフィーは席を立った。
「では学校へ行って参ります」
「ああ」
「ソフィーさん。行ってらっしゃい」
「はい。ローザお姉様。行って参ります」
すれ違いでローザが入って来た。
「ご機嫌が戻ってようございました」
「ああ」
ローザが席に着くと、すぐさまいくつもの皿が運ばれてきた。
† † †
これが侯爵の館か。
本当の王都。内郭の北西地区にあるファフニール家の王都上館だ。
ゴミゴミした外郭とは、全く異なる風景が、窓の外に広がっている。
通されたのは応接室のはずだが、ウチの館では広間と言っても差し支えない。
壁も大きな紅い板張りなのだが、木目が美しく風格がある。
王宮が質実剛健だけに、内装だけに限れば、こちらの方が豪華に見える。
王都に来た頃は、ダンケルクの御館に驚いたものだが。ここは段違いだ。無論ここは、領地にある本拠ではなく、王都に滞在するための住居に過ぎないのだ。どれほどの財があるのか。
「すごいな、モーガン」
いつもならローザと一緒に来るのだが、流石に遠慮させた。
「はい」
「モーガンなら、これ位の御館も来たことがあるだろう?」
そう訊いて振り返って、少し後悔する。彼の顔が少し引き攣っていたからだ。
「はあ……いくつかの御館は、ダンケルク家の先代にお供して伺った事はありますが。我らお供は、廊下や待合室で控えておりますので」
「……そうか」
廊下に何人かの気配がして扉が開いた。
むっ。
「お待たせしました」
立ち上がったのは予定通りだが、挨拶は急遽跪礼に切り替えた。
ファフニールの老婦人が、30歳を超えた位の紳士を伴っていたからだ。
「初めて御意を得ます。子爵のラルフェウス・ラングレンにございます」
爵位差に相応しい挨拶だ。
「アレクサンデル・ファフニールと申す。大使殿には、よくぞ我が館へ」
やはり侯爵本人だ
胸に手を当て会釈された。爵位とは関係なく大使という役職に敬意を払われてしまった。
「ありがとうございます。しかし、今日は私事で参っております故」
「まあ、まあ。この年寄りをいつまで立ったままにしておくのかしら? 挨拶はそのくらいにして座りなさい」
「ははは……母上には敵いませんなあ」
年齢は、ダンケルクの義母より上のはずだが、噂通りエルフの血が入っているのだろうか。容色の衰えは少なく、往事には大層な美人だったことが窺える。
その令息である侯爵にしても、眉目秀麗だ。
テーブルを囲むように3人で腰掛ける。モーガンと、ここの執事は壁際に並んだ。
「さて、本日はどのようなご用件で?」
老婦人は澄ました顔で訊いてきた。
「ああ、はい」
「……ふふふ。冗談です。アリシアさんのことね。今日はたまたま、当主のアレクが王都に来ていたので、同席させました。よろしいかしら?」
なかなかの先制攻撃だ。
「無論です」
「いやあ、高名なラルフェウス卿に会いたくて、母上に頼んだのだよ」
むっ!
身体が後ろに反らされるような圧力に突かれる。
なんだ?
魔力とはまた違う。なんだろう、超獣の気に近い。
源は、言うまでもなく侯爵様だ
俺を試している──押し返せと? いいだろう。
腹に渦巻く魔束を上げていく。
「ほう……」
微笑んでいた侯爵が嗤い始める。
「やめなさい! 2人とも、この館を吹き飛ばす気ですか!」
「私も、ラルフェウス卿も10分の1も力を使っていませんよ」
「聞こえないのかしら?」
侯爵が首を振って、気の流れが止まった。俺も魔圧を収める。
「もう。サンデルったら、いくつになっても子供なのだから。歳を考えなさい!」
「これは面目ない!」
「ごめんなさいね。ラルフさん。この子は上級魔術師に成りたかったのよ。それで、あなたを羨んでいるんだわ」
純粋な魔力とは違うのだろうが、侯爵は恐るべき力を持って居る。
あるいは超獣に対抗できるかも知れない。
「いやあ。でもラルフェウス卿に会って、大人しく領主をやっていて正解だったと思いましたよ。母上」
「まあ。本心だったら良いのだけど」
「すまないな。これほど力を持つ貴公を弟にできるかと思ったら、気が逸ってな」
「もう、話を勝手に進めないで」
「でもそうなのだろう?」
「確かに、アリーは我が側室にしました」
「ははは。許諾依頼ではなく、事後の宣言かな。気に入った! 弟よ」
手を出されたので、思わず握る。
向こうも握力が強くなった。
弟……姻戚関係を重く扱う大貴族の間では、たとえ側室でも親戚付き合いすると聞いている。
「うむ。姉妹ばかりで辟易としていたんだ。私にも弟ができた。嬉しい限りだ。ラルフェウス卿もアレクサンデルの弟と、どこで吹聴してもらっても構わぬ、というか言って貰った方が嬉しいが」
「2人で盛り上がって。女ばっかり産んで悪かったわね!」
「ははは、少しはしゃぎすぎましたな」
「まったく。考えていた段取りがめちゃくちゃだわ。まあ結果は問題ないけれど」
「私からもお訊きしたいことが、ああ。夫人にです」
「なんでしょう? ああ、サンデルが兄ならば、私は義母と呼んで戴いて良いのよ」
臆面も無くそれができるのが、貴族だ。俺も倣わねばな。
「はい。アリシアは、御義母様と意気投合したと言っておりましたが、本当に気に入られたのですか?」
「あら。あなたと娶せるためだけに、猶子にしたと思っているのであれば、それは違うわよ」
むう……。
「アリーさんとはね、外縁にある孤児園で会ったことが有るの」
「エウドラ孤児園ですか?」
園長がウチに押し掛けてきた、あの園だ。
3人目の義母はニコリと笑った
「やっぱり知っていましたか。家の人は知らないとアリーさんは言ってましたが」
「はあ」
「そこでアリーさんが、子供達に慕われている姿を見て素晴らしい娘さんだと思ったの。嘘じゃないわ。もちろん優秀な巫女さんであることも知ってはいるけれど」
真っ直ぐな眼差しに疑いはない。
「不躾な質問に答えて戴き感謝します」
「いいのよ。もう親子なのだから」
案外本気に近いようだ。
「サンデルさん」
「はい。母上」
「ラルフさんを、気に入ったなら、援助もして上げなさい!」
「援助? 必要なのか?」
後ろに並んでる家令だろう、上級な執事が額を押さえてるぞ。
「ラルフさんは、代々の家臣を持たれない。居たとしても、父君の方に回っているから、配下の人材でお困りのはずよ。引き出物として出して上げなさい」
「わかりました。そこな従者!」
「はっ!」
モーガンが返事した。
「我が家令のモーガンです」
「そうか。モーガン。隣は我が家の家令だ。良く談合して決めよ。良いなサーディン」
「はっ!」
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訂正履歴
2020/01/18 誤字訂正
2021/09/11 誤字訂正
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




