22話 嵐の前の静けさ
昔から思っていますが。女子の噂話の伝達速度って、男子の10倍速くないですか?
(人事情報除く)
次の日の朝。
「はい、ラルフ様。どうぞ」
稽古の時の恐い形相とは別人のような優しい顔で、ローザ姉がスープを出してくれた。
「あっ、ありがとう」
スプーンで掬って一口飲む。適度なとろみがあって、塩気と葉野菜の甘みの調和が絶妙だ! 二口三口と口へ運ぶ。
ふぅぅー、一気に温まるぅぅ。
壁際に立ってるローザ姉を見ると、にっこりと笑ってる。
丸い固いパンを、むむむと千切って、スープに漬ける。柔らかくなって美味い。あとスープの方にもパンの油分とコクが加わるからね。
「ラルフェウス様」
「何?」
「昨日学校の体育の授業で、凄まじい速さで走られたとアリーから聞きましたが」
もう。おしゃべりだな、アリー。
ローザ姉も何で今言うの? 稽古中に言えば良いのに。
「そうなのか?」
食卓の端に座っている、お父さんが食事中に珍しく反応した。
「うっ、うん。少しね」
「そうか。それはよかった。4歳から、外に出て遊ぶようになったからな」
「ああ、そうかも。お父さん、ありがとう。ん? おとうさん。今日はゆっくりじゃない?」
いつもは、もう飼い馬に乗って出掛けている時刻だ。
「あっ、ああ。今日は昼からだ。それよりラルフの方こそ良いのか?」
確かに今日は、いつもより遅い気がする。焦ってパンを平らげ部屋に戻る。いつの間にかしっかり着替えたローザ姉が居て、僕のコートを着せてくれる。
部屋を出て玄関に行くと、陽の当たるベンチでアリーがうたた寝している。
「学校行くよ! アリー」
「えっ、あっ、待って待って!」
3人で畑脇の道を10分も歩くと、丘の昇り口だ。丘を登っていく。
道が曲がる所で教会の塔が見える。
「こうやって登っていると、ラルフ様が洗礼を受けた日を思い出しますね。こうして3人で一緒に……」
「もう! おねえちゃん。ここに来るといっつも、その話」
「だって、あの頃のラルフ様は、とっても可愛らしかったのですもの」
「2歳の時のことなんて、憶えてないって! あっ、あのことは憶えてるけど……」
そんな話をしていると、学校に着いた。
「おはようございます。司祭様」
「おはよう!」
玄関で出迎えてくれた司祭様に、挨拶して校舎に入る。廊下でローザ姉と分かれ……なぜか、1階に付いて来る。
「ローザ姉。5年生の教室は2階だよ」
「存じ上げております。昨日はご入学の日ゆえ控えましたが、主人をきちんと送り届けるはメイドの役目」
「はあ……」
なんか口調まで、堅苦しくなってきた。
あきらめて教室に向かう。
ささっと前に出ると、ローザ姉が扉を開けてくれた。教室に中から驚きの声が揚がる。
「ラルフェウス様。名残惜しいですが、失礼致します!」
それらを一切意に介さず、優雅に挨拶した。
「うっ、うん」
僕とアリーが中に入ると、やっと去って行った。
教室に居る同級生が、ほぼ全員こっちを見ている。
そりゃあ。1年生の教室に、5年生が来れば目立つよね。背だって、僕より顔半分くらいは高いし。
何よりローザ姉は、美しいし。
だから男子の気持ちは分かる。でも、数人の女子が、ローザ姉を見て、キャアキャア叫んでるのは何だったんだろう?
「ラルフ君!」
ヘルベチカ先生が、授業開始時間前に入って来た。僕の呼び方は、ラルフで落ち着いたようだ。
どうもラルフェウスというのが、言いにくいみたいだ。
なので、自分でもラルフという呼び方に誘導することにしてる。
「はい」
応えて教卓へ向かう。
「おはようございます」
「はい、おはよう。今日から、この教科書を使いなさい」
「これ……」
本を2冊渡される。
国語の5年生と算数の5年生。
「5年生……ですか?」
「取り敢えず、これぐらいかなと思いまして。今日はこれで勉強しなさい。自習になるけれど」
ああ、先生が明日は考えますと言ってたやつか。
「はい」
「これで物足りなければ、6年生用ですが、それでも駄目なら、校長先生と相談します」
えーと。5年生だと難しすぎるって、発想はないみたいだ。
「わかりました」
本を持って席へ戻る。
「はい、皆さん。おはようございます。えーと。欠席者はないようですね。1時限目は国語です。今日も、綴り方の練習を続けますよ。ザァーの文字です」
マジマジと表紙を見直す。横から顔が出た。
「ラルちゃん、何それ……あっ、お姉ちゃんのと同じだ」
その声で周りの子が、僕の席に見に来る。
わーとか言ってるし。
「ほらほら、授業に集中しなさい!」
†
1時限目が終わり、休み時間になった。
「ねえ、ねえ。ラルフ君。5年生の教科書って、本当?」
「うん」
女子に聞かれる。たしか、タジットとか言う名前だ。
アリーと仲が良いようだ。目がまん丸で、薄ーくソバカスが顔に浮かんでる。
「本当だ、5年生って書いてある!」
「これ、分かるの? 僕達1年生なのに……」
「まっ、まあ何とかね」
いや、国語は単語が沢山出て来るぐらいで、さほど変わらないし1年も5年も。6年でもそうだろう。
「すごいねえ」
「ラルフ君、頭良いんだねえ」
いやいや、アリー。なんで、うんうん肯いて得意そうにしているんだよ。
ダン!
大きな音に、みんなが開いた扉の方を向く!
「おい! ラングレンての居るか!」
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訂正履歴
2019/10/18 誤字訂正(ID: 855573さん ありがとうございます)
2021/11/21 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




