234話 口約束
口約束は危ういもので。相続の時なんか、親の生前に言っていたことを翻され、兄弟姉妹仲が悪くなるなったと良く聞きます。ああ、他人事じゃないですよ、皆さん。
その日の夕方。
スードリから報告があると申し出があったので、ダノンとバルサムと一緒に3人で聞いた。
「結論から申し上げますと、ここ最近アガート王国にて、不穏な動きがございます」
いつものように無機質な声で、淡々とスードリが話す。
「むう」
ダノンとバルサムが唸る。
「具体的には?」
「国王の相続問題です」
「相続? フィデース陛下だったか……たしか戴冠されたのは、かなり前だぞ」
ダノンの言に、バルサムも肯いた。
「はい。15年前の話です。詳しく申しますと、先代のアガート王は長命で、嫡男の方が先に亡くなってしまい、それから相続問題が起こりました」
「しかし、特段の騒ぎになった記憶がないが」
ダノンが聞き返す。
「一応平穏に見えて、実は燻っていたのです。当時の嫡男の男子、つまり先王の王孫はまだ5歳だったので摂政を置くという案と、先王の次男が継承する案が対立しまして、彼の国を二分する戦いになりそうだったのですが」
ほう。
「結局次男である現王が継承したわけですが、平穏に収まったのは、我が国の周旋があったのと、王孫が成人した暁には、王位を渡すとの約定があったとされています」
「されています、とは?」
「はい。明確な約定の記録が残っておらず、おそらくは口約束だったかと」
「なるほど。王孫が最近20歳になり十分成人に達した。それにも拘わらず、禅譲の気配がないので、燻りが再び燃え上がり掛けて居るということか」
「仰る通りです」
ふむ。
「王孫派と中立の勢力は?」
「王孫派の貴族は現王の懐柔政策で蚕食され、現在ではざっと国内の2割前後と見られます。さらに中立は2割程度かと」
「それでも2割か……無視できない勢力だな」
「はい」
6対2の勢力差が、そのまま戦えば、勝敗は火を見るより明らかだ。しかし、前者は施政側であり、勢力の集中は困難で、分散せざるを得ない。
つまり、後者に遊撃的な戦術運用をされると、実に厄介な割合だ。
しかし──
「スードリ殿。その勢力が、我々が通る経路上に存在するのか?」
「副長。既に調査を始めていますが、予断を許さない状況です」
「そうかぁ。なかなかに難しい問題だな」
ふむ。
「スードリ」
「はっ!」
「その情報。得るのに苦労したか?」
スードリは珍しく、何度か瞬きした。
「いえ、現地からの情報では、それほどでもないと訊いておりますが」
まあ、現地まで行くのが困難なのだが。それはともかく。それならば知らないわけはない……か。
「御館様、何か?」
「うむ。今回の出動……一筋縄ではいかないようだな」
「はい。超獣ではなく、人間と戦うことになるやも知れません」
バルサムだ。
「いや、そちらは……ああいや、大使とは国家だ。害を為す相手は、他国内と言えど排除する権利を有している」
「御館様」
「無論、我らが対するは超獣だ。だが、立ち塞がる者があればだ……ともかく、スードリはさらに情報を集めてくれ。連れて行く戦闘系団員の数を変える気はないが、見た目の戦力は増強する」
「と、仰るとあれを?」
バルサムが色めき立つ
「うむ」
「承知致しました」
「騎士団総会は、明日10時に開くよう手配してくれ。なお出発は明後日同時刻とする」
「「はっ!」」
3人の了解を見て、執務室を後にした。
「なあ、団長殿」
御館様と、スードリが退出した後、バルサムが切り出した。
「何かな」
「御館様だが……何やら最近雰囲気が変わったような気がするのですが。ダトリーアに行って以来だと思います」
「どのように変わったというんだ?」
「うまく言えませんが、凄みというか。何と言うか、眩しいですな」
「そうか? 神々しさは昔から変わらないと思うがな」
「アリー殿に聞いたところでは、迷宮から帰るとき、転送陣を出たところでふらついたそうです」
「その話か」
「団長も聞いたのですか?」
「ああ、ローザ殿からだがな」
「どのように? ああアリー殿は魔感応術で看てみたが、異常はなかったと言っていましたが」
「ローザ殿も、身体はどうということはなかったが、数日間眠っていないような感じだったと。ただ一晩寝て以前よりすこぶる元気になられたと言って見えたが」
「少し心配ですな……」
「とにかく、私は何時もお側に居ると言うわけには行かぬ。せめてバルサムは目を離さぬようにしてくれ」
「はあ」
