240話 ラルフ叱られた上に……
大人になってから叱られると地味に辛いですよね(仕事のダメ出しとかそういうのは別にして)。
だから、ちゃんと叱ってくれる人は、貴重なんですよね。
「あなた、ご無事ですか?」
「ああ、見ての通りだ。問題ない」
超獣の部分爆発による爆風やら飛来物を魔導障壁で防いだとか、余計なことは言わない。
それが奏功したらしく、ローザは長く溜息を吐いて肩が落ちた。
すまんなと呟いて、頭を撫でてやる。
「で。ゴメス殿、如何か?」
宙に浮かんでいる魔結晶をじっと見つめている男に声を掛けると、やっとこちらを向いた。
「はっ! 素晴らしいお働きと見事な魔結晶。誠に感服致しました……」
眉根を寄せる。
「……ああ、いえ。アガート王国軍務省監察官ゴメスの名において、本日ただ今、ミストリア王国ラルフェウス卿が、超獣ザ-ダルを討伐されたことを認定します。誠にありがとうございました」
役目を思い出したようだ。
軽く肯いて、魔結晶を収納すると、ああと残念そうに呻いた。
「あっ、あのう……」
絞り出したような声の主は、守備隊司令官だ。
「さっ、先程は大変失礼なことを申しました。何卒お許し下さい」
ああ、宿に籠もっていろと言われたんだな。
ドバールは、平伏するのを通り越して這い蹲った。
すると周りにいる兵士達も跪いた。やはり、この男。口は悪いが、人望が有るようだ。
「司令官、立たれよ。成り行きで斃してしまった。許されよ」
「とんでもない。とっ、砦の者を代表し、御礼申し上げます」
思いっ切り顔が強張っている。視線の先は、俺の頭上だ。
ああ、そうか。
俺の身体全体が眸と光っている。見えないが頭頂にも光冠が輝いているはずだ。
「これはな、体内の余剰な魔力を放射しているのだ。しばらく光っているが、その内に消える。気にするな」
「はっ、はい。驚きました」
「そうですね。余りに神々しくて天使様かと思いました」
お前は、魔結晶に見とれていただろう、ゴメス。
いよいよ日が陰ってきた。もうすぐ日没だ。
「えーと。それはともかく、この後はどう計らいましょうか」
「ああ。ゴメス殿。オドアルド伯や、貴国王都への第一報は、そちらでよしなに頼む」
「はっ! 承りました。子細を認めるゆえ、早馬を飛ばしてくれ。大尉」
ドバールが肯く。
モーガンに目配せをすると、横に居た執事がささっと武者走りを辞して行った
「さて、宿舎に引き上げる」
城壁を降りて宿へ行くと、玄関に団員が一列横隊で勢揃いしていた。
「お戻りなさいませ」
バルサムの合図で一斉に胸に手を当て敬礼された。
軽く答礼して、中に入る。団員も入室し並んだ。
10ヤーデン角程のホール段上に、椅子が設えてある。そこまで移動すると斜め後ろにローザとモーガンが並んだ。モーガンが着座を促したが、手で制する。
「ああ……皆、済まん」
立ったまま、胸に手を当て謝る。
「今日の時点では、超獣を斃すところまでは想定はしていなかった。偵察のつもりで出たのだが、観察しているところで戦闘となり運良く討伐できた。今後は独断専行することのないよう、心掛ける」
「心掛けるって……ねえ、って、あれ?」
アリーが冗談交じりで返したが、誰も追随しなかった。
ううんと咳払いをして、副長が引き取る。
「御館様に気を遣って戴き恐縮です。元より騎士団の役割は、御館様の支援ですので、我らのことなどを気に掛けず、ご存分に為さって戴ければ」
「うーーむ、どうだろう? ゼノビアなど不満だろう?」
「とっと、と、とんでもない。超獣とは命を掛けて挑むもの。我ら団員が戦うことに否やはありませんが、被害が出ず終息することができたのは喜ばしく存じます……」
混乱していたが持ち直した。横で、戦士系団員も肯いている。
「ただ、強いて言えば御館様のご活躍を、この目で見れなかったことが残念ですが……あっ!」
隣にいるルーモルトが溜息を吐く。
「だが、出動とは超獣との戦いだけではない。まだまだ、この国の王都へも赴かねばならぬ。よろしく頼むぞ」
