231話 国王陛下
新章です!
今までも大概だったラルフ君が無双を始めます。(えっ?前からだろうって?)
ご期待下さい。
ご感想、ご評価を是非お願い致します。
迷宮の転層陣で調子を崩した俺は、馬車でダトリーアの宿に戻った。
調子といっても体調ではない。
精神的な物だ。
しかし、10分程の馬車行で、身震いする程だった正体不明の喪失感を何とか克服できた。
出迎えで不審の表情を浮かべた執事レクターから、王都から書状が届いていますと渡される。差出人は家令のモーガンだ。
文面を検める。
最小限の挨拶の後、本文が始まった。
ふむ。読み終わり、視線を上げる。
「モーガンからですか?」
「ああ」
「なんと、書いてありました?」
ローザもその書状が非常な状況ということを感じ取っているのだろう。
「うむ。王都へ戻り、参内せよと王命が届いたそうだ」
「参内?」
書状をローザに渡すと、横からアリーが覗き込む。
「レクター、この旅行の計画を変えることにする」
「はい。どのようにされますか?」
「俺達は明朝、ここを出て王都へ戻る。レクターは後片付けの上、帰還せよ」
「承りました」
レクターは、明朝と聞いた段階で少し肩が落ちた、安心したらしい。最悪今すぐ王都へ帰ると言い出すかもと予測の一つとして挙がっていただろう。
事態はそこまで切迫していない。
参内と言っても、王命だと言うこと、それから差出人が騎士団団長ダノンではなく、家宰モーガンだということが、それを示している。つまり、超獣対策特別職の緊急招集の可能性は低いということだ。
仮にそうだった場合は、まずは国家危機対策委員会からの招集になる。そして騎士団の準備が必要だということは、委員会が熟知しているので、王命はダノンへ届き、俺への書状の差出人は彼になるはずだ。
陛下の用とは何なのか。それも不気味だが、考えても答えが出ることでもない。問題はどうやって王都へ帰って、何時参内するかだ。
無論、俺の能力、転位魔術を使えば30分以内に参内することが可能だ。しかし転位魔術の存在を知られれば、他人にあらぬ疑いを持たれることは確実だ。極力秘匿しておくべきだ。
今回の小旅行は、ローザの慰労のつもりで来たが、致し方ない。このままここに滞在しても、王都のことが気になって、かえって気苦労を掛けてしまうからな。
翌朝。ダトリーアを馬車で発したが、人目がなくなったところで、王都近辺に転位して、普通に入城した。
本館で、モーガン等に出迎えられる。
「おかえりなさいませ」
「ああ。すぐに参内する。準備してくれ」
「承りました。旦那様と奥様の礼服は準備致してあります」
そう言うだろうと思って足を止めず、ホール脇の階段へ歩を進める。
「うむ。公館のダノンにも俺の帰還を知らせてくれ」
「はい」
モーガンの目配せで、メイドの1人がホールを退出していく。
2階に登ると、俺はそのまま寝室に入った。ローザは自室に行った。
メイドに大礼服に着替えさせてもらう。
慣れていないのだろうか? ローザより大分時間が掛かった。
廊下に出てくると既に着替え終わったローザが待っていた。女性としては異例の早さと感心したが、さっきのメイドはわざとゆっくり俺を着替えさせたのかも知れないと思い直す。
「行くぞ」
内郭の門で馬車を乗り換え、王宮へ入る。
取り次ぎに参内した旨を申し出ると、1時間程で国王陛下に拝謁できた。
場所は、公務の場ではなく、王の私的な区画だ。厳重な身体検査を受けてから案内される。
「この殿舎は、初めてですね?」
少しローザは緊張しているのだろう、いつもより表情が硬い。
まあ、昨日の迷宮に比べれば何十倍もマシだが。
昨日だけでなく、いつも俺が戦うときには、顔には出さないが心配してることだろう。本人は否定するが、アリーもそう言っているから間違いない。
通されたのは、15ヤーデン角のこぢんまりした部屋だ。白くて清潔ではあるが、王宮としては華美ではない、むしろ質素だ。
椅子を勧められ、お茶を1脚出してもらう。
そう、招かれたのは俺だけで、ローザは従者だ。服装も男装の従者の出で立ちで、彼女は入口の住ぐ横に控えている。
「お出ましになります」
先触れの声で椅子から立ち上がると、絨毯の上を外れて床に膝を突いた。
陛下だ。
入り口で侍従2人までに絞ると、部屋に入ってきた。
跪く俺の数ヤーデン前で立ち止まる。
「男爵ラングレン、参上致しました。拝謁の儀まことに……」
「ああ、男爵堅苦しい挨拶は抜きだ。よく来てくれた。礼を言う」
「恐縮に存じます」
俺が立ち上がると、陛下は肯いて1人掛けのソファに腰を下ろした。
ざっくばらんな性格は、良く聞く通りだ。ここまで近付いたのは初めてなので、失礼にならない程度に観察する。見た目も肩幅が広くて腕っ節も太く、登極時に反旗を翻した不満分子、数千を自ら殲滅させたという話も頷ける。
「うむ。そんなに離れていては話もできぬ。ここへ来て、掛けよ!」
陛下は、対面のソファーを勧めてくれた。横目で見ると侍従が肯く。
「ありがたき幸せ」
侍従がカップに茶を注ぐと、陛下が鼻の下で薫らす。
「ああぁ……そうそう」
カップを置いた陛下は、入り口に居るローザの方を見た。
「そなた、なぜそのような態をしているかは知らぬが、男爵の室であろう」
「はっ、はい!」
飛び上がるようにして返事をした。
「妻は、私の従者として付いて来ておりますゆえ」
「男爵。ここは公式の会見場ではないぞ。ああ、ここへ来て一緒に座ると良い」
