238話 招かれざる客
以前にも似たようなことを書いたような気がしますが。商売柄(本業)、初めて行く場所では招かれざる客になることが偶にあります。もちろん行った先の人に請われていくのですが、相手先が一枚岩ではないことがしばしばあって。そういうときは、言葉ではなく実績を上げないと、受け入れて貰えないですねえ。
長く続く避難民の列と擦れ違いながら街道を進むと、山脈が迫ってきた。街道にも徐々に勾配が付き、直線だった進路は蛇行を始め、急速に標高が上がっていく。超獣はあの向こうに居るらしい。
昼休憩を途中で摂りさらに登る。
幅員が段々細くなってきて速度を落とす必要があるかと思ったが、逆にこちら向きに歩いて来る人影が減っていき、ついにはほとんど擦れ違わなくなった。
ついさっきまで主に広葉樹林だった植生は、いつの間にか鬱蒼と茂る針葉樹林が取って代わっている。
その中で、馬車が止まった。扉が開けられる。
トラクミルだ。
「どうした?」
「御館様。実は……」
「ああ。どうもどうも。我輩が頼んで停めてもらったのですよ。失礼しますよ」
「ゴメス殿!」
ローザの口調は明らかに咎める成分が過半だったが、ものともせずに馬車に乗り込んで前座席に座る。
「ああ、トラクミル殿。閉めて下され。時間が勿体ない」
トラクミルは憮然としていたが、俺が肯いたので扉を閉めた。御者の掛け声があって、再び走り始める。
なかなか険悪な雰囲気の中なのに、ゴメスは全く意に介さず人懐っこい笑顔を浮かべている。小柄な体躯に逆三角形の顔、歳は20代前半だろう。
「ゴメス殿、何か御用ですか?」
ローザが一応敬称を付ける、この男はアガート王国軍務省の役人だ。ツワメルから帯同してきている。要するに戦目付だ。
「いやあ。皆様の馬達は素晴らしいですなあ。大した休息も取らずに、このすごい速度を維持しているにも拘わらず、きついザゥレン峠でもへたりもしない。ははは。いやあ……私、替え馬も持ってきたのですが、恥ずかしながら2頭とも付いて行けなくなりまして」
そう言いながらも、目は絶え間なく動き、何かを探ろうとしているようだ。
「だからと言って、この馬車に乗るというのはどうなんでしょう。付いて来られるものなら、どうぞと言う条件で、帯同を許可したはずですが?!」
「はい。仰る通りで」
「ならば!」
「ああ、いや。私も自力で付いていくとは、お約束していないかと思いますが」
「ふふふ。これはローザの負けだな」
「とんでもない。このゴメスの口が悪いだけにございますれば。お美しい従者殿に非はございません。ああ、話を戻しますが。こちらの騎士団の馬、とても気に入りました、冗談などではなく、本当に売って戴けませんでしょうか?」
「アガート国軍に売れと?」
「いえいえ、私個人にです」
個人。
役人らしくない男だとは思っていたが。
「貴殿は、軍務省の役人であろう?」
「そうなんですがね。ああ、私これでも、アガート屈指のセブンス商会の一族でございまして、生まれた時から商売人でして」
名前だけは聞いたことがある大店の商会だ。
「ふむ」
「ですが、悲しいかな7男坊のため、親父殿から上得意様のために働けといわれまして、奉職したんですがね。いやあ軍なんざ、決まり切った商売しかしないものですから退屈で退屈で……おっと話が逸れましたね。それなりに資金も貯まってきたので、近々退役して商売をやる予定です。そういったわけで売って戴けませんか?」
「生憎だが、馬に余裕はない。売ることはできないな」
「もちろん今すぐとは申しません。新たにお造りになった時で……ひっ!」
ローザの短剣の切っ先が、抜く手も見せずゴメスの喉笛に突きつけられていた。
「ほう。あれがよく、ゴーレムと分かったな。馬には詳しいのか?」
「いっ、いえ。単純な推理です。馬と言っても人間と同じでして、その能力にはばらつきがあります。あれだけの駿馬を24頭も均質に揃えるなど、至難の業」
ふむ。
「恐縮ながら、宮廷男爵の御身代では無理というものです。しかも、それを乗馬にもなさらず惜しげもなく、荷を引かせるなど信じられません。ではなぜか! そう、考えたところで御館様は彼の有名な上級魔術師であられたのを思い出しまして。これは天然に生まれた馬ではないという結論に達しました」
観察眼もあり、頭の回転も良い。その上なかなかの胆力だ。やや引き攣っては居るが。数リンチ先にある切っ先が動けば易々と命が奪われるというのに。受け答えに綻びがない。
