203話 父は偉大なり
肉親に褒められたり、感謝されるというのは、思ったよりうれしいものです。まあそれが実感できるのは、多くは別離の後なのですが……。
「見えてきたぞ、ラルフ!」
「ええ」
親父さんが、嬉しそうにしている。がんばった甲斐があったと言うものだ。見えてきたのは、こちらに向かってくるコボルト達の列だ。
エルメーダから3ダーデン程離れた、大理石と石灰岩鉱山の坑道入口前の広場に居る。鉱山の名はダダム孔ではなく、ササンティアというそうだ。ちなみに先日俺が開けた横坑は、ここから200ヤーデンは離れている。
しばらくすると、ドワーフ率いるコボルトの集団の先頭が広場に入って来た。その後、続々と詰めかけてくる。
辿り着いたコボルト達は、皆々疲れたのか、その場で座り込んでいる。
直線で28ダーデン、道なりで35ダーデン余りの道程を、徒歩で丸々1日掛けてやって来たのだからな。無理もない。
領軍の兵が、丸腰で水と干し肉とパンを配っている。
「それにしても、大勢来ましたね。若様」
家令のクリストフは、驚き半分呆れ半分と言う風情だ
「ああ、作業員以外にも家族がいるからな」
「そうですな」
「家令殿ぅーー!」
ん? ああ、あそこで役人が呼んでいる。
「しばし失礼します」
クリストフが離れていった。彼も忙しいよな。実質面倒事を1人でこなしているのだからな。
「しかし、うれしいぞ。たった数日間で、こんなに大勢来てくれるとは。改めてラルフに感謝だ」
「はい。ですが、それよりも昨日お願いした件……」
「うむ。もちろんだ。コボルト達を大事な領民とせねばな。おっ!」
馬に乗ったバロックが見えた。広場に入ると地に降りて手綱をドワーフに渡した。こちらへやって来る。
「お待たせしやした。御館様。ラルフ様」
「いやいや。ご苦労だった。バロック。感謝する」
そこへ、クリストフも戻ってきた。
「家令殿。こんにちは」
「おお、バロックご苦労だった」
ああ。クリストフに敬称つけるんだな。まあ男爵家家令だし、准男爵だからな。親父さんが男爵になったときに叙爵されたそうだ。
「はっ! コボルトの作業員候補の325人とその家族450名を連れてきました」
「おお。325人もか」
「へえ。ご要望の500人には達しておりやせんが。なーに、まだ数百人は集められる手応えがありやす」
「それは頼もしいなあ。人数の件は分かった。昨日の今日では、そうそう来られるものではない。これは凄いことだ」
確かに。コボルトは人間のような住居を造るよりは、洞窟や穴蔵に住むことが多いらしいが。それでもそこを捨てるなり空けるなりして、ここへ来ると決断するには勇気が要るはずだ。そう考えてみると、325人と言うのは結構多いのかも知れない。まあそれだけコボルト達が窮乏していることの裏返しなのだろう。
「流石、天使様の御力は計り知れやせん」
おいおい。
「天使様?」
「ああ家令殿、ラルフ様のことを、コボルトがそう呼んでいるんでやす」
「それはまた……」
クリストフは、結構由々しきことと思ったようだ。
「でも、昨日ラルフ様がコボルトに、自分は天使ではない人族だと宣言されやしたから、大丈夫……とも言い切れやせんが」
「ふーむ」
「ははは。まあ細かいことは気にするな。良いではないか、他の者ならともかく。ラルフだからな」
「御館様がそう仰るなら……ああ、ではそろそろ」
「おお」
木で組まれた段上に昇る。
地が揺れるような響めきが上がった。
なかなか収まらないので、手を振って抑える。
【コボルトの民よ! ここまで来てくれて感謝する】
拡声魔導具で声が響くと、喚声が次々上がる。
【では、当地の領主から挨拶がある。聞いてくれ!】
奥に居た親父さんが進み出た。
すぅと息を吸った。
遅れないように訳さないとな。
【ディラン・ラングレンだ。当地の領主をやっている】
おおっ!?
親父さんがコボルトの言葉を喋った。しかも、発音に違和感がない。
オォォォォッ!
