213話 忙中閑ありの意味が分からない
貧乏性って言うやつですかね。やりたいことが多くて、暇だーって思えることが少ないですね。
なので、やることがなく暇を持て余すって言ってる知り合いもいますがには同意しにくいですね。決してダラダラしないということではないのですが。
翌朝。
起きたローザは元気だった。
昨晩も心配になる程ではなかったが、うれしい限りだ。
やはり、不調の原因は竜脈の異常だったようだ。制御魔導器を埋め直し、竜脈が正常化したのが効いたと思う。今回はともかく、今後は対策を用意する必要があるな。
夜。
ボアンの町周辺を跋扈する魔獣は大幅に減っていた。
セレナや、騎士団の面々が着実に屠ったからだ。それによって逃散したのも大きい。
飛行魔術で、差し渡し数十ダーデン程の範囲をぐるぐる回ってみたが、めぼしい魔獣の反応はなく、手ぶらで帰投した。
討伐完了を確信した。
明けて6月8日。
朝から、ボアンの代官所に呼び出された。応接室に入るとオドーネ代官とルーグ卿が待っていた。
「ああ、ラルフェウス卿。おはようございます」
2人は立ち上がって俺達を迎える。両人とも満面の笑みだ。
「どうぞお掛け下さい」
「ああ」
俺がソファに腰掛け、その後にローザが立つ。
ん?
代官とルーグ卿が俺の前に揃って立った。
「まずは御礼申し上げます」
両者は、片膝を着いて胸に手を当てた。
おいおい。
俺も慌てて立ち上がる。
「来て下さったのがラルフェウス卿でなければ、こうも鮮やかには行かなかったことでしょう」
「まったくだ。俺も感服してる」
「そう言って貰うのは嬉しいが。当地においては、領軍の尽力と住民同士の助け合いが犠牲者を減らしたな」
ボアンの町のように周辺住民が閉じ込められ人口が過密になると、衛生状態が悪くなり疾病を蔓延しやすい。そうならなかった。上級魔術師が超獣を斃して帰っても、それ以後の被害が多かったという悲劇が起こるのだ。俺が言ったのはそう言うことだ。
「うーむ、そうかも知れんが。功績の第一は、ラルフェウス卿に間違いない」
「ルーク様の仰る通り、疑いのないところです。そして。魔獣が大幅に減りました。これなら平常に戻ったと言って良いかと思います」
「そうだな。方々に走らせた配下の者も確認している。もう大丈夫だ。まあ、まだ雑魚の魔獣は居るが、俺の部隊やボアンの冒険者でなんとかなる」
鷹揚に肯く。
「つきましては、ラルフェウス卿がご同意戴ければ、安全宣言をしたく存じますが」
「ああ。問題ないと思う」
「では、そのようにさせて戴きます」
オードネが席を立ち、部屋を出て行った。広報を命じるのだろう。
横にローザを座らせて、出て来た茶を喫する。
「いやあ。ラルフェウス卿も見事だったが。妹さんも凄いな」
ルーグが話題を振ってきた。
「アリーと言うより救護班の話か」
「ああ、軽傷者は言うまでもなく、重傷者もほとんど助かったと聞いている。治癒魔術も凄いし、無償で使って貰っている回復薬の効き目も素晴らしいそうだな」
「ふむ。お褒め戴き光栄だ。救えているなら、こちらとしても嬉しい」
「うーん。若いし、魔術もすげーが。お前、基本良いヤツだな」
ローザは誇らしげに横で肯いた。彼女の言葉に拠ると、一番嬉しいことは、俺が褒められることらしい。
「ああ。このローザに育てられたからな」
「はぁ?」
「ずっとウチのメイドやってくれてな。俺の子守として育ててもらったんだ。今の俺があるのは、一番はローザのお陰だ」
両親には悪いが本音だ。
「まあ……」
「そっ、そうだったのか。メイドなあ。で、どうやって口説いたんだ?」
「ああ、俺の妻になれと命令した!」
「めっ、命令……かよ」
俺と、隣でモジモジと身を揉んでいるローザを何度か交互に見た。そして悟ったのだろう。
「まっ、まあ、正解は夫婦の数だけあると言うからな。良いんじゃないか。うん」
ルーグは擁護の言葉を紡ぎながらも、引いているのが隠せていなかった。
†
代官所を後にし、宿営地に戻ってきた。
魔導通信で領都と連絡を取り、監察官を呼び寄せた。ボアンに着くのは、今日遅くか、明日の午前中だろう。