「ローザ」
「はっ!」
ダガーを引いた。
「ふう。いやあ。生きた心地がしませんでした。それにしてもお美しい」
「我が妻を口説かないでもらえるか」
「いえ口説いては、妻……妻ぁあ? こっ、これは失礼致しました。奥方様とは露知らず」
ゴメスが床に跪いた。
「ああ。馬は売れないが、他に売れる物もあるかも知れぬ」
「はぁ……」
「だが、そう言ったことは、後ろのモーガンに任せてある。直接話をしてくれ」
「補佐官殿ですか?」
「ああ。ウチの家令で、補佐官は臨時だ……馬車を停めよ!」
「わっ、わかりました。では、また」
しぶしぶ、ゴメスが馬車を辞して行った。
再び走り出す。
「随分、ゴメス殿を気に入ったようですね」
「んん? ローザは嫌いか?」
複雑に表情が入れ替わる。
「女の外見しか見ない男は虫が好きません」
「それは困ったなあ」
「ふふふ」
1時間程走って、杉の森が切れ、低木ばかりになってきた。そのお陰で峠の最高点であろう山の端が見えてきた。左右に数百ヤーデンは高い峰が並ぶが、そこだけ隘路となっている。
さらに30分走り、小さな尾根を回り込むと櫓門が覗いた。もう眼と鼻の先だ。そこに関所兼砦があると聞いている。
何度か折れ曲がりながら近付いていくと、突如集落が現れた。
看板によると旅館の集まりだ。まだ日は高いが、予定ではここの内のどこかに一泊することになっている。しかし、窓から見る分には、兵は見えるものの、一般人の姿がない。既に避難しているようだ。
馬車は集落を通り過ぎ、砦のすぐ近くまで来て止まった。
すぐにモーガンが来ると、こちらでしばらくお待ち下さいと告げて離れていった。
ローザにお茶を淹れて貰い30分程待っていると、外からモーガンが扉を開けた。隣にオドワルド領軍の士官服を着た軍人が立っていた。
「守備隊司令官と面会戴きます。お降り下さい。彼が案内してくれます」
敬礼してきたので、軽く会釈を返すと、歩き始めた。
辺りは、兵と空の荷車ばかり見える。
街道を進む。やがて、苔生した石垣が見えてくる。自然石をそのまま積み上げたのだろう、所々歪だ。そこで街道を右に折れ、塀沿いに進む。しばらく行くと、歩哨が立っているが、士官の合図で横にどいたので中に入る。
「あちらです」
指差した先は建屋ではなく城壁だ。壁際に石段があった。どこか部屋に通されるかと思ったが上に昇るらしい。
登り切ると、城壁の上、武者走りに出て視界が開けた。
城壁の向こうは小さな崖になっており、峠の向こう側が一望できる。数ダーデンは荒れ地が緩やかに続いている。櫓門を出た街道は、クネクネと折れ曲がりながら下っていく。
なかなか雄大な景色だ。
あの先か──
弱いながらも禍々しい魔圧が届く。
「司令官はあちらにおります」
促された。
武者走りを50ヤーデン程行ったところに人影がある。
士官の後に付いていくと、2人の男が居た。
1人はゴメス。もう1人は、俺と背は同じぐらいだが、体の厚さは2倍以上ある男が無遠慮に睨み付けてきた。彼が司令官らしい。
近付いていくと、向こうから敬礼してきた。どうも快く思っていないと言う態度だ。
こちらも会釈して、胸に手を当てる。
ゴメスが気を利かしたのか、口火を切る。
「先程話したラルフェエス・ラングレン様だ。峠の拠点防衛司令官のドバールです。ドバール殿挨拶を」
「これは遠いところからはるばるご苦労なことで。他国の方にお手数を掛けるのは忍びない。このままお帰り願えませんかね」
むう。
ゴメスが横で目を白黒させている。
「なっ、何を言う大尉! 失礼だぞ。大使は我が国がお願いして上級魔術師としてだな……」
「んん? 上級魔術師? ああ、既に2人来たが、いずれも役に立たなかった。1人は死んで、1人は片脚を失う大怪我だ。こっちはそれに巻き込まれて良い迷惑だ」
「いや。それは、ラングレン様と関係ないだろう?!」
ゴメスが喰って掛かる。
「ふん。変わりゃしねえ。あんた達も、前の2人と同じ目に遭いたくなけりゃ、悪いことは言わん。他の国のことに首なんざ突っ込むな。帰るのが無理なら、昨日来たやつらと同じように、そこの宿でのほほんとしていてくれ!」
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訂正履歴
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




