201話 こじ開ける動員の術
商売柄、何人も頭が切れる方にお目に掛かったことがありますが。やっぱり凄い人は発想の転換ができる人ですよねえ。憧れます。
親父さんに呼ばれて応接室に行ってみると、立派な体躯の男が居た。
「おおう、ラルフ様」
「バロックさ……バロック、久しぶりだな」
ついつい昔の呼び方になる。
立ち上がって、握手してきた。
「いやあ。お活躍でやすな。この辺りでもお名前が轟いておりやす」
「ははは」
「いつまでこちらに」
「ああ。あと3日位で、王都へ帰ろうかと思っているが」
「そうなのか?」
意外にも親父さんが反応した。残念そうだ。主にソフィーを連れ帰るのが嫌なのだろう。
「ええまあ、そう長く王都を空けるわけにも行きませんので……」
本当はそんなこともないが。
「では、近いうちに王都のお館にお邪魔しやす」
「わかった」
「ああ、いつ帰るかはまた後でな。それよりバロックに来てもらったのは、頼みがあるのだ」
「アッシにですかい。何なりと仰って下せえやし。ディラン様」
「うむ、実はな。鉱夫が俄に足りなくなってな」
「鉱夫でやすか?! 新たに大理石の鉱脈が見つかったとは聞いておりやすが。そちら関係でやしょうか?」
「流石、耳聡い。その通りだ」
うむ。親父さんが考えがあると言ったのは、やはりバロックさんの線か。
「そうでやすか。差し当たり、どの程度の人数でやしょう?」
「うーん、遠慮なしに言えば1000人、500人程は欲しいところだだ」
「ううむ。1000人でやすか……」
眉間に皺が寄る。
「石材を扱う鉱夫は、なかなか専門性が高いでやすから……正直申しやして、かけずりまわりやしても、やっと100人ってところでやしょうか」
確かに。石炭や鉄鉱石とは違って、石材は掘り出す形や大きさが価格に影響する。特別な技術が要求されることは想像に難くない。100人集まるだけでも大したものだ。
そもそもバロックさんが得意なのは、農業系人材だからなあ。
「でも、アッシに仰ると言うことは、ヴィクトール商会とは不調なんでやすよね」
親父さんを見る。
「そういうことだ」
「ふむ。彼の商会は、領主変われど方針は変わらずでやすね」
これについても、バロックさんは承知しているようで、忌避感を漂わせる。
「そこでだ! 集めてもらうのは、人族でなくとも構わない」
「むぅ……」
「無論、ドワーフ族やホビット族が最初から勘定に入っているのは承知の上だ。だからコボルト族でも構わない」
コボルト!
流石は親父さん。気が付いていたか。
確かにコボルトは、採掘技術が高い。岩を割る技術もだ。行き詰まったら提案しようと考えてはいた。ただ……。
「コボルトでやすか……」
バロックさんは眉間に皺を刻み、俺と親父さんを見遣る。
「……前代未聞ってやつですなあ。考えたこともありやせんでした。うーーむ。とは言うものの。大体やつらとは言葉が通じやせん。それに頑固だ。なかなか人の言うことは聞きやせん。泣き言は言いたくねぇでやすが。雇うなんざあ至難の術ってやつでさぁ」
だよなあ。
「数が増えているのではなかったか?」
「へえ。ウチで働いているドワーフによるとツァルク村に居る数が、以前の倍位になっていると言ってやした……」
シュテルン村の隣村だ。ああ、一悶着有ったな。俺が11歳の頃、中等学校に上がる前の話だ。
「ですが、多くなればなるほどまずいことも」
「確かにな。スワレス領全体でも増えているという話でな、スワレス伯爵様も手を焼いていた。移動してきたコボルトには、財産がない、無論土地がないし、生業もない。伯爵様も援助はしてきたが、数が多いからな、我が男爵領には100弱、伯爵領では1000以上、近隣の諸領を合わせれば、2000弱は居るという話だったが」
「ほう!」
それは驚いたな。
「ほうって! ラルフ様が集めたようなものでやすぜ!」
「んん?」
「いやいや、ここには天使様がいるって噂になりやしてね。集まってきてるんでやすよ。その天使様とはラルフ様のことでやすぜ」
「なんだと。どういうことだ」
「確かに、それは聞き捨てならないな」
そう訊かれたバロックが興奮している。
「あれですよ、あれ! 4年位前、近隣の農民とやつらの諍いを納めたときのことでやすが。頭に光の輪ができてたって言ってやした」
ああ。あれか。
俺の体内を循環している魔束が漏洩して、まるで燐が燃えるように光っているようだ。部位で言えば髪、状況で言えば魔術を使うと光が強くなってしまうのだ。別に俺だけではなくて、程度の差はあれ、魔力上限値が高い者は共通しているようだ。
