208話 理解するものでなく愛でるもの
恐縮ながら連休進行にさせて戴きます。(ちょうど在庫が切れましたし)
なお、お盆明けすぐに遠距離出張を命じておりまして、併せて下記のように予定させて戴きます。
209話:8月18日日曜日,210話:8月24日土曜日(以降通常通り)
よろしくお願い致します。
さっきできたばかりの城壁に登り切り、城外を見る。
「御館様は?」
さっき、文字通り飛んで行かれた姿を探す。
「あそこよ!」
ゼノビヤの嫋やかな腕の先。
林の上空、御館様が物理法則をねじ曲げていた。
距離にして300ヤーデン。
月夜に白いローブは浮き立たせてる麗しき姿は、描かれた絵を見るようだ。
「はぁっ!? 飛んでいる……すっげぇ」
俺の後ろで息を飲んだのは、最近騎士団へ入った魔術師アクランだ!
まだ18歳と若い人族の男だ。いや若いと言えば、今そいつが見上げている先の存在は、16歳になられたばかりだった。歳は関係ない。
「はっ! そりゃあ、空を飛べるのは凄いけどさ。御館様はそれだけじゃないのよ!」
ゼノビアは口は悪いが、面倒見は良い。何くれと無く世話を焼いてやっている。
「でも、こんなとこで見物してて良いんですかね? 副長から仮眠取っておけと言われたじゃないですか。特にゼノビアさんは」
「ばっかじゃない? 御館様が戦われるところを見ずして、寝てなんかいられないわ。大体見物じゃなくて見学よ! ほら始まったわよ!」
なっ!
「うわっ!」
すっと真っ直ぐな糸が生まれた。
そう見えた。
だが魔術師には分かる。その細き線に如何ほどの魔力が籠もっているか。その先で魔獣が爆ぜた光粒子が散る。
次の瞬間──
御館様の腕から、何本もの光条が迸った。
「おおっ!」
ああ……有り得ん。
林の梢の間から、煌びやかな火花が次々と散っていった。
「あそこにいたのは……」
「巨牛よ! 副長の話を聞いていなかったの?」
聞いていて、その命に背いているゼノビアはどうなんだ?
しかし、俺の拙い感知能力でも分かる。
あの強大な魔獣が、あの一閃一閃で斃されて行っていることが。
その眼に恐ろしくも地味な光芒の瞬きは、長く感じたが、実際にはものの数秒で消え去った。
御館様は移動を始めた。
まさか、あれだけで全部斃したのか。
「飛んだ上に、攻撃魔術なんて! 信じられません。だっ、大体何発撃ったですか?」
「フン。20発弱ね! そうよね?! フロサン」
「あっ、ああ」
ゼノビアに促されて肯く。
「この城壁を魔術で築いた日に、空を飛んで。ほとんど使い手が居ない光属性攻撃魔術を乱れ打ちって、とんでもない魔力量……やはり、御館様は天使様なのか」
「天使様? はあ? 何言ってるのよ」
「いえ、ソノールで噂になってたんですよ。コボルト達が御館様をそう呼んで、崇めているって」
「コボルトォォ? そうだ! フロサン。あんた、先月御館様と一緒にソノールに行ったでしょ。何か聞いていないの?」
俺に詰め寄ってくる。
あれか!
「聞いた話だが。スワレス伯爵領に居る大勢のコボルトを連れて、新しくできた、父君のラングレン男爵領に移住させたって」
「はぁ?」
ゼノビアの目が吊り上がる。
「そんな話、初めて聞いたわよ! 何のために、あんたにソノール行きを譲ったって思っているのよ!」
あれ? 譲られたか?
「そっ、そんなことより、また始まるみたいです!」
「おおっ!」
「うぅわぁ、なんだあれ?」
光魔術は光魔術だろうが、全く別物だ。それだけは分かるが。それ以外は及びも付かない。
「一瞬で終わって……しまった。あんな魔術見たことない」。
「そうなの?」
「ゼノビアさんは、分かるんですか?」
「はっ、天才ってのは理解するものじゃなくて、愛でるものなの」
「それって、わかってないってことですよね」
「うるさい。いやぁーー、良いもの見られたね。こりゃあ、腕が鳴るわねえ。寝てろとか! はっ! やっぱり石頭のいうこと聞かなくてよかったね」
んん?