軽く肯くと、ローザがやって来て、挨拶をして座った。
「ふむ、従者な。男爵位を授与したとき、そなたも来ておったな」
「はっ、はい」
思いっ切り緊張してる。
「ははは。取って喰ったりはしない。大事な上級魔術師の奥方だ、歓待せねばなるまい」
陛下が顎を決ると、さっと侍従が進み出て、ローザの前にもカップを置き、茶を出した。
「奥方、そなたの夫には、この国が助けられておる。朕より礼を申す」
「はっ、恐縮の極みにございます! よろしければローザとお呼び下さい」
「恐縮などする必要はない。世の男共の働きの大部分は、奥方が担っていると言っても過言ではないのだ。だから本人に礼は言わぬが、ローザには申す。これが朕のやりようだ、はははは……。さて、エーゲリアを呼べ」
「はっ!」
エーゲリア? エーゲリア伯爵夫人。陛下の寵姫……そういうことか。なぜ呼ばれたか想像が付いた。
「それにしても、ローザ。男爵は、このところぐっと男振りが上がったという、もっぱらの噂だったが、朕もそう思った。随分目映く見えるぞ」
「はい。ありがとうございます」
「はははは。ところで、エルメーダであったか。再び佳き大理石を産するようになったと聞くが」
親父さんの領地の話だ。
「お陰様をもちまして」
「うむ。男爵も見たであろう、謁見室の……」
「床の石にございますか?」
陛下は、にぃっと笑った。
「うむ。あれもエルメーダ産だ。あれは佳い。あそこが建ったのは100年以上昔だが、西苑の一部はもっと古くてな、先代の頃から使えておらぬ」
「そうなのですか」
「ああ王都の壁の増強を優先して、日延べをしてきたが、何とかせねばなるまい。修理に際して佳い石が要り用だ。また頼むこともあろう……ああ、男爵ではなく父の方の男爵にであろうが」
これは無心だな。
「父であれば、光栄この上なくとお答えすることでしょう」
おそらく石材の大部分を献上することになる。
言うまでもなく、献上だけを見れば損だ。しかし、王宮に使われたとなれば貴族は挙って欲しがる。箔が付いて間違いなく価格が跳ね上がるから、大きく見れば利得が優る。
父上の名も売れるしな。
それにしても。陛下は、よく知っている。
諜報機関に関心を持たれているということだな。俺も親父さんも。
「そうか。では、ルフタから話が行くであろう。(王宮)南苑はあやつに任せてあるからな」
ルフタ……。隣でローザが小声で呟いた。
王立工芸院の主任芸術家だ。その方面に疎い俺でも知っている位有名だ。
「父へ申し伝えます」
入り口の扉が開いた。
立ち上がり胸に手を当て挨拶する。
向こうも簡素だが質の良さげな、艶やかな白いドレスの裾を持ち上げ、挨拶してきた
「ああ、話していた。ラングレン男爵だ」
「お初にお目に掛かります。ラルフェウス・ラングレンです。こちらは妻のローザンヌにございます」
横でローザが挨拶した。
「エーゲリアです。存じているかと思いますが、陛下の側室の1人です。あなたが新進気鋭の上級魔術師ですね?!」
「はっ!」
20歳代前半の細面の美人だ。
「そうですか。早速ですが、男爵に願いがあります」
「エーゲリア!」
「陛下からも口添えして下さいませ!」
「ああ、既に話した。しかしだな、男爵は承服しないのだ」
横でローザが混乱している。
「はい。この度の超獣出現につきましては、大変お気の毒とは存じますが。何分にもミストリア国外のこと。私めが赴く法的根拠がございません」
「ふむ。私の生家、アガート王国のことでも駄目でしょうか? ねえ、陛下」
「仕方ない。ラングレン男爵に命ず!」
「はっ!」
一旦立ち上がって、その場に跪く。
「アガート王国に出現した超獣を討伐せよ!」
「はっ! 謹んで拝命致します!」
撃退ではなく討伐か。
撃退は、超獣が被害を出させない前提で昇華まで時間稼ぎをするのも可だ。通常の対超獣出動はこちらになる。
しかし、討伐はそうではない。陛下は屹度斃せとお命じなのだ。無論難度は段違いとなる……一般には。俺は撃退など狙ったことはないが。
「うむ。それで良い。どうしたエーゲリア?」
「ありがとうございます、陛下。ですが、法律の方はよろしいのですか?」
ほう……。
「心配致すな。朕が認める。それよりもだ、エーゲリア。フィデース陛下に男爵の便宜を図ってもらうよう、書状を認めるのだ」
「はい。それはもう! 今から書きます。男爵お願い致しましたよ」
「はっ!」
挨拶している内に、伯爵夫人は部屋を後にされていた。
扉が閉まった途端。
「ははっ、はっはっはっ……」
「陛下もお人が悪い」
「男爵のことだ、察して合わせてくれると思っていたが。5月の時と言い、なかなか役者だな。なんなら王立劇団に紹介状を書いても良いぞ。その面体、十分主役を張れそうだ」
横でローザが目を瞬かせている。
「ご冗談を。陛下には敵いません」
「そうか。男爵のことだ、間違いはないと思うが、その実力を彼の国にも見せつけてやれ」
「承りました」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
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訂正履歴
2019/11/22 国王の命令が(撃退ではなく)討伐であることを強調する記述を追加。
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




