235話 いつまで経っても
年配女性の親戚に会うと、「まあ○○ちゃん(仮名)!」って呼ばれるんですよねえ。今でも……小さい頃はかわいかったのようって(今はそうじゃないってことですね:笑い)。
翌日の7月13日。
王都でやるべき手続きが終わったので、予定通り公館に集まった団員を引き連れて出発した。
都市間転送を使い、30分も掛からずグルモア辺境伯領の領都オリヴィエイトに着いた。3千5百ダーデン(3千km強)が一瞬だ。
ここから、国境までは50ダーデン弱。
すぐにも出発したいが、そうは行かない。辺境伯殿へ挨拶へ向かう。考えたくはないが、何かあれば迷惑を掛けることになるからな。
こちらの転送場を出たところで、団を分け少人数の先遣隊を出発させた。残る大部分の騎士団は待機させ、モーガンにダノンとローザを連れて面談を申し込むと、まるで待ち構えられていたように、すぐに辺境伯に目通りが叶った。
応接室では、体格の良い壮年の男が待っていた。
「この度、アガート国向け臨時大使を仰せつかった、ラルフェウス・ラングレンと申す。初めてお目に掛かる」
「おお、ラングレン卿か。当地の領主セバンテス・グルモアである。ようこそ、オリヴィエイトへ」
「それはどうも。この者は、モーガン。我が家の家令にて今は大使の秘書。それからダノンと申して我が家宰にして騎士団の団長。さらにこちらは妻のローザンヌ、秘書兼従者です」
その後、それぞれが手短に挨拶していく。
鷹揚に肯いていた辺境伯は、なぜか興奮しているように見える。
「まずは、座られよ」
ソファーを勧められたので座る。残念ながらこれだけでは解放してくれないか。長くなりそうだ。
「貴公の活躍は聞き及んでおる」
「それは光栄です」
辺境と馬鹿にする気はない。逆にこういうところ程、王都の由無し事に関心を持って居るものだ。
「うむ。上級魔術師となる以前から王都の住人を救い、初出動にして超獣の討伐を成し遂げるとは、流石はラングレンの一族と感心しておる」
「ほう。我が一族のことをご存じで」
「無論だ。自らの命を惜しまず、友人の魔術師パロミデスと共に超獣を斃したラングレン男爵。幼い頃父からもらって読んだ本で領主たる者かくあるべきとな、憧れていたのだ」
本当に知っているようだ。
ちなみにそんな本があるとは、親父さんに聞いたことはあるが、シュテルン村の館にも、爺様の館にも蔵書はなかったので、読んだことはない。王立図書館にはあるだろうから、暇になったら探してみるか。
「それはそれは。ああ、ちなみに我が母はパロミデスの一族です」
祖先を褒められると悪い気はしない。
「なるほど。そう伺うとラルフェウス卿が上級魔術師となるのが、昔から決まっていたとさえ思えるな。そうそう。我がグルモア家は、ダンケルク家とも遠縁に当たるのだ。ご存じだったか?」
「はい」
まあ。貴族の血族政策は習性のようなもので、伯爵以上の大貴族同士ともなれば、全く関係のない家同士の方が逆に少ないそうだ。
「昨晩、義母のドロテアより、セバンテス殿にくれぐれもよしなにと言付かりました」
「そうかそうか、脚を悪くされていたようだが、ドロテア殿は息災のようだな。うんうん。そうだ、ここをわが家とも思って……んん、なんだ?」
辺境伯の従者が何事か耳打ちした。
「ああ……そうだな。ラルフェウス卿はお急ぎの身であった。ここで引き留めては申し訳なかった。お帰りの時にゆっくり当地に逗留されるがよろしかろう」
「ありがたきお言葉。こちらのダノンは当地に留まり、王都との連絡を取り仕切ります。ぜひ便宜を図って戴きたい」
「お任せあれ。時に外務省の役人が居ないようだが同行されないのか?」
昨日の午後。外務省からヴァレンスという審議官が公館にやって来て、大使の随行を命じられたと慇懃に挨拶した。それから、王都にあるアガード王国大使館から預かった超獣討伐依頼状をおいて帰って行った。出発は、我々とは別にアガート王国へ向かい、王都で待つそうだ。
それで随行の任務が果たせるのかと不審に思ったが、逆に超獣の居るオドアルドに付いて来られても足手まといでしかないので、それを認めた。
「ええ、彼らは後から参りますが、アガート・ブラムで合流致します」
「うむ。そうか。ところで最近アガート王国では政情不安の情報もある」
うーむ。まるで本当の親類と話しているようだ。
「はい。王室の相続問題と耳にしております」
「うむ。ご存知であれば良い。まあ、ラルフェウス卿に限って問題はないだろうが、十分気を付けられよ」
「ありがとうございます」
挨拶をして、城を辞した。
騎士団に合流後、オリヴィエイト駐屯組と別れて、すぐさま騎士団は出発した。今日は、国境の町で1泊だ。
馬車で長閑な田園風景を1時間ほど進み、小さな宿場町で昼食を摂った。再び馬車に乗り込むと亜空間に入り込んで家具を置いた一角で寛ぐ。
