198話 坑の先で見付けたモノ
夏にはちょっと早いですが。少し涼しくなるかも知れない話を、どうぞ!
ひっ!
お袋さんが息を飲んだ。
そこには、白骨死体が3体寝そべっていた。
五体揃った骨格に、胴部分には古びた着衣が纏わり付いている。
「左から、ハールバルズ殿、ボードウィン殿そしてラジナス・パロミデス殿です」
俺の高祖父、曾祖伯父、そして、お袋方の大叔父の亡骸だ。
「このようなところにおわしましたか……お労しい」
そう言うと、親父さんは胸に手を当て跪いた。
お袋さんは、言葉を発することなく、瞑目して頭を振った。
「なるほど、ラルフが言った通り。これは超獣にやられたわけではないな。それに、着衣の紋章は我が家のものに紛れなき」
血で染まったのだろう、一部が黒く変色している。
「はい。槍で刺され、剣で斬られています。ラジナス殿は、頭蓋骨に空いた穴が致命傷に見えます」
「つまり人間の手によって殺されたというわけだ」
「誰が? 誰が? 叔父上を!」
おおう、お袋さんが珍しく涙ぐんでいる。
「それによって、利得を得た者……」
「ではガスパル? いえ、もっと黒幕が……」
「ラルフ、ルイーザ! 滅多なことを申すな。詮議は貴族局に任せよう」
「はい」
「それにしても、ラルフ。よく見付けてくれた」
「ええ。坑の前で、何か人が居るような気配を感じまして。岩や瓦礫を退けてみました」
「そうなのか……」
お袋さんの眉間に深く皺が寄っていた。
†
お三方の終焉の場所を後にし、ダダム孔の底に戻る。
「では、先程後回しにしました、こちらの方を」
掛かった布を捲る。
「おお、ラルフ。なんだ? これは!」
「大理石……よね。もしかして、この床に空いた穴から刳り抜いたの?」
「その通りです、お袋殿」
察しが良い。まあ、親父さんも分かって訊いているのだろうが。
「うーむ。私の目には、相当な上質な大理石に見えるが」
両親は触って確かめている。
「この穴の周り中、数百ヤーデンの深さまで、これと同じ品質の大理石で満ちています。
「本当か?」
「はい」
ふーむと親父さんは唸った。
「夢じゃないのよね? ラルフ」
お袋さんは、10分前の表情とは別人のような表情だ。
「はあ」
「そうよね。でもなんだか、坑道に入る時から現実とは思えなくて」
また頭を振った。
「親父殿。これらを掘り出せば、かなりの財となると思いますが。屍体の件について、貴族局に詮議を任せるとなると……これは邪魔ですか?」
お袋さんも親父さんを見つめる。
「いや、それには及ばん。正々堂々、これを見せる」
にべもなく言われた。
ふぅむ。そう言うと思ってはいたが……聞きしに勝る人格者だな、親父さんは。
「あははは……あなたらしいわね。そうでなくては」
「ああ、ラルフ殿。大変ありがたい発見だった。この通りだ!」
胸に手を当て感謝を示してくる。
「これは親父殿。勿体ない。俺の手柄ではなく、御先祖のお導きに違いありません」
「まあ、いつの間に信心深くなったのかしら、我が息子殿は?」
「茶化すな、ルイーザ。ご先祖様か。あるいはそうやも知れぬ」
世事を言ったつもりはない。俺をここに引き寄せたのは、間違いなく、あの3人だろう。
「しかし、なぜ先の領主はここを立ち入り禁止にしていたのか。あの方達の亡骸を隠すためだったのか?」
「その可能性が高いでしょうね」
ダダム孔は、超獣昇華後、深緋連隊の調査下に置かれたはずだが。ガルによると魔導変成の再結晶化はゆっくりだそうだ。その時は、まだ反応が進んで居なかったのか?