アクランの顔が引き攣っていく。なんだ? 後ろ?
「俺の頭が硬いことを、よく知っていたな。ゼノビア」
「はぁ? げっ!! ふっ、副長!!」
「どうやら、今夜の同行者を見直さないといけないようだな!」
「ああ、そればかりはご勘弁を!」
†
アピスは殲滅したが……速度が上がらなかったな。
一体当たり0.2秒を切れない。折角の光魔術の速達性が活かせていないということだ。
眼が疲れたな。
疲れた?!
そうか。魔術といえども、照準は視覚だ。物理的に眼球を動かして行う。
だから疲れた。
それに時間が掛かる。変位の上、距離に応じて焦点合わせ……か。これ以上の高速化は厳しい。あと、ぐるぐると眼球動いてたら見た目に気持ち悪いだろう。
などと考えていたら、紅毛熊の群れの上空だ。
【深甚!】
物理的な眼が足を引っ張るならば、視覚を使わなければ良い。
瞼を閉じて、魔感応で照準──
視野を大きく超えた範囲。闇に熊が無数に現れ……一瞬で全ての赤毛に意識が紐付いてく。
腕を広げ、頭頂に魔素を集約──
耳障りな微振動がうなりを上げる。
【並行励起!【閃光!!】】
眉間の先。
瞼越しにも目映い光球が顕れるや、何者よりも鋭利な光条を四方八方へと迸らせた。
†
新しい郭に降りていくと、騎士団の駐屯地前に人垣ができていた。地に降り立って、光学迷彩を解く。
うるさいな。
俺を認めたボルソルンが寄ってきて何事か報告しようとするが、喧噪でよく聞き取れない
【音響結界!】
「おっ、おう。急に静かに」
「なんの騒ぎだ?」
「御館様。お戻りなさいませ。これは……御館様がお出かけになった後、住民が集まって来まして」
「馬出の門は開いているだろう」
通行は阻害していないはずだ。
「いっ、いえ。一目御館様の姿を見たいと申しまして」
「俺を?」
「ああ、というか、壁を造った者という意味ですが。何かお言葉を与えては如何でしょうか?」
「俺がか?」
「もちろんです。壁を造られたのは、御館様ですから」
何の意味があるか分からんが、このままでは仕事にならん。
「わかった。やってみよう」
【解除!!:音響結界!】
【光翼鵬!!】
3ヤーデンに浮遊。
「静まれ…… 静まるのだ……」
怒号に対するに合い相応しくない儚き声音。
「……静まるのだ……」
怒号が失せ、喧噪が収まっていく。
静まれ──
風が聞こえた。
「我が名は、ラルフェウス・ラングレン──壁を築いた者だ」
皆、呆けたように俺を見上げている。
「見よ」
俺の腕の先に、光が生まれた。
それが墜ちた。
ドスドスと音を発て転がる。転がる。いくつも滑るような光沢を湛えた塊が地に溜まり、やがてカチカチと金属音に変わってきた。
「魔結晶! 魔結晶だぁぁあ!」
「ああ確かに。あんなでかいの見たことねぇだ!」
魔結晶と理解した上で、誰もそれを拾おうと出て来る者は居なかった。
「その通りだ。手始めにボアンの周りの牛と熊を屠った。それらが証だ」
再び喚声が沸き上がった。
掌を翳し、静まらせる。
「背後の壁は、魔獣の攻撃を幾ばくか耐えることができるだろう。だが、所詮は只の土だ。忘れるな! 真に頼るべきは魔術に非ず。自らを頼れ、同じ境遇の者と団結せよ!」
一拍遅れて、おうと響めいた。
理解できたのか、できないのか?
いずれにしても、皆は肯いた。
「それから……セレナ!」
ゲルの木戸がバンっと勢いよく開くと、蒼白い塊が飛び出してきた。
瞬く間に、ここまで駆け付けてくる。
うわっと悲鳴が上がり、俺の前に居た民衆が数歩飛び退いた。
「まっ、魔獣!!」
戦慄が人垣に奔る中、当のセレナは無関心だ。俺に頭を擦りつけてじゃれる。
「その通りだ。しかし、我が従魔のセレナだ。皆に危害は加えない、手出ししない限りはな」
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訂正履歴
2019/08/10 誤字脱字,細々訂正
2019/08/12 誤字脱字, 細々訂正




