閑話1 ある日のアリー
ラルフ視点ではない、閑話を投稿します。次話から、3章に突入します。
「ラルちゃん? いないかあ……」
アリーがラルフの部屋の扉を上げると、うずくまっていた者が、首を上げた。
「ワッフ、ワッフ、ワッフ!」
「ああ……もう、セレナったら。鬱陶しい!」
「ワッフ、ワッフ!」
「何よ! アリーちゃんが、この部屋に入っちゃいけないってーの?」
「ワフ?」
思わぬ反撃に、魔狼の方が鼻白む。
「あんたは、この部屋に住んでるかも知れないけど。アリーちゃんの方が、ラルちゃんのこと昔っから知ってるんだからね」
「ワウ?」
「ああ、もう。あんた牝でしょ! ラルちゃんは、ぽっと出のあんたなんかにあげないって、ことよ! 分かった?」
「ワフッ?」
「まあ、魔獣には負けないけどね」
「ところでさあ、ラルちゃんがどこへ行ったか知らない? ちょっと、うたた寝した隙にどっかへ行っちゃったのよねえ」
「……」
「もう。犬みたいなのに鼻が利かないわねえ。って、あんたも置いてきぼりで、この部屋にずっと居るんだもんねえ」
セレナが恨めしそうに、アリーを見た。
「何よ! お前こそどうなんだって言いたいの? 河原も行ったし、麦畑も見回ってみたわよ。でも居ないのよ……そだ。ちょっと聞いてくれる」
「ワフ!」
「ちょっと前まではさあ、何でもアリー、アリーって、何時でも一緒に居たし。知ってる? 3歳の初めまでは一緒の部屋に寝てたのにさあ。最近はなーんか避けて……いや、避けるわけなんかないわね、なんていうか……そう、恥ずかしがっちゃってさあ。何かとくっつくのを嫌がるんだよね」
「……」
セレナは、瞼を重くして、首を沈めた。
「ねえ、聞いてる? 聞いてないじゃない。ちょっとあんた酷くない?」
「ワフ!」
「そもそも、あんたはラルちゃんと、おねえちゃんには懐くのに、なんでアリーちゃんは嫌うのよ。それに憶えてないみたいだから、言っておくわよ! あんたが今生きてるのは、アリーちゃんのお陰なんだからね。僕だけだったら死んでたって、ラルちゃんも言ってたよ! 分かってる?」
「言ってたわよ! ぷっ、ふふふふ……」
「おおっ、おねえちゃん! いい、何時から聞いてたの?」
アリーが振り返ると、大きな皿を持ったローザが開いた扉の前に立っていた。
「魔獣には負けないけどねの辺かしら。セレナとずーと話してるからおかしくって!」
「もうぅ。おねえちゃん、立ち聞きなんて意地悪だよ」
「あらあら、顔が真っ赤よ、アリー。それから、私はその仔にお昼ご飯を持ってきただけよ。今日は狩りに行かないからって。はいはい。お腹空いた? セレナ」
ローザは、持ってきた皿を、セレナの前に置く。
「待て!」
首を伸ばし掛けたセレナが、ビクッと止まる。
「よし! たんとお食べ!」
ワッフ、ワッフと皿に首を突っ込んだ。
ローザは後頭から首筋に掛けて何度も撫でる。
「良い仔ねえ。こんな仔に文句言うなんてねえ」
「ラルちゃんが! ラルちゃんがいないから……ちょっとセレナに向かって愚痴っていただけだよ。魔獣と話せるなんて思ってないもん」
「あら、そう? ラルフェウス様は、セレナと話すことがお出来になるわ」
「……はっ?」
「信じないと思うけど、セレナと話すことができるのよ」
「まっさかぁ……」
「セレナだけじゃなくて、飼い馬ともね」
「嘘ぅ……ちょ、本当なの?」
「ラルフェウス様は、神に選ばれた子なの。洗礼の時のこと忘れたの?」
「ああ、うん。ぼんやりとしか憶えてないけど。でも、今だって頭が濡れると、うっすら光の輪が見えるから、憶えてるっていうか」
「そうね。私も見えるわ。奥様や旦那様には、あまり見えないようだけど」
「ラルちゃんって、人間だよね? 天使様とかじゃないよね」
「いいえ、人族の人間よ。ご自分で仰ったし……」
「……何?」
「その、下の方もされるし」
「はっ?」
「ラルフェウス様が、まだ赤子だった頃に、私がおむつを替えたのよ。もちろんあなたのもね」
「ああ、そういうことか。うん。おしっことか、してるよ。河原で」
「……ちょっと、見てないわよね」
「昔は見てたけど、今は見せてくれないのよね……痛ぁあ。なんで叩くの! 大体、おねえちゃんだって何してるか知ってるんだからね……言わない……言いません。ラルちゃんには、絶対言いませんからぁ……あああん、痛い」
「よろしい」
「ねえ、見た? セレナ。おねえちゃんは、おとなしそうだけど、凶暴なんだからね、だまされちゃだめよ……そんな恐い顔しなくても良いじゃない、おねえちゃん」
「天使じゃないか……か。あなたも覚悟が足りないわね」
「覚悟?」
「そうよ。ラルフェウス様が天使であっても、たとえ悪魔だったとしても、私は一生お仕えするから」
「あはは、ラルちゃん、あんなかわいいのに。悪魔な訳……」
「あなたは、日曜の礼拝には行かないからね。悪魔程外見が良い者はないって、司祭様が仰ってるわ」
「えっ?」
「天使も悪魔も人間の中にこそ、どの人間の心の中にも居るってね」
「……」
「ちょっと難しかったかしら」
「ううん。分かる気がする」
「あらっ、そっ」
「でも……」
「何?」
「おねえちゃんって、本当に10歳だよね」
「そうよ。もう2年もしたら、一生をどう生きるか決めることになるわ。あなたも……」
「なに?」
「ラルフェウス様と過ごしたら、あっと言う間だわ」
「そうだ。ラルちゃん、今どこに居るか、おねえちゃん知らない?」
「旦那様と、領都へお出かけになったわ」
「ああ、どうりで。居ないわけだ……領都?」
「帰りにバロックさんの館にお寄りになるって」
「えぇぇええええ!」
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2019/09/07 誤字訂正(ID:512799さん ありがとうございます。)
2019/10/18 誤字訂正(ID:855573さん ありがとうございます。)
2020/02/12 誤字訂正(ID:689748さん ありがとうございます。)
2022/09/19 誤字訂正(ID:288175さん ありがとうございます)