「どうぞ」
「ありがとう」
カップを摘まみ、鼻の下で薫らせる。
こうで……
「こうでないと」
思ったことが音声で聞こえ、その方向を向くとローザがにっこりと笑っている。
「お昼に出されたお茶は、お気に召さなかったのでしょう?」
「ああ、茶葉は良いのだろうが、淹れ方がなっていなかったな。ローザのお茶に慣れると、辛いよな。親父さんが嘆く訳だ」
「はい。でも、それでは困ります」
「ん?」
「身籠もることができません。そうなれば、お供できませんから」
むっ。
いやいや、ローザに妊娠の兆候はない。
「身籠もったら……我慢するさ」
「我慢は、お身体に良くありません。ここ数日徹夜されているのですよ」
確かに。何種かの魔導具を作るために暇な夜を費やした。旅行の後は、さほど眠らなくても良い程、気力が充実しているしな。それに仮眠は取っている……などとローザに言っても無駄だ。
「ささ、少しお休み下さい」
身体を引き寄せ、俺を横たわらせると膝の上に載せた額を撫で始めた。やはり、ローザには俺が今でも幼子に見えているのだろう。
1分もそうされていただろうか、睡魔が大群でやって来た。
ふと気が付くと大分時間が経っており、ソファに横たわる俺の上には軽い毛布が掛けられている。
横のソファでローザが編み物をしていた。
編み棒の動きはとても滑らかで、数ヶ月の熟達ぶりが門外漢の俺にも分かる。
「あら、お目覚めですか? 喉が渇いて……今お茶を」
「乾いてはいないが、ローザのお茶は呑みたい」
「まあ」
亜空間の部屋から馬車に戻ると、中秋の陽は大きく傾いていた。
魔感応によると、国境沿いの町まであと7ダーデン程だった。
それから、1時間もしない内、このところ随分早くなった日暮れ前に町に到着した。
人口千にも満たないそうだが、3百程の兵が居た。流石は国境の町だ。ミストリアだけでなく、大体の国に入国する場合、この手の町で手続きをして置かないと、捕縛され、結構な罰金を取られる。
先遣隊が仕事を果たしていたのと、団員を絞ったことも奏功して、しっかりとした旅館に泊まることができた。
明けて、7月14日。
出発して、1時間で国境を越えた。
まあ国境と言っても見渡す限りの平原で、特段の河川もないので、どこが境界なのかは曖昧だ。
だが、さらに1時間走り、同調しているゴーレム御者の視覚で町の遠景を捉えると、異国に来た実感が湧いてきた。
柵に近付くと、町の方に変化あった。
街道を土煙を上げて騎馬が近付いて来た。3騎だ。その内の1騎は先遣隊のトラクミルだ。他は役人らしい。代わりに、こちらは徐行に落とす。
まもなく先頭を行くルーモルト達と接触すると、特段の騒ぎもなく馬首が町の方へ向いた。再び騎士団が走り始めると、こちらにトラクミルが下がってきた。
客車の窓を降ろすと、騎馬のまま併走する。
「御館様。万事抜かりなく準備が整っております」
「ご苦労!」
「はっ!」
柵内へ入ると、彼が言った通り簡単な手続きだけで、町を通り抜けた。
勅書に書かれていた入国期限に対しては、1日半前倒しで果たすことができた。
再び馬車だ。
「あなた、下に降ります?」
何気なく車窓を覗いていると訊かれた。
昼まではまだ大分ある。
「うーん」
「その指……」
指?
ローザは俺の右手を見ている。無意識に指をすり合わせていた。
「先程、地面に手を付いてらっしゃったけど、何かありました?」
「ああ……」
さほど意識してやったことではないのだが。
「ああ、この土地だから、国境なんだなあと思ってな」
車窓から見える土地は、平原だが白茶けて、低い草しか生えていない。
「確かに国境の所為か、何もありませんね」
「ああ……。国境というのは勢力の境だ。地勢として、海や川、そして山の尾根など、わかりやすい場所が多いが、ここは違う」
「そうですね」
「両国共が余り欲しくない、価値が低い土地だから。あまり人が寄りつかずに国境になったのだろう」
「ええ、そうかも知れませんが、それが地面を触ってらしたことと……」
鋭いな。
「うむ。ここらの土地の地味が低いのはなぜかと思って触ったのだ。結果的には、塩分が多かったから、植物が育ちにくいのだなあと……」
「あぁ……うふふふ……」
「どうした?」
「あなたが4歳の頃でしたか。魔術を禁じられたとき、小麦がとか畑がとか、おっしゃって突然土を弄り始めたときは、びっくりしましたわ。それを思い出していましたの。変わらないなあって」
10年以上前のことを昨日のことのように言う。
「ふーん。そうかな」
いつまで経っても──
俺はぷいと首を背けた。
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2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