† † †
翌日。11時。
騎士団総会が始まって既に1時間が経ち、ダノンとバルサムから、概要説明と、出動団員が発表された。それに、アリーによる茶番劇も一通り終わった。
「そういったわけで、今回はラングレン家の家令であるモーガン殿も同行される。他に質問は? ……ないようだな。では、御館様」
促されて立ち上がり、演台へ行く。
「団員諸君。非番を返上させて申し訳ない。しかしながら、今回の出動は大変名誉であることを忘れないで欲しい」
議場をぐるりと見渡す。不満そうな顔は見えない。
「先に発表したように、今回の出動では人員を絞った。しかし、武威を落とすわけにはいかない。さらに、他国へ行く以上、不測の事態もあり得る。よって……」
団員は何を言い出したのかと眉を顰める。
「これらを持っていくことにした」
俺の横の空間が、キラキラと霧氷のように輝くと、壁際に背丈2.5ヤーデン程の大男が忽然と4体現れた。おぉと響めきが上がる。
全身が褐色で、鎧を着込んだドワーフのようだが、顔の部位には造作がなく、薄い筋が水平に刻まれているのみだ。
「御館様、横に居る者達は一体?」
トラクミルが恐る恐る問うてきた。
「ゴーレムだ」
皆、それは分かるがという顔をしている。
そのなかでもっとも複雑な表情をした、ルーモルトが挙手した。
「つまり、俺達戦士の代わりということでしょうか?」
彼にしてみれば存在意義が問われる事態なのだろう。
「いいや違う。明確に否定しておく」
「ではどういうことでしょう?」
「壁だ。動く城壁と言っても良い」
「壁……?」
一般の団員は意味を図りかねる顔つきだ。
「このゴーレム達は、力こそ強いかも知れないが。戦士諸君の代わりなどできようはずもない。唯一最大の利点は、命を持っていないことだ。だから壊れようとも惜しくはない。よって敵の攻撃を遮るのが主目的、つまり壁だ。今回は試験運用としてこれを持っていく。認識しておくように。以上だ」
演台を降り席へ戻る。入れ替わりにバルサムが立つ。
「御館様が仰ったことは、皆への期待の表れだ。もう団員は要らないなどと言われぬよう、張り切って貰いたい。なお、明日の出動に先立ちゴーレム達との連携訓練を今日の午後から実施する。では解散」
皆が立ち上がり、近付いてしげしげとゴーレム兵を見ていた。
†
総会が終わった後、本館の執務室。
「何か、御用ですか?」
俺とローザが待つところに、アリーが不承不承が入って来た。
「ああ」
「で、なんで、本館なんですか?」
「騎士団とは関係ない話ですからね」
「えぇぇ、お姉ちゃん。明日出発だから、班長のアリーちゃんは忙しいんですけど」
あからさまに嫌そうな態度だ。
何かやらされると思って予防線を張っているようだ。班の中では救護班は1番暇なはずだ。やることと言えば、出動する班員の自分の荷物整理くらいだからな。
「そうか、では手短に話そう。アリシア。おまえを我が側室に迎えることにした」
「はっ?」
呆気に取られているのか、何度も瞬きしている。
「私を側室……ラルちゃん、それっ……本当に、本当?」
眼を輝かせて寄ってきた。
肯く。
「うわっ! やったぁぁぁああああ」
館内に響き渡るような大声だ!
「アリー、静かになさい」
「あっ、あぁぁ、すみません」
「それで返事は?!」
「お姉ちゃん恐いよ! ああ、はいはい。えぇと、ちょっと返事は待ってもらって良いかな?」
「アリー。側室の件は、あなたが言い出したことなのですよ!」
「いや。そうだけど。だから、顔が恐いって。ああ、ラルちゃんの奥さんになるのは夢だったから、とっても嬉しいし、もちろん断るなんてことはないんだけど。ちょっと思ってたより早いって言うか、まだ煮詰まってないというか。とにかく、アリーちゃんにも都合があるのよ」
「都合とはなんです?」
「いや、それはちょっと……言えないけど、出掛けて来るぅ」
脱兎の如く、執務室を飛び出して行った。
「全くなんなのかしら、あの子は……ああ、あなた申し訳ありません」
「ローザが謝ることはないさ」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
謝辞
全角小数点「.」の表記でご指摘戴きましたが、本作内で他に多数の例も有り、本作では有りで統一させて戴きます。ご了承下さい。
訂正履歴
2019/11/20 細々微修正
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