任務を達成したことを確認してもらわねば、騎士団は王都へ帰還できない。この辺りが、前回の支援出動とは違うところだ。まだまだ時間が掛かる。ちなみに超獣対策の出動ではないので、上級魔術師は必須ではないのだが。
続いて班長以上を招集し、バルサムから改めて状況説明と情報の周知を図らせた。
スードリからは周りの村々からも魔獣が激減したこと、光神教会の派遣が領都ワナークまで来ていること、ペレアスからは特に薬品類と食料の消費状況の推移について問題のないこと、アリーからは救護が順調に行っていることなどが報告された。
ボアンの教会へ行って救護班の手伝いをと考えて居たが、先回りしてアリーから不要と告げられた。ローザから、俺が余り寝て居ないと連絡が行っていたようだ。会議でも班長全員から、休んでくれときつく言い渡されたので、会議が終わると暇になった。
戦闘職は、念のためにバルサムとルーモルトが率いる2班に分かれて哨戒に出た。ルーグ配下の領軍と分担しているらしい。
ローザは、町の広場で炊き出しをやるらしくて、料理ができる人と請われ手伝いに行った。
なので、暇だ!
ゲルに居て一人でまったりしている。
休む……休むなあ? 休むって何だろう?
うーむ。概念は解る! 多分、何もしないことだ。
生まれてこの方、そんな境遇に陥ったことはない。
まあ、がっつり根を詰めなければ良いだろう。
よって、始めたのは、魔術研究だ。
今やっているのは、重力魔術だ──
なかなか興味深い。
単純に物の重量を重くしたり、軽くしたりするだけでなく、空間をねじ曲げたりすることができる。
重力魔術の術式を手に入れたのは大きかった。
魔術は、普通呪文で呼び出し起動する。これが最上位水準だ。これに感覚や投入する魔力を調整することで、熟練者は思い通りに魔術を行使することができる。
魔術は低水準の魔術である術式の集合体だとされている。
術式というのは既に文章ではなく、意味の分からない術素の羅列だからだ。
この術素は、違う魔術でも共通して使われてている。無論組み合わせは術式によって違うが。
呪文を詠唱すると、意識下に術式が呼び出される。ここまでは定説だ。
ここに謎が2つある。
1つは、俺の知る限りでも術素の種類数は百を超えることだ。
自然というのは、数少ない種類、おそらく十以下の要素が無限の連鎖で複雑化していくと言うのが定番だ。魔術だけ例外というのは不自然だ。つまり、もっと低水準があるはずだと言うのが俺の推理だ。
2つは、なぜ呪文を発声すれば術式に変換できるかだ。
これには定説はない。神学的な解釈では、神がやってくれているということだが。
案外、本当は知っていて思い出せないだけなのではないかとふっと過ぎることがある。俺がよく知らないはずのことを思い出すように。
話を戻そう。
重力魔術は、知られていると言うか公開されている呪文は少ない。
よって、使い手も極限られるはずだ。
そう言った訳で、かなり新鮮だ。分析しようというやる気が漲る。
手始めは知晶片の例題にあった魔収納もどきだ。
もどきと言っているのは、同じではないからだ。
なんと、比較的大きい動物を収納できる。理由は分からないが、魔収納の術式には動物には作用しないように制限がかかっていた。術式をそのように組み上げれば、その制限を付けないことも可能だったということだ。
前々から都市間転送ができるので、同じ亜空間を使う魔術である魔収納ができないことには不信感を感じていた。
まあ、まずは試しだ。軽い気持ちで発動してみた。
改造した魔術では、この空間と亜空間の間に境界が現れた。ゲルの壁面に直径60リンチ(54cm)程の円形の穴が開いたように見える。その穴の奥は、霧が掛かったように白っぽく見えているが、先が見透せない。
試しに長い棒を途中まで突っ込んでみると、30リンチくらいで見えなくなった。魔感応によると、棒を突っ込めば突っ込む程、棒が短くなったような反応があった。魔感応を持ってしてもどうなっているか分からない。
だが、棒を引っ張ると、入れる前と同じ長さに繋がって出て来た。
なかなか面白いな。
そこから物、例えば本を放り込んでみたところ、念ずれば取り出すことができた。魔収納と同じだ。
