236話 伏兵に遭う
ううう。風邪ひきました。熱がないのが救いっすが……。
ああ、だるい!
皆さん、ご自愛下さいませ。
ん?
走っている客車が僅かに傾いた。
窓を下ろそうと手を伸ばすと、気付いたローザが片側を持ってくれた。
「何だ?」
自分のことだと思ったのだろう。ローザは怪訝な表情を浮かべた時、外から声が聞こえた。
「ご注進!」
黒装束の首がうっすら何も無い所に浮かび上がる。
「話せ」
「お館様が仰った通り、7ダーデン程先の窪地脇に伏兵が潜んでおります」
「数は?」
「弓兵を中心に凡そ500」
「分かった。ご苦労!」
はっ! 応えた黒装束の気配は掻き消えた。
「スードリ殿の手の者でしたか……まるで気が付きませんでした」
麗しい顔に似合わず、眉間に皺を寄せている。
「ああ。気に病むことはない」
「はあ」
ローザは、俺を護る盾と自ら任じている。
「バルサム!」
魔導通信で先頭に居る副長を呼び出す。
『はっ! お館様、何でしょうか?』
ローザが少し心配そうなので、バルサムの返事も聞こえるようにする。
「密偵からの報告だ。7ダーデン先の窪地脇に伏兵が居るそうだ。弓兵およそ500」
『仰った通りでしたな。しかし、500ですか……。如何致しますか?』
500と言えばなかなかの戦力だ、そう言いたいのだろう。
「取りあえず、騎士団は手を出すな。俺に任せろ」
『承りました』
魔導通信と言えば、今バルサムが使っている物とは別の一般使用者向け魔導器の評判が急上昇しているそうだ。先月末に軍務省からモーガンへ大量発注の引き合いが来た。
1番最初に試験運用をこちらから提案した時点では、明らかに乗り気ではなかった。しかし、荷車でしか運べなかった魔導具を、1人で背負えるぐらいの重さ、大きさに小型化したところ、軍の目の色が変わりだした。
その試供品を先月に10式ばかり渡したら、今月になって100式欲しいと言ってきたので、モーガンは、納期3ヶ月1式700ミストとふっかけたらしい。
役人は買うとも、断るとも明言せず、持ち帰って判断すると言ったそうだ。俺は高いと思ったのだが、ダノンもバルサムも、良い値付けと言っていた。モーガンは家令だけでなく、商売人の才もあるようだ。
その後も師団単位で数件の貸し出し要求が来ているので、かなり脈があるとみている。
とりあえず、仕掛かりの30式をゴーレム兵を造る前に仕上げておいた。
そんなことを考えていたら、あっと言う間に伏兵が探知範囲に入ってきた。
あと、数百ヤーデン向こうだ。
「では行って来る」
「はい。お気を付けて」
屈託のない笑顔だ
走行中の馬車から飛び立つ。
俺に気付いた先頭騎乗のバルサムを追い抜く時に腕を翳す。
後方から止まーーれと聞こえてくる。
そうだ、そこで待機していてくれ。
一気に300ヤーデン程飛行し空中に停まる。
緩やかな窪地を通過する街道の両脇に小高い丘があり、そこに人の反応があるので、さらに近付く。
居た。
街道からは見えないのだろうが、上空50ヤーデンからは伏兵が丸見えだ。
【音響増厖!】
「身を顰める不逞の輩共!」
山もないのに木霊のように語尾が響き渡る。
上を見た数人の兵が俺を見付け、大声を上げると、瞬く間に蜂の巣を突いたような騒ぎになった。伏兵なのに煽り耐性がないな。
騒ぎが中々収まらなかったが、ようやく動きが緩慢になってきた。
「我はラルフェウス・ラングレン。ミストリア王国大使である。なにゆえ我らを待ち伏せするのか?!」
「貴様は、現国王の手先だからだ!」
5秒程経って返してきたのは若者のようだ。
「この国に現れた超獣を斃すのが、国王の手先か?! 祖国の危機に立ち向かわんと欲する者は、心を入れ替え、我が麾下に馳せ参じよ」
「黙れ、王国の犬め! 問答無用! 撃て撃て!」
その声に我に返ったのか、弓兵が弩を放った。
大義名分ができたな。
【熱気圏!!】
殺到してくる無数の箭。だが、飛来する間に赤熱すると、瞬く間に勢いを喪い墜ちて行く。
【催眠!】
「天に仇為す愚か者共め。その身に罪科を刻み込め! アデナ ポロスタリアス ゼーデス 地よ鳴動せよ! 大地烈揺!」
詠唱が終わると、伏兵達は聞いたことのない地響きを聴いた。そして平衡感覚を根こそぎ奪う激震に襲われる。
「うわぁあああ、なんだ?! 何が起こった?」
「地震、でかい、でかいぞ!」
地の怒りを浴びて立ち続けることができる者は居らず、盛大に倒れ、地を転がる者が続出した」
「天の怒りを知れ! ハーラント ゼス メーガス! 神鳴!」
「そっ、空が!」
仰向けに土に塗れた兵が指差す。
一天俄に掻き曇り、秋晴れだった空を黒い積乱雲が蔽っていく。
瞬く間に陽光が途絶え、肌寒い風が吹く。
そして、暗き雲の中に目映く稲光が生まれては消え──
突如墜ちた。
カッ!
