20話 基礎学校入学
3章開始です。
小学校入学の時の記憶ありますか? 微妙にあります。
「ファン、ファン……ファン! ファン!」
うう……。
薄く瞼を開くと、カーテンの間から陽が差し込んでいる。
「おはよう。セレナ」
「ワワフ、ファ、ファン! ワッフ! 【ラルフ オナカ スイタ】」
そっか、そっか。
もう7月。秋も真っ盛りだ。
上掛けを跳ねながら、起き上がる。
朝晩は肌寒い。
麻の薄いズボンを穿いた脚をベッドから下ろし、セレナの巣箱に近づく。はあはあと興奮している頭を撫でてやる。今日も元気そうだ。
この館に来てから1ヶ月過ぎ、まだ耳は丸いが、鼻が少し伸びてきた。
【ラルフ! ラルフ! ラルフ!】
うん、うん。
粘り強く教えたお陰で、僕のことがラルフと理解したみたいだ。自分のママでないことも。
セレナを巣箱から出して、敷物の上に放す。目前に置いた皿へ水差しから注いでやると、首を突っ込んでペロペロと舐め始めた。
さて、食べさせる物……。
【もう、ちょっと待ってろよ】
「ワッッフ!」
扉が開いて、ローザ姉が入ってきた。
「あら。おはようございます。ラルフェウス様。今日は早いんですね」
「おはよう」
右手に湯気を上げてる皿を持っている。
「これを、その子に」
差し出された皿を受け取る。シメた鶏の半身を軽く水茹でしてくれてる。
味を付けないでくれてる。
「ありがとう、ローザ姉」
「本当は生の方が良いんでしょうけど、この部屋では血の臭いが……」
「そうだね」
僕は気にしないけど、ローザ姉がうんとは言わないだろう。
「この子は、おしっこも糞もしないから、よろしいのですが」
そう。魔獣はほとんど排泄しない。汗は掻くけど。
例の本に拠れば、魔獣は別の意味で物を食べるらしい。私達生き物は食べ物を消化して吸収するが、魔獣は食べた物を魔力に変換して吸収するそうだ。だから直接魔力を吸収することもできるそうだ。魔力さえ吸収できれば、食餌をしなくても生きていけるらしい。
あと魔獣が死んでできる魔結晶も食べる。
だから、セレナを飼うなら……さっきローザ姉が言ったように、肉食魔獣は食肉ではなく生きている獣や魔獣が良いらしいから、狩りをする必要がある。
「僕なら大丈夫だよ。ほら、セレナ」
目の前に置いた皿を、じーっと睨んでる。
「よし!」
「ファン!」
かぶっと噛みつき、首をぐりぐりと回して食い千切ってる。
食べ方が野生だね。
「それでは、お召し替えしましょう」
何か、笑ってる。
「うっ、うん。寒いなぁ……」
「聞こえません! またベッドに戻らないで下さい。今日はご入学の日なのですから」
†
基礎学校へ初登校だ。
ローザ姉とアリーの3人で、手を繋いで歩く。
アリーがニッコニコで、ブンブンと手を振っていた。
「2人の洗礼の日。アリーが、一緒に学校へ通おうねって言っていたのを思い出します」
「えっ、アリーちゃん、そんなこと言ってたっけ? 嘘ぅ! 本当に?」
「アリー。学校では?」
「そっだった! 私って言うんだった」
あっと言う間に、学校に着き、先生方に迎えられて、新1年生は講堂へ入った。
天井が高いから、寒かった。
校長であるダルクァン司祭様のお話があって、予め分けられた学級、1組の教室へ行く。アリーも一緒だ。部屋に集ったのは、ざっと20人くらいだ。
個別の席は決まっていないようなので、部屋の後ろの方に座る。この中で僕は背が高そうだからだけど。そして当たり前のように、アリーが横に座った。
なんだか、みんな少し緊張なのか、大人への段階を一歩踏み出した高揚感なのか、落ち着かない表情をしてる。まばらに知り合い同士で話をしてる。僕も知った顔が何人かいたけど、そこまで、親しくは無い。
ウチの周りに住んでる同じ歳の子も1人は居たはずだけど、1組ではなかったようだ。
うーむ、今のところこの学級で親しいのは、アリーだけか。
誰かに、話しかけるか……いや。もうすぐ先生も来るだろう。
しかし、教室には色んな変な物が有るな。
窓際の机の上に、布が被って居る小山。それも気になるけど、あれは何だろう?