次は腕を突っ込んでみた。
肘から先が見えなくなったが、腕の感覚はある。特に痛みやら熱さなどは感じない。ただ腕が軽く感じたので、驚いて引き抜いてみたが、別にとどうにもなってなかった。もう一回突っ込んで見る。落ち着いて感じてみると、腕を引っ張るような感覚がある。中は重力の方向が違うようだ。
次に本を持って入れてみると、本が軽くなったような感覚がある。やはり腕の先つまり奥の方に引っ張られている。手を離し、数秒経ってから手を握り込んでみたが、もう手に当たる範囲にはなかった。亜空間の大きさはそこそこあるようだ。
取り敢えず、ボアンの市場から生きた鶏を数頭買って来させて、入れてみた。
1分、3分、10分と取り出す時間を変えてみたが、全て生きており問題なかった。
問題は、その亜空間の中で時間は経過しているのかどうかだ。
本を離したら奥へ落ちていったのだがら、時間は経過しているのだろうとは思うが、確証がない。時間が経たないとすると、術者が入ると出られないと言う事態になりかねない。
もう一度鶏を、中に入れて、長い時間を試すか。
あっ、もっと良い方法を思い付いた。
蝋燭に火を付け、それを入れてみる。10分後に取り出してみると、蝋涙が下に垂れて短くなっていた。この結果から、中には空気があり、時間も経過していると言うことがわかった。
じゃあ、次は人間ということで。話すと反対されそうので、自分で入ってみた。
白い。唯々白い空間だ。
うーん。なんだか妙に既視感を感じるな。初めて入ったはずなんだが。
そこそこ明るい。ゆっくりと奥の方に移動しているというか、落ちている感じだ。その先を見てみると、放り込んで取り出していない色々な物が散乱していた。
さっき入れた鶏も居る。
地面というか床だ。そこに降り立つ。
鶏が驚いたのか、羽ばたいた。おお、飛ぶなあ。外界とは段違いの飛び振りだ。
確かに身体が軽い。
息苦しくもない。
見上げると虹色の水面のように、ゆらゆら揺れる面が見えている。入って来た境界だ。
魔感応によると、奥行き10ヤーデン、広さで言えば、差し渡しは100ヤーデン以上あるだろう。
歩いてみると、横ではなく斜め上に飛び上がってしまった。重力が小さいってことはこういうことか。まあ慣れれば、特に問題はない。
一旦出てみるか。
上の境界に向けて飛び上がると、なんなく届いた。そこから首を出す。
「おっ!」
物音がしてそっちを見ると、ゲルの戸口の前で、ローザが後ろ向きに倒れていた。
「あっ、あなたぁ!」
「ワフゥー」
その後ろにセレナも居た。
「ああ。驚かせたな」
「はあぁ……。あなたと一緒に居ると良くあることですが、びっくりしましたわ。何ですの、その格好」
「悪い! 今、出るから」
「えっ、何かに入っている……んですね」
「ああ、亜空間だ」
「亜空間」
「うん。魔収納みたいな」
「魔収納って、動物は入れないって……危険なことをしていたんですね?!」
立ち上がったローザの眉が吊り上がっている。
「大丈夫だ。術式が違うから……」
「難しいことを仰って、煙に巻こうとなさってませんか?」
「そんなことしたことないだろう」
「そうですけど」
ふと見ると、いつの間にかセレナが、亜空間の境界に向かって唸っていた。
「ワフッ!」
「おい!」
体重移動を見て声を掛けたが、そのまま飛び込んでいた。
「あら……大丈夫なんですよね?!」
そう思ったら、さっきの俺みたいにセレナも首だけ出した。
「ラルフ これ おもしろい」
そう言うとまた入って行った。
「おいおい、面白いって」
「安全のようですわね」
ローザの顔が普通に戻っている。
「入る前にちゃんと確認したんだからな」
ふむ。もしかして、セレナは俺を庇おうとしたのか?
そう言えば、ゼノビアも助けていたな。
優しいからな……。
「私も、入って大丈夫ですか?」
「もちろんだとも」
俺も一緒に入って、変な空間を楽しんだ。
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2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