驚いたように喚声が上がる。一番驚いたのは俺だが。
挨拶ぐらいはできるようにしてくれとは言ったが、ここまでとは。
【そして、ラルフェウス・ラングレンの父としても、ここに宣言する。我がラングレン領は、そなた達コボルトの移住を歓迎する!】
折れんばかりの響めきが、山河を谺していく。
皆々が、疲れを忘れたように立ち上がり。こちらに向けて思いっきり手を振りまくっている。少し分かり辛いが、皆笑顔だ。そして興奮している
「さて、ラルフ。憶え切れたのはここまでだ。この後は飜訳を頼むぞ」
「はっ!」
流石だ、親父さん。感服した。
何やら分からない仕組みで、思い出すように話せるようになる俺とは違う。
コボルト達は、鉱脈から外れ通行に邪魔にならない坑道や、去って行ったヴィクトール商会の息が掛かった人間達が住んでいた宿舎に住むことになった。バロックの配下のドワーフを雇って、領政府の役人達と取り持ってもらうことになった。
親父さんの決断と言い、この短期間で形にするクリストフの手回し、それにドワーフを介してまとめ上げるバロックもそうだ。みんな、やるものだ。
† † †
思ったより、エルメーダに長居してしまった。
5月も下旬になってようやく、王都に帰ることになった。
俺の誕生日が近いこともあり、昨夜は立派な晩餐で持て成してもらった。
来る時はローザと2人だったが、帰るときはソフィーと彼女付きメイドのパルシェも一緒だ。なので馬車でソノールまで戻る。朝出たのに、着いたのは11時だ。
時間が掛かる。
爺様の館に寄って昼食を摂った後、スワレス伯爵を城に訪ねた。
応接室に4人で待っていると、伯爵様が入って来た。
立ち上がり、胸に手を当て会釈する
「伯爵様。王都に帰る前に、ご挨拶に罷り越しました」
4日前に会ったばかりだ。
「おお、ラルフ殿にローザンヌ殿、よく来た。んん? この子は?」
「はい。初めまして。男爵ラングレンの娘ソフィアです」
自分で挨拶した。
「王都に留学させております」
「そうかそうか。ラルフ殿の妹御だな」
「はい」
「なるほど、ルイーザ殿によく似ているな。何歳になる?」
「8歳です」
「うむ、なかなか利発そうだ。うーん、残念ながら我が息子達にはちと歳が合わぬな。誰か居ないものか」
ソフィーが可愛く瞬いた。
「あのう。ご縁談の件であれば、ご無用に願います」
きっぱりと言う妹に驚く。
「おい、ソフィー!」
「おお、そうか。もう許婚が居るのか?」
「はい。私は兄と結婚しますので、ご無用に願います」
はっ?
なんだと?
「あっははは。ふふふ。そうかそうか、ラルフ殿とな」
伯爵様が、こっちを睨む。
「あっ、あの、妹が失礼を申しました」
うれしいけど。
「ああ、いやいや。これは私が悪かったな。それにしてもラルフ殿は罪な男だな。ソフィア殿、まあ気が変わったら教えてくれ」
「変わりません!」
ぷいっと横を向いた顔は、むくれている。
「申し訳ありません。後で叱っておきます」
「ふふふ。しかし。こんなラルフ殿の間抜けな顔を見たのは初めてだ。それはともかくとして。ラルフ殿には礼を言わねばならぬ」
「はあ……」
「この前は言わなかったが、正直コボルト達には手を焼いていたのだ」
4日前、つまりツァルク村に赴いた前日に、伯爵領内のコボルトを移住させる許可を事前に貰いに来て、了承を得ていた。
「そうなのですか」
親父さんが言っていたので知っているが。
「うむ。ここ数年で徐々に増えていたのだが。なかなか自活できなくてな。手の者に仕事を斡旋させてはみたが、はかばかしくなかった」
「はあ……」
「うむ。いくら魔術が得意なラルフ殿を以てしても、なかなか難しいだろうと踏んでいたのだが、見事に覆られた」
「恐縮です」
「思い起こせば、ちょうどソフィア殿と同じ歳頃で、この城に来て皆々を説得したのだからなぁ。驚くには当たらぬかも知れぬな。今後も期待しているからな。頼むぞ!」
「はっ! 微力を尽くします」
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訂正履歴
2019/07/24 言い回し等細々変更
2021/05/11 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)