光神教の洗礼を受けたとき、そういうことが希に起こると、司祭様が仰っていたのはそう言うことだ。
今は体内循環魔束を制御できるようになっているから、非常時以外はそれを意識して抑えてはいる。が、4年前はやってなかった。昼間は目立たないが、あの時は夜だったしな。それにコボルトは、穴の中で暮らす習性上、光に対する感度が高いから、よく見えてしまったのだろう。
親父さんが俺を見る。
「まあ、アッシもドワーフからの又聞きでやすが。それがコボルトの間で噂になってるそうで」
ああ、基礎学校の頃は、あの近くに行く度に少し寄っていた。中等学校に上がってからは、とんと行っていなかったが。
「うーむ。それで集まってきているとはなあ。まずいな」
「と、仰いますと?」
「コボルトは、基本温和で実直だ。言葉が通じず先住民に虐げられても、今のところ暴動などは起こしていない。しかし、収穫前の時期だ。食糧事情は決して良くはない。大人しいと言っても、飢えれば話は変わってくる」
うーむ。
「わかりました」
「ん? 何がだ、ラルフ?」
「何とかしてみます」
「へへへ。ラルフ様が出張って下さるとなりゃあ、このバロックも一肌脱がねえと、でやすな?」
† † †
明後日。ツァルク村に来た。
開けた荒れ地の端、土魔術で高さ2ヤーデン程の舞台を造った。
今は、その後ろに居る。
あぁ。結構集まっているな、コボルト。
コボルトは亜人の一種だ。背は成体で1.3ヤーデン程で、ホビットと変わらないが。見た目よりは腕力がある。外見の特徴としては、耳が大きく、鼻筋が突き出しているので、昔は犬系の亜人と思われていた。同族意識が高く穴の中で集まって暮らすことが多い。
独自の言語を話し、人間の言葉を解さない為、知性は低く見られているが、俺としては亜人の中ではそこそこだと思う。
性質は臆病で温和だが、頑固な面もある。人間との意思疎通は、通常ドワーフやホビットを介して行う。
そのコボルト達は、5レーカー余りの場所に、ざっと1000人は集まっている。ここで集会をやると言ってから2日しか経っていないのだが。
スードリに宣伝させたからな。しかし、コボルトまで動員できるとはな。正直感心した。おそらく、話ができるドワーフに頼んだのだろうが。俺ですらどれだけ配下や関係者を抱えているか知らない。
『知らない方が宜しいでしょう。御館様は、ただ使えば宜しい』
以前ダノンはそう言っていたが。
ああ、遠巻きに領軍の騎兵が見えるな。とは言っても数十騎しかいないから、力で制圧する気はない。不測の事態に備えてという感じだ。
昨日、ソノールへ飛んで、今日のことは伯爵様に許可は得ている。
「ラルフ様、刻限でやす。よろしいでやすか」
「ああ」
その時だった。
向かって左の方が、一気に騒がしくなった。
聴覚を強化!
「᱕ᱚᱦᱵᱛᱧᱶ᱑᱔ᱴ ᱫᱵᱠᱪᱵᱯᱫ ᱨᱥ᱒ᱶᱪᱴ᱒ᱫ᱘」
「ᱥᱜᱡᱧᱠᱲᱯ᱖ᱝᱳ ᱭ᱙ᱤᱯ ᱑ᱩᱯᱟᱧ ᱲᱴᱫᱯ ᱭ᱗ᱥᱞ᱔ᱰᱠ᱓」
意識するとコボルトの言葉の意味が伝わってくる。
【嘘っぱちだ! 天使なんか居ない!】
【デタラメ ダ! 俺 ムカシ 天使サマ 見タ!】
騒ぎの方を良く視ると、コボルトの中にドワーフが居る。
少し流暢な喋りの方だ。
【騙しているんだ! お前らは 殺されるぞ!】
ふむ、煽っているのはドワーフか。
【ウルサイ! 俺タチ 天使サマ 見ニキタ ジャマ スルナ】
【【【ソウダ! ソウダ!】】】
見渡すと、何カ所かで同じような光景が見えるが。どこも扇動はうまくいってないようだ。とは言え俺も気が重くなった。
「ラルフ様、おおっふ!」
バロックの呻きは、俺の横に急に人間が数人現れたことに息を吞んだのだろう。現れた者達は一斉に跪く。
「ああ、彼らは手の者だ。怪しい者ではない。で?」
「ドワーフが、妨害工作を図っております。如何致しましょう」
「うむ。考えがある。手を出すな!」
「よろしいので?」
「ああ。ただし、ここでの事が済んで、やつらがどこへ行くかは確かめてくれ」
「委細承知!」
「おぅっ! 消えた! なっ、何でやすか。彼らは?!」
「まあ、ああいった者達も必要と言うことだ」
「はぁ……」
「では行くとしよう!」
【光翼鵬!!】
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訂正履歴
2019/07/20 バロックの一人称「あっし」→「アッシ」
2019/08/17 中程の名前間違い,ダノン→バロック (ID:1133937様ありがとうございます)