前方の左側にある台の上。30リンチ程の変な形の透明なガラスの壺を2つくっつけたような、それが木の枠に入っている……工芸品かな。真ん中が括れた変わった意匠だ。
「ねえ、ねえ。ラルちゃん、私達1年生になったんだね!」
「そうだね」
「何だか、わくわくするね」
うーむ。思考が中断された。
「まっ、まあな」
「やっぱりラルちゃんは落ち着いてるね……あっ」
その時。ヘルベチカ助祭様が装束のまま入ってきた。
そして教卓を通り過ぎて、さっき見ていた物の前に行った。
ん?
持ち上げて、上下をひっくり返した。真ん中の括れたところから、粉、砂かな? が、絶え間なくこぼれ降りていく。
ああ、これはそういうものか。
「皆さん。入学おめでとう。私はヘルベチカです。日曜日の礼拝で会う人も多いですが、学校では助祭ではなく先生と呼ぶように、よろしいですか?」
「「「「はい!」」」」
「良い返事です。1時限目は、これからの学校生活や規則について説明します」
ローザ姉が居たから知っているけど、基礎学校は、朝8時から、お昼12時までだ。
1時限は文字通り1時間。1日は3時限だ。
「そして、私が先程ひっくり返した物は、砂時計と言います。およそ1時間で、中に入った砂が落ち切ります。よって、今、授業時間がどの辺りまで過ぎたのか、先生にも皆さんに分かります」
おおお……と声が揚がる。
アリーも納得したのか、何度も肯いてる。
「普段は授業を開始したときに、先生がひっくり返します。が、万が一ひっくり返し忘れて居たら、皆さんが教えて下さい。よろしいですか?」
「「はい!」」
そう言った説明が続き、上側に残る砂が大分少なくなってきた。
先生が砂時計の前を通り過ぎて、窓側の机まで歩いて止まった。
「では、皆さんに学用品を配ります。順に取りに来るように」
布を引っ張って外した。
おお、やっぱり本だ。それから、木の箱も沢山積まれている。
前の方から、一人が取りに行った。
「わあ、ご本に、帳面、それに鉛筆だあ。初めて見たああ」
えっ、初めて見たのか。
席に戻ってくる。とっても嬉しそうだ。
「はい。皆さん、聞いて下さい。これらの品は、伯爵様からの多くのご寄付で用意できた物です。深く感謝するように!」
僕ももらった。
薄い本3冊、同じ数の帳面、そして鉛筆5本だ。
うーむ。本には、国語、算数、修養と書いてある。要するに教科書だ。
ローザ姉から聞いていた通り、1年生の教科は4科目だ。教科書の無い体育が加わる。
みんなに学用品が行き渡った頃、1時限目が終わった。
10分の休み時間を挟んで、2時限目は国語だ。
さっき配られた教科書を開く。
えーと。
エスパルダ文字の綴り方だ、国語じゃなくて。
「はい! アーの文字はこう書きます」
先生が黒板に大きく書いていく。
それを、同じく貰ったノートに、同じように書いていくのだ。
まさか、本当にこれやるわけ?
おお、みんな、言われた通りやってる。みんな素直だな。基礎学校1年生なんて、こんなもんか。
「はい! できましたか? では次は、ダァーの文字です。少し難しいですよ」
横見たら、アリーも嬉々としてやってる。
基礎学校は、子供達の家柄に関係なく来る学校だ。もっとも男爵様の家とかは家庭教師に教えて貰うから通わないそうだけど。逆に本はおろか鉛筆も持ったことが無い、貧しい家の子も来る。
文字の綴り方を知らなくても不思議は無い。
けどねぇ……。
うーむ。1組って能力が高い人が集まる組のはずだけど……。それと学校に上がる前に、読み書きを習う機会があるのとは違うと言うのは分かるけど。
「はーい。皆さんの中で、エスパルダ文字の読み書きができるという人。手を挙げて」
おっ?
