239話 無双の始まり
無双──佳い響きですね。
双は2つなので、並び立つ者が居ない状態の意ですか。格好良い言葉です。
守備隊司令官の暴言を受け、ゆらりとローザの怒気が立ち上った。横に居るモーガンは、かろうじて微笑んではいるが目つきが鋭くなっている。
とは言え、想定の範囲だ。
他国の者がやって来て偉そうにしていれば(しているつもりはないが)俺でも気に食わない。
「ドバール大尉!」
ゴメスは、間に立って声を荒げる。
が。それより、昨日来たやつらというのが気になるな。
そう思い直すと、頭が冷えた。
先程まで、超獣の禍々しさを脳内で沈めると、悪意のような敵意のような不愉快な波動が浮かび上がった。視線を向けると、大分傾いてきた陽光を浴びる櫓門。その窓からこちらを見下ろす姿がちらっと見えた。黒装束……何者だ?
魔感応によれば、ぼんやりと2人の人間を感知した。ここまでぼやけているのは不自然だ。認識阻害の結界を張っているのか。少なくとも片方は術者らしい。
「ラングレン様、申し訳ございません。大尉、取り消し給え、そして謝罪を!」
「ふん。俺は親切で言っているんだ。幸い斥候に依れば今度の超獣は小さい。この城壁で食い止められるかも知れない。あと10日も持ちこたえれば、超獣は昇華する。それまで待って居れば良い」
小さい?
今感じている圧からして、そうは思えないが。
「そううまく行くかな? 超獣の寿命は短いと言っても、記録では発見から2ヶ月持ったヤツも居る。そもそもこの砦が抜かれないという、保証はあるのか?」
「保証? そんなことはやってみなければ分かるまい!」
無礼だが、正直な男だな。
「では、当方が判断する」
「どうやって判断するって言うんだ!」
「こうやってだ」
【光翼鵬】
念じた途端、対面していた人々が遙か足下に離れていく。叫び声が上がっていたが、無視して高度を上げる。中秋の夕方を前にした時間帯の所為か、少し肌寒さがまとわりつく。
冠雪した峰々を見下ろし、漠とした裾野を眺める。
城壁で見た禍々しい魔界強度を発する塊は、苦もなく見つかる。
朦々と土煙を上げ、ゆっくり進んで居る。姿は霞んでぼんやりとしか見えない。そこに向けて飛行速度を上げた。
瞬く間に10ダーデン飛行して接近する。
超獣の姿が見えてきたが、名状しがたい形態だ。なんというか青紫色の不定形で、無数の脚というか触手が張り出している。中央の太い突起に目のようなものがある。あそこが頭部か? それにしても見るからに気持ち悪い。
確かにドバールが言っていたように、小さいな。
触手を除いた体長はおよそ7、8ヤーデン。大きさだけなら、大型の魔獣と言われても異論はない。しかし、訊いている被害は甚大だ。10を超える集落を壊滅させ、分かっているだけで数百の死人を出している。
魔感応が告げてくる禍々しさは、前評判を肯定しているのだが、目視した姿とは一致してない。
超獣の移動してきた痕が眼に入った時、違和感を覚える。地面に底部を擦ってできたにしては、痕跡が幅広で地面が解れている。擦過痕としては不自然だ。
何というか、もっと深い、まるで畑を鍬で起こしたような感じ……まさか。
【真査】
駄目か!
超獣が作る魔界の所為で、魔感応より強力な感知魔術を以てしても、肝心な部分が見透せない。
ならば、実体で。
【氷礫!】
伸ばした右腕の先が白く煙ると、亜音速まで高まった無数の礫が超獣背後の地面にめり込んだ。
グゴェェェェェエエエ…………
くぐもった怒号が響くと、移動痕が一気に膨れる。次の瞬間、土砂が吹き飛び地面が捲れ上がった。
やっぱりか!