「はっ!」
モーガンが顔を近付ける。
「ああ、流石はモーガンだな。皆訊いてくれ。討伐成功を予測して、宴の料理や酒を用意してきたようだ。手分けして準備してくれ」
「「「はっ!」」」
バルサムが近寄ってきた。
「別室で、魔導通信が団長殿に繋がっております」
「分かった」
客室であろう簡素な部屋の木机の上一面に、通信魔導具が設置してある。これを使えば1000ダーデン(900km)を超える通信が可能だが、流石にデカい。改良を加えているが、1人で持ち運べる程に小型化はできなかった。魔収納魔導具がなければ、騎士団がここまで運べなかっただろう。
気が進まないが仕方ない。
「ダノン。聞こえるか?」
「……はい。良く聞こえます。先に、超獣を討伐されたこと、連絡がありました。真におめでとうございます」
「あっ、ああ」
我ながら歯切れの悪い返事だ。
「なんでも、御館様おひとりで戦わせた由。けしからんですな。帰還したら、バルサムをきっちり叱っておきます」
「ああいや。バルサムを叱っては駄目だ。悪いのは俺だ。俺が独断専行して、超獣を斃したのだ」
「そうかも知れませんが、そこを補佐するのが、副長の職責。副長の落ち度は私の落ち度にござりますれば、申し訳ございません」
ううう、流石ダノン。俺の弱点を知り抜いている。
「済まん許してくれ、俺が悪いのだ」
「ふーむ。なにやら、釈然としませんな。御館様がそのような」
「ああ。我ながら超獣を目の当たりにして、収まりが付かなくてな。唯々戦闘の危うさが頭から抜けて……こう言うと甚だ危うく思うだろうが。事、魔術に付いては滑らかに発動できて、威力も段違いに上がるのだ」
「ほう、左様ですか……概ね分かりましたが、御館に戻り次第、詳しくお聞かせ下さい。実は、他にいくつか、ご報告がございます」
「うむ。聞こう」
「まず。大使随行の外務省役人についてですが。既にアガート王都に到着したとのことです。しかしながら、ここを通過しておりません」
「本当か?」
「はい。都市間転送を使っておりませんので、間違いございません」
ふむ。
どういうことだ。王都からグルモア辺境伯領都オリヴィエイトまで飛び、陸路アガート王国へ入るのが最短経路……。
もちろん他の経路もなくは無い。一旦第三国に入って、陸路アガードに入る道もあるが、2日以上余分に掛かるはずだ。
「わかった」
「何やらきな臭いと思われますので、調査を命じております」
諜報班か。
「ふむ。こちらでも気にしておく」
「はっ。それともうひとつ。こちらはご存じのことかも知れませんが、本日官報が出ました」
ああ、今日は15日か。それにしても、珍しく勿体付けた言い方だな。
「官報?」
「はい。ファフニール候爵家に関する猶子縁組受理の告知です」
まあ、ユリーシャ様は知らぬ仲でもない。数度会っただけだが、巷では俺の後ろ盾ということになっている。
「ほう……猶子に成られた方は、どなたか? もしかして俺の知り合いか?」
「ふーむ。やはりそうでしたか……私も存じ上げなかったので、あるいはと思っていたのですが」
んん?
「猶子に成られたのは。アリー殿です。我が騎士団の救護班長であり御館様の義妹である、アリシア殿です」
「何?」
アリーだと!
用語補足
猶子:
猶子にはいくつかの意味があるが、この物語で言っている猶子は他人を戸籍上の子とすること。似たような制度では養子があるが、猶子は相続権を付与しない名誉だけの制度。日本でも江戸時代以前は存在した。最も有名な例は、羽柴秀吉が近衛前久の猶子となったこと。これにより名目上藤原氏(五摂家)の一族となることで、関白を任官することができた。(その後、豊臣氏を下賜される)
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訂正履歴
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




