205話 2度目の出動
何か頼み事されて行ってみると、相手先の意見が割れていて何しに来たんだよ!って感じの対応を一部の方からされることないですか? 小生はあります。あれは微妙ですねえ。まあ、淡々と進めますが。
ローザの提案通り、下打ち合わせは2時からにして、本館に戻り昼食を摂る。
今日は、珍しく横にローザが居て一緒に食べている。
いつもなら、客がいない限り朝食や昼食は大体斜め後ろに立って、俺の世話を焼くのだが。
俺としては、この方がうれしいが……さっきの件も気になる。
「ローザ」
「はい」
「何か言いたいことが有るのだろう?」
艶やかに微笑んだ。
「はい。お食事中恐縮ですが、筆頭従者として申し上げなければなりません」
なんだなんだ? えらく改まったな。
サラダを食べていたフォークをテーブルに置き、ローザに向き直る。
表情が締まった。
「そうか、聴かせてくれ」
「はい。ではお言葉に甘えて。御館様の美点は数々ありますが、欠点は1つ」
1つどころではないと思うが……じゃなくて、何の話しだ?
「あれだけの命令書を数分で読み、全て理解できる者は御館様だけです」
「はっ?」
「はっ? ではありません」
「ああ、悪い」
虚を突かれた。
意を決したように、こちらに寄る。
「御館様の欠点は、皆がご自分のようにできると誤解しているところです」
いやいや。
「そんなことは思ってないと考えていらっしゃいますね!」
うんうん。思わず肯く。
「でもそう思っていらっしゃるのは、魔術のことだけでしょう? その他のことは、ご自分と同じと思っていらっしゃる」
「ああ……」
ローザがそう言うなら、そうなのだろう。惚気るわけではないが、俺のことはローザの方が良く知っている。
「ご自分を特別視しない。そういう意味では美点なのかも知れませんが、程度問題です。現実とは合致していません。それを前提とすれば、周りの者にとっては大きい負担となります」
「あぁ……」
「とは言え、そもそも騎士団は御館様に奉仕して、素晴らしい仕事をして貰う為に存在するのですから、妻としては、あなたに合わせるべきと思います。もちろん、ダノン殿もそれを弁えていらっしゃいますから、一切文句を仰いませんよね」
「ああ……」
ああ、ばっかりだ。
「そこで、ヘミングです。彼が、打ち合わせを遅らせたのは、ダノン殿に命令書を読み込む時間を与えんがためです。しっかりとした判断には準備が必要です」
いやだから、それを俺が手伝って……だめか。
俺が促してはどうしても強制になる。責任を持って当たらせるためには自ら腑に落とさせる必要があるということか。結局俺が甘えていたと言うことだな。
「わかった。皆にそれとなく時間を与えるようにする」
ローザが穏やかな目元になった。
† † †
「以上の説明の通り、今回の出動は騎士団全員だ。出動は明後日、6月4日9時とする。何か質問は?」
第一会議室で出動に向けた幹部会議を実施中だ。幹部が全員……スードリは先行していないが、集まっている。今バルサムの説明が終わった。
「はい!」
「救護班長どうぞ!」
おお。珍しい。こういう時は空気になるアリーが質問か。
「はい! 出動が明後日になるというのはなぜでしょうか? 超獣ではなく魔獣の大量出現だからか、それともさっき説明のあった領軍との連携の為でしょうか?」
騎士団の中で一番早く出動したいのは、アリーというか救護班だ。怪我人が出ているなら、早く治療すればそれだけ被害を抑えることができるからだ。
「団長! お答え下さい」
バルサムの職責は、現場の司令官だ。この質問をダノンに振るのは正しい。
ちなみにダノンの役職はラングレン家では家宰であり、団長は通称だ。騎士団の責任者としてそう呼ばれることが多い。
「うむ。理由としては両方だ。今回は超獣のみを気にしていれば安全を確保できるというわけでは無い。辺境伯領の領軍との連携が必要になるが、彼らも人員を集中しづらい事情もある」
仕方ないことだ。辺境伯領とは、他国と接している国境の領域だ。国境防衛をないがしろにするわけにはいかないという立て前はある。
「そうですか……分かりました!」
これは質問というよりは、形を変えた苦情。アリーの鬱憤晴らしだな。
「うむ。他に質問は? 無いようだな。御館様」
俺か。
「今回の敵は多数だ。程度はともかく広範囲に被災者が出ることになるだろう。つまり救護班の負担が前回以上になる可能性がある。各班は支援を頼む」
「ああ、はい。 皆さん、お願いします!」
バルサムが、不規則発言したアリーを睨む。
「では解散!」
† † †
4日9時。
公館前に勢揃いして都市間転送所に向かい、メディル辺境爵領領都ワナークまで飛んだ。
地図上では王都から南南東へ1500ダーデン程離れた、我が国の端の地方領だ。都市間転送を使えば、ここであろうとソノールだろうと変わらないというのは、考えれば驚くべきことだ。最近は当たり前に使っているが。
ここの転送所も、建物を出ると城壁に四囲を囲まれた敷地。上に歩哨が十数人いるが、あそこから弓で狙われれば、かなりの被害を強いる造りになっている。当地を護る側からすれば、用心に越したことはないが。用心される側としては気分が良いはずはない。
さて。そんなことより、まずはメディル辺境伯と面談だ。さっさと現地に行きたいが、そうも行かない。今回は指名出動であるし、指名元を安心させるのも大事な仕事だ。
謁見の間に通され、暫くすると薄手のチュニックに膝丈のホーズを穿いた、いかにも大貴族然とした男が、従者を従えて入って来た。がっちりとした体格だが、顔は細面だ。年齢は親父さんよりは上、40歳代半ばだろう。鑑定魔術を行使すれば分かるが、貴人には向けないのが礼儀だ。