闇が光の茨を際立たせ、背筋が凍る打擲音が苛んだ。
断末魔を上げながら弓兵が吹き飛ばされるや、正気の者は最早存在しなかった。
雷を操るなんて……神か?!
空に遊弋する敵には、目映い後光が射しており、体の奥底から怖気が何度も込み上げる。
俺達は、なんてモノを敵に回したのか?
足先から生気が抜けて、歯の根が合わなくなる
500の兵は、我先に逃げ出した。四分五裂しながら惑い、数分前までの隊伍は崩壊しさった。
†
「止まーーれ!」
副長の声で、私が乗っていた馬車に減速が掛かった。すわっ、一大事!
扉を明けるのももどかしく、外へ飛び出す。
私だけでなく、他の団員も転げるように出て来た。
「総員、その場で待機!」
副長の命令──いやいや。
「お館様が、一人で飛んで行かれましたが?」
ルーモルトも見えていたようだ。
「その御館様のご命令だ! おまえも動くな、ゼノビア」
「はっ、はい」
釘を刺された。
副長自体も不満そうだ。私と一緒で、お館様について行きたいのだろう。
「止まった!」
高速で飛んでいたお館様が、300ヤーデン位先の小高い丘の上空で静止した。
ん?
何かお館様の声が、聞こえるような。そう思った時、魔力の奔流が迸った。
下に人間の反応? そう思った時。
「おっ!」
「撃たれた! 下に敵が居るのか?」
はあ、矢は届かなかったようだ。よかった。
ううむ。副長が唸っている。怖っ! 凄く険しい表情だ。
でも、おかしい。
相当強力な魔術が行使されたはずなのに、何も起こらない。
おおっ!
鬨の声が轟くと、ぞろぞろと丘から人間が出て来た。反射的に皆が身構え……
「あっ、あれ?」
攻めてくると思った敵集団が、ちりぢりになっていく。
秩序も何もない、てんでばらばらに、まるで蜘蛛の子を散らすようだ。
どういうこと?
呆然と見て居ると、空を飛んで御館様が戻ってきた。副長のところで、大地に降り立たれた。
「お疲れ様です」
「ああ」
御館様が戻ってしまう!
「お待ち下さい!」
思わず叫んでしまった。
「なんだ? ゼノビア」
「御館様、何が起こったのですか? 教えて下さい! 御館様が矢で撃たれたのは見えましたが」
「そうです、御館様。何も為さっていないのに、敵が1人残らず逃げていきました。」
「ルーモルト、馬鹿なの? 何もしてないわけないでしょ! それで兵が逃げるなら世話ないわ!」
「じゃあ、何をされたのか言って見ろ!」
うっ!
確かに、爆発が起きたわけでもなく、巨大な炎が燃え上がったのでも、天変地異なんて起こっていない。ただ魔力が流れただけだ。
「御館様の回りで魔力が高まったのは見えた?!」
「それで?」
ううっ!
「わっ、悪かったわねえ。私が見えたのは、そこまでよ!」
「開き直るな。ゼノビア!」
あんたこそ、何も見えなかったじゃない! そう言おうとしたら。
「うるさい! 御館様の前だぞ、少しは慎まんか!」
「「はいっ!」」
反射的に背筋を伸ばして敬礼してしまう。
あぁ、副長の雷が落ちた。
「とにかく馬車に乗れ、折角御館様が蹴散らして下さったのだ。さっさとここを通り抜けるぞ!」
そう。
何ひとつ起こらなかった。しかし、敵は逃げていった。まるで恐怖に駆られた子供のように。
「ああ待て、やってもらいたいことがある」
やった!
にっこり笑っていらっしゃる。かっこいい!!
「何でしょう? 御館様」
「ああ、あそこに気絶した者が2人居る、捕虜として連行しろ」
「はい」
くぅ。御館様は遠すぎる。
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訂正履歴
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