超獣本体が地中に隠れていた。
見えていた部分を遙かに超える大きさ。
そうだよな! これならば魔界強度と見た目の大きさが相当している。
舞い上がった土煙が収まり見えてくる全容。露出させていた部分とは、似ても似つかない、全く異なる甲虫のような外骨格の背。土中から出て来たというのに汚れもせず滑光る表面。
どういう仕組みだ。興味深い。高度を下げて観察だ。
超獣が身を捩る度、土砂が吹き飛び荒れ狂う。
これなら集落もひとたまりもない。
なるほど、粘液を分泌して土砂が付着するのを防いでいるのか。
むっ!
接近しすぎた。そう思った時には遅かった。
これが、アガートの上級魔術師を屠った手か。
さっきまで地上に出ていた、青紫の部位が千切れた刹那、爆ぜた!
刻の歩みがゆっくりとなり、衝撃波と体液、それに粉々になった青紫が押し寄せる。
それらが直撃──
目前で弾けた。飛来した諸々は、無意識に張り巡らせていた光の壁が遮断する。
これしきで我を傷付けられるとでも思ったか!
時が再び勢いを取り戻すと末端の部位が冷たくなるのを感じ、脳裏に凍り付く音が響いた。
甘い!
右手を軽く揮うと、障壁を覆った汚物が消滅した。
む!
地響きと共に超獣が身を震わせると、固い地表が蝋のように溶け、その巨体が沈み始める。
ふざけるな!
眼の奧に光の文字が浮かび上がると、体内を魔束が高速循環し、左手が輝きが始める。僅かばかりが迸って行く。
ハッハハ……逃がすわけないだろう!
超獣の沈み込みが止まった。
左腕を水平に掲げると、見えない何かが繋がっているか如く、超獣が音もなく持ち上がり、地を離れた。
釣り上げた魚のように時折身を跳ねさせている
超獣もこうなっては為す術がないらしい。
フッ、フフフフ……愉快だ。死ね!
水平に突き出していた左腕を、天へと振り上げる。弾かれたように打ちあがる超獣。
一気に500ヤーデンも上昇した敵に向け──。
消し飛べ──
【熾電弧!!】
腕の先に、直視叶わぬ光点が産まれた刹那、稲妻が空を駆け上がった。
絶縁を劈く轟音──
眩き茨が巨体を貫いたとき、超獣が弾け飛んだ。
上空に衝撃波の環を作ったが、光に変わる。気味の悪かった姿もこうなると美しく見えるから不思議だ。数秒後、身を震わすような遠雷が届いた。
右腕を天に向け突き上げると、無数の光粒子が渦巻いて凝結した。
2つ目の超獣魔結晶だ。深い青紫だ。
ゲランよりは小さいが、一抱えはある。
アーーハハハハ……ハハッハ……ハ?
何がおかしくて笑っているのか?
そう脳裏を過った時、身体を満たしていた恍惚たる全能感が醒めていく。超獣さえ見下ろす、無敵の感覚が失せた。
思い返せば、箍が外れたというか、枷がなくなる解放感に酔ったか。我に返ってみれば、羞恥が沸き上がってくる。
それにしても、今回の超獣。正体としては中型であり、かなりの重量だったに違いない。それを何の苦労もなく持ち上げ、空に打ち上げるとは我ながら戦慄する所業だ。それに熾電弧の発動にしても、何の抵抗や魔束の還流を感じることなしに、まるで初級魔術の如く迸ったよな。
一貫した記憶もあるし、意思としてもさほど逸れていたわけではない。空恐ろしいがあれも俺には違いない。が、その行動は大胆すぎる。
むうぅ。
気が付くと。いつの間にか、砦が目と鼻の先まで来ている。
ああ。城壁の方でもこちらを見ていたのか、大騒ぎになっている。壁の上の武者走りに、人間が鈴生りだ。
精々威力偵察位のつもりで飛び立ったが、斃してしまったことは仕方ない。今更なかったことにはできないからな。
なるようになれだ!
高度を下げると、泣くような表情のローザが見えた。
ちくっと胸が痛む。
妻の横に、音も無く舞い降りると、歓呼で迎えられた。
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訂正履歴
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 ルビ追加(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