騎士団の皆は一斉に跪いたが、俺は立ったまま対する。
公務時、上級魔術師は、国王陛下の名代であるので謙ってはいけないのだ。まあ形としてはだが。
「ラングレン卿!」
すかさず横に付いていた長身の男が辺境伯に耳打ちする。
「ラルフェウス卿」
辺境伯は顔を顰めつつ言い直した。ここに親父さんはいないので、どちらでも構わないが。
軽く会釈して胸に手を当てる。
「メディル伯。初めてお目に掛かる。出動依頼に応じ、参上した」
謙虚とおし着せがましさの境界を口にする。
「ご苦労に存ずる」
そう言うと辺境伯は、豪華な椅子に腰掛けた。不機嫌そうだ。おそらく、この地で俺のような物言いをした者は居ないのだろう。
代わりに長身の男が進み出る。
「私は、メディル家家令リシャールで御座います。ラルフェウス卿並びに……騎士団の方々。我が領の要請に応じ、出動頂き感謝致します」
こちらの言葉遣いは普通だな。だが姿勢がびしっと決まっている。まるで軍人のようだ。
「当地にて饗応差し上げたいが、場合が場合ゆえ……」
「ご無用に願いたい」
「承りました。子細は要請書に期した通りでございます。何かご不明な点は?」
「我々を指名した理由をお聞かせ願いたい」
リシャールは辺境伯を振り返ると、頷きを見てこちらに向き直る。
「いくつかございますが。大きくは先月の超獣討伐によるラルフェウス卿のご活躍とともに、住民の救助にご尽力された話を承ったからでございます」
ふむ、救護班目当てか。情報に寄れば怪我人が結構出ているらしいからな。自助努力もして貰いたいものだが。
「領軍は既に向かわれたのか?」
「ああ。まあ一応。150程ですが」
「150?!」
慨嘆したのは、俺ではなくバルサムだ。
随分少ないな。夜は出歩けない程魔獣が闊歩していると命令書に記載されていたが。
「ああ、あの。ラルフェウス卿はスワレス領ご出身と伺いましたが」
「それが?」
「いえ、辺境生まれでなければ、ご理解頂きづらいと存じます。この地は辺境伯領ゆえ」
ダノンも言っていたことだ。
だが、それでは領民は見殺しだ。怒りが込み上げてくる。
「で、国を頼られたと」
辺境伯が視線を外し、窓の方を向いた。
どうやら、俺達は都合の良い落とし所だったということか。
「はい。ご苦労に存じます。ご苦労ついでにお願いがございます。遺跡については、極力原形を留めたまま、魔獣共を駆逐願いたい」
むう。遺跡を壊すこと罷り成らんという縛りか。
上級魔術一発で始末できれば、手っ取り早いのだがな。元々破壊する気はないが。
「理由を聞かせてもらおうか?」
「ああ。ええ。ファルトゥナ遺跡は、我が領、いえ。我が国の至宝にございますゆえ」
至宝?
そうだったか? 遺跡については、王都回りで色々良いことがあったので、王立図書館で調べたことがあるが……そんな位置付けではなかった。まあ我が国というのは明らかに言い過ぎだろうが、ここでは馴染み深い遺跡なのかも知れない。
「人命の次として優先するよう善処する。話は変わるが、この領都に我が騎士団の連絡員を置かせてもらうことを申し入れてあるが」
「既に場所をご用意しております。ご案内申し上げます」
辺境伯へ挨拶して、謁見の間を辞する。
連絡員の駐在場所としては郭内の宿屋が、宛がわれていた。そこには数名の団員を置き、ダノン達は王都に戻らせた。当地に先乗りしている国家危機対策委員会の監察官に挨拶してから出発だ。今回は超獣対策出動ではないので、監察官は領都に待機だそうだ。まあ正直付いて来られても、足手まといでしかないので,こちらとしても歓迎だ。その代わり、魔導具による記録を厳にと要請された。
何が領軍との連携よ! そうアリーが怒っていたが、時間の無駄と吐き捨て、馬車に乗り込んだ。救護班の馬車だ。
そうして、俺達は昼前だが急ぎワナークを発した。
ファルトゥナ遺跡はワナークから60ダーデン程東南にある。ゆるやかな登り道がずっと続いたが、状態は酷い物だ。これでは、皆が分乗しているゴーレム馬が牽く馬車を以てしても全速力を出すことは叶わない。到着は明日の昼過ぎになるだろう。
領都の周縁を抜けるとあっと言う間に、田園風景と変わり、数ダーデンも走った頃には、見渡す限り森林と山が折り重なる地となった。
「ここは標高が高いのですね」
ローザが車窓の向こうを眺めて言った。
「ああ、海抜千ヤーデン程だ」
「来るのが夏で良かったですわね」
確かにな。夏でもそれほど暑くないと言うか、逆に陽が当たらない山陰に入るとひんやりしている。冬ならば凍える程になるだろう、。
「そうだな。王都とは気温差があるからな。夜は暖かくして寝よう」
「はっ、はい」
なぜか、ローザが紅潮していた。
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訂正履歴
2019/07/31 伯領→辺境伯領、細々誤字脱字訂正。
2019/08/13 対策委員会の監察官について,不帯同の下りを追加
(以降の話でも帯同の状況はありませんので,ストーリの変更はありません)
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2021/02/14 単位間違いダーデン→ヤーデン(ID:2013298さん ありがとうございます)
2021/05/11 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