その反応がどうかは分からないが、変成には気が付かず亡骸を葬ったのだろう。
そして、ガスパルはここを閉鎖した、自らが男爵を継ぐことになった根拠を覆されることを怖れたと言ったところか。
当時、この亡骸が公に見つかっていれば、ガスパル家の男爵位叙爵はならなかった、少なくとも難航したはずだ。
そのガスパル家当主も、3代前だ。もはや亡くなっていて訊くこともできない。
「ラルフ、ちょっと!」
お袋さんが、俺の袖を引っ張った。
「なんです?」
「あなたは、あの人の後をきちんと継ぐのよ! ソフィーやその夫に継がしたりしたら、承知しないからね。あの人は遠慮して言わないと思うから、私が言っておくわ!」
唐突だな。
「善処します」
「もう!」
お気に召さなかったらしい。
†
「私も行きたかったなぁ……」
城に戻ると、ソフィーはご機嫌斜めだった。朝食の為、食堂でテーブルを囲んでいる。
「まあ、まあ。確かにご先祖様だけど骸骨なのよ?」
「お兄ちゃんと一緒なら恐くないもん」
嬉しいけど、そこは親父さんと一緒ならと言っておけ。ほら、淋しそうにしてるじゃないか。
親父さん達が帰途に就いてから、ローザともう一度亡骸に参った。
彼女にとっても、ご先祖様だからな。
「それで、お兄ちゃんは、ここにいつまで居るの? 王都に戻るときは、一緒に行って良いでしょう?!」
なかなか、親父さんの心に傷に塩を塗り込むよなあ。
「そうだな。まあ、そんなに長居をする気はないが」
「うん。わかった!」
即答かよ。新学期は7月。まだ夏休みは長いんだが。
「ふーむ。なんだか、もう嫁に出したようだ」
「あら。じゃあ、もう1人作りますか? うふふふ」
なんだかな。
せっかく王都を離れたのだ、ローザを骨休めさせてやりたい。用件は早めに済ませた方が良いだろう。
†
昼過ぎ。城を出て飛行魔術を使って移動した。今度はローザと一緒だ。
「あれがゼーゼル村か」
「ああ、昨日話に出ていた……」
村外れの人気の無い脇街道に降り立つと、馬車を出して乗り込んだ。村の中程に見えた教会へ走らせる。
佇まいがインゴート村に似ている。普通の農村だ。
農作業をしている住民が、やたらこちらを向く。
まあガキの頃はソノールにでも出掛けなければ、駅馬車ぐらいしか見たことなかったからな。扉には紋章が描かれているから、あからさまに貴族一行と分かるし、無理もない。
きっと新領主が来たと思っていることだろう。
そのまま、集落に入る。
尖塔だ。そんなに高くはないが見えた。
エルフのゴーレム魔術はなかなか優秀で、意識を外しても御者程度のことは問題なくこなす。
ぱらぱらと集落の住民が居るが、大体は傍観だが、あわてて走り出す者も居た。
そんなに広くない集落のこと、5分も走らぬのに教会の前に着いた。
こういう時はいきなり降りていくと相手が混乱するので、視覚を同調した御者のレプリーを差し向け、予め相手を確認する。
木造のこじんまりとした聖堂だ。
薄暗い中を奥へ進むと、内陣の前で箒掛けしているレイアが居た。
「こんにちは」
「こんにちは。はて、初めてお目にかかると思いますが。どちら様ですか?」
「はい。私はラングレン男爵様の御者でございます。レイア・ガスパル殿ですな」
「男爵……あっ、はい。私はレイアです。どういったご用件でしょうか?」
「ああ、こちらに主人を連れてきてもよろしいでしょうか?」
「はい。構いません」
扉の前まで2人が出て来た。
レプリーが戻ってきて、扉を開ける。
俺が降りて、ローザの手を取って降ろす。
「こんにちは。レイア殿」
軽く会釈すると、向こうは胸に手を当て目礼する。釈然としないという表情だ。
うーむ。前に会った時より穏やかな表情、と言えば悪くないようにも取れるかも知れないが。瞳から力が喪われている。
「こんにちは。あのう、ラングレン男爵には先日お目に掛かりましたが。あなたはどなたでしょう?」
動き掛けたローザを手で止める。
「ラルフェウス・ラングレンと申す。あなたが会ったという人物の息子です」
気付いたのだろう、目が大きく見開いた。
「はっ、これは……ともあれ、中へ、中へどうぞ!」
【音響結界】
やはり我々以外は無人だ。最前列のベンチに腰掛ける。
「失念していました。先頃、上級魔術師に成られたという方ですね。率直にお聞きします。私にどういったご用件でしょうか?」
流石に、祈りに来たとは思っては居ないようだ。
「他言は控えて欲しいが、昨日領都エルメーダの近郊にあるダダム孔という場所で、3体の白骨死体が発見された」
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訂正履歴
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989 様 ありがとうございます)