手を挙げる。
おお、僕含めて4人くらいだ。
「はい、その人達は、数ページ先に、詩編がいくつか載っていますから、それをノートに書き写しておいて下さい」
「「はい!」」
他の3人は、やり始めたみたいだ。
一応めくってみる。うわっ、これ写し書きするの?
詩編。創世記。ああ、あれな。
やっぱり光神教会が運営しているだけのことはあるね。
何々?
真っ暗な暗がりの中で……ん?
なんだ? 僕が読んだのと違うぞ。
真っ暗な暗がりの中で、神様の中の神様はこう仰った。光があるようにと。
しかし、光は生まれなかった。神は仰った。まだ、早いのかと。
多分、子供にもわかりやすい語彙を使っているのだろうけど。
「ラルちゃん、どうしたの? 首が痒いの?」
「ああ、ちょっとね」
「回復魔術行っとく?」
「ああ大丈夫。それと学校ではあまり使わない方がいいよ。魔術」
おお、喋っていたら先生に睨まれた。
慌てて帳面を開く。あんまり質の良くない紙だ。少しざらざらしていて、何だか少し黄ばんだような色だ。
改めて読み直す。
気持ち悪い文章だ。さっきは拒否反応が出て、無意識に首の辺りを掻いていたみたいだ。
読むのはまだしも。書き写すのは嫌だぞ。
そうだ、前に読んだ方で書いておこう。
虚無の闇に神は唱えた
光あれと
だが混沌の支配は緩まず
光成すことはなかった
未だ時期に非ず 神は待った
1万年に1度唱えた 幾たびも試みたが混沌は衰えることはない
神は諦めなかった 試みること39度 ようやく 遍く光が行き渡った
神は光神となった
ふん、ふん、ふん。
鉛筆が捗るぅ! やっぱりこっちだよな。
創世記書くならラーツェン語で書いた方がしっくりくるのだろうけど。今は国語の時間だし。
単純な作業だけど、結構楽しい。
「ラルちゃん。何書いてるの。ノート真っ黒になってるよ」
「うわっ、覗くなよ。アリー!」
「ラングレン君! アリエスさん」
げっ!
初日の2時間目から、先生に眼を付けられちゃったよ。こっちに来た。
「先程から、騒がしいですよ。いくら1年生でも、しっかり授業を受けなければなりませんよ。で、何を言い合ってたのですか」
うわー。結構迫力あるな、ヘルベチカ先生。
「ラルちゃんが」
「らるちゃん?」
「ああ、ラルフ君のノートが」
「ノート? ラングレン君、何を書いて居たのですか? 見せてごらんなさい」
「はい」
素直に渡す。逆らわないようにしよう。
「なんだ、ちゃんと文章では無いですか、てっきり落書きか何かと……ん? ラングレン……ラルフ君。これは? これは何ですか?」
えっ、どう言う意味だろう? ちゃんと書き写してなかったか、怒ってるのかな。
「えーと創世記の第1節ですけど」
「そうではなく。なぜミストリア語飜訳版の文章なんですか? 教科書は小児向け編のはず……まさか君は暗記しているのですか?!」
周りが、おおうと響めく。
「ええ、まあ」
書斎にあった魔術の本を全部読み終わって、暇だったときに読んだ。
「はあぁ……司祭様が仰って居たのはこういうことでしたか。分かりました、明日から考えます」
「はい?」
何だか呆れられてる?
「はい、はい。皆さん静粛に!」
そこで、2時限目終了の鐘が鳴った。
「今日の3限目は、体育です。帳面は使いませんので。提出して下さい。それから、男子は2組の教室へ行って運動着に着替えなさい!」
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訂正履歴
2018/01/17 「ベットから出て」の記述は既に出ているので間違い
2019/10/18 誤字訂正(ID: 855573さん ありがとうございます)
2022/09/19 誤字訂正(ID:288175さん ありがとうございます)
2022/10/05 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




