237話 責任
平原を通常行軍速度の2倍近くで走っていると、15時頃に街道は大きい河に突き当たった。
水運が発達しているのか、大小様々な船が行き交っている。勾配が緩い所為か、帆を膨らませた登りの船もある。
その後、街道は右に折れ、河に沿って上流へと向かい、空が赤く焼け始めた頃、ようやく城塞都市が見えた。近付いて来ると、徐々に往来の人も増えてきた。
ふむ。地方にありがちな小振りな都市だ。
道なりに壁を右に回り込むと、城門が大きく開いており、そこに向かって人の列が100ヤーデンも続いている。
バルサムを先行させるかと思った頃。城門から3騎の騎士が飛び出してきて、こちらに近付いて来て列の右側に誘導し始めた。優先的に入城させてくれるようだ。
その後、我が馬車列は停まることもなく門をくぐり抜けると、なかなか立派な石畳の大通りを通り抜けて、城の内郭まで入った。
先頭馬車に翻るミストリアの国章が刺繍された旗が効いているのだろう。
車寄せに馬車列が誘われて、騎士団員とモーガン達が降りてから暫くすると、扉が外から開けられた。俺に続いて、ローザが降りると横並びになった人の中から、年配男性が進み出た。
「当地の領主、エルガセム伯爵です。遠路はるばる、ようこそお出で戴いた」
伯爵は背筋が伸びていて、品の良い挨拶をされた。それにしても綺麗なエスパルダ語だ。アガートにも主に発音が異なる言語があるが、エスパルダ語も使われていることもあるだろうが。
「伯爵殿自らお出迎え、痛み入ります」
俺もエスパルダ語で返し、胸に手を当て挨拶する。伯爵と男爵では跪礼が相当だが、俺は国の代表でもある。
国境沿いの領地でも伯爵なのか、ふとよぎる。アガート王国は小国ゆえ、わざわざ裁量の大きい辺境伯は置く必要がないのだろう。
殿舎の廊下を100ヤーデン程歩き、応接室へ通された。付いてきたのは、モーガンとローザだ。
「ミストリア王国大使ラルフェウス・ラングレンと申します。御領内通過の便宜を図って戴き感謝します」
半分外交辞令、残りは嫌みだ。
「何の。超獣駆除に際して、我が国がお願いしてお越し戴いたもの。当然のことです。どうぞお座り下さい」
「はい」
着席し、再び切り出す。
「恐縮ながら、貴国の都市間転送を使用させて戴きたく存じます」
「もとより承知しております。準備させておりますので少々お待ち下され……長旅でお疲れでしょう。ぜひ茶など」
「大使補佐官のモーガンと申します」
伯爵は軽く会釈した。
「本日のことですが、御領内で不逞の輩に我が騎士団が待ち伏せを受けました」
「なんと! ゼルファ」
伯爵が振り返ると、軍服姿の男が進み出る。
「申し訳ございません。そのような報告は上がって来ておりません。恐縮ながら賊はどういった」
「弓兵約500。いずれも揃いの防具を着けており、一斉射撃の様子から見て軍隊と思われます」
「一斉射撃! まさか……いえ、無論我が領軍ではございません」
ゼルファといった領軍の将軍らしき男は真っ青になった。
「モーガン。言葉が足りぬ」
「はっ。申し訳ありません」
恐縮している…振りをしているモーガンに軽く肯いておく。
「心配を掛けたようですが、我が一行に被害はありませんでした」
「そ、それは何より……」
伯爵の額にも汗が滲んでいる。
言うまでもないが、国際問題に十分発展する事態だからだ。
「それに待ち伏せをした者達が、貴領の軍兵でないことは軍服の色で明確。また捕らえた者の証言に依れば、ギーゼラ子爵の手の者とのことですが」
「ギーゼラ! あやつか!」
「たしか隣の領国でしたな」
「はっ、はあ。我が与力ではありません」
「要するに、賊は旧王孫派、伯爵殿は現王派と言うことですな」
「うぅむ。有り体に申せばその通りです」
鷹揚に肯く。もちろん知っていて訊いているのだ。そうでなければ、3人でここまで来たりはしない。
「し、しかし、500の兵を相手に10名前後の大使様ご一行が無傷とは、俄には信じがたいのですが」
「ゼルファ!」
伯爵が咎めた。
「ああ、いや、将軍の疑問は無理なきこと。では、捕らえた者を、伯爵殿に委ねることに致しましょう」
「よろしいので?」
俺達を待ち伏せしたことを、闇から闇に葬ることができるかも知れない。そう期待したのだろう。
「ええ、十分詮議をされるとよろしいでしょう。我らはこれより、オドアルドへ向かわねばなりません」
「なっ、なるほど」
伯爵は、やや引き攣った笑いを浮かべた。
ノックがあって、執事が入ってくる。
「補給と転送所の準備が整ったとのことです」
俺達にも聞こえるように告げた。
「では、これにて」
†
水と穀物の補給受けると都市間転送を使い、オドアルド領都ツワメルに着いた。
転送所を出ると既にとっぷりと日が暮れている。今日は予定通り、ここに宿泊だ。
伯爵は、病で床に伏せっているとのことで、面談は叶わなかったが、家令より挨拶があって、状況説明の上、略式の歓待を受けた。
略式だったのは、我々を歓迎していないということもまんざら無いわけではないだろう。他国の人間に委ねるのだから、立場が逆なら忸怩たるものがある。
それはともかく、表向きは超獣が現れ物資が乏しいためだ。
別に歓待を受けるために、ここへ来たわけではない。酒も出されたが、バルサムの指示で、誰も手を付けなかった。
明けて7月15日。
早暁出発した我々は、10ダーデンも走らないうちに、この地方の悲惨さを目の当たりにすることになった。
「あれは……」
ローザが窓から外を見て嘆息した。
「避難民だな」
街道の両脇に人々が屯している。おそらくは麦畑なのだろう土地に、ざっと見て数百人は居る。畑は踏み固められて秋蒔きならば壊滅だろう。今はそんなことを考えて居る余裕はないのだろう。
馬車が進んで行っても、ほぼ途切れなく人の集まりが見えてくる。
点々と煙が上がる焚き火を囲んでいる。男も女も、老いも若きも。家を捨て故郷を捨て、ここへ辿り着き、昨夜はここで明かしたに違いない。
「数千を超えているな……」
昨夜聞いた話では。
超獣が発見されたのは、7月3日。
7月6日。アガートの上級魔術師2人が到着。撃退戦闘に入ったが、1人は死亡し、もう1人は重傷を負ってしまった。
7月7日。
ここに至り、オドワルド伯爵領は撃退を諦め、近隣住民の強制避難を宣言。
連日避難区域が、領都ツワメルへ徐々に近づき、最終防衛線として築いた陣地に近づいて居るようだ。
そう言った訳で続々と避難民がこちらへ逃げているのだ。
「超獣に殺されたり、怪我を負わされるのも悲惨ですが、こうやって暮らしをまるごと奪われるというのは本当に悲しいことですわね」
「ああ。だからこそ超獣を駆除できる者の責任は重い」
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2019/11/30 誤字訂正(ID:315129さん ありがとうございます)
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2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




