196話 エルメーダ再び
独立してから親が引っ越すと、住んだことのない新たな実家ができるわけですが。それはそれは微妙だったと聞きました。そうかも知れませんが、幸か不幸か経験ないし。引っ越した先次第じゃない?と思うわけです。
城に入ると、家族との対面前に滞在する部屋へ通された。対面するには旅装ではなく、然るべき服装に着替えろと言うことらしい。
次の間付きの寝室だと思っていたのだが、壁に明いた扉が多い。確認すると驚いたことに俺とローザの専用の部屋だそうだ。寝室、居間、浴室他、まだ調度は何もないが執務室になる予定の部屋もあった。
俺はローザの手伝いで外出着から軽装に着替え終わり、ローザはメイドに手伝ってもらって着替えている。
「それにしても、このメイドは人としか思えませんわね」
「ああ。ゲド製の魔導器が入っているからな。動きが滑らかだ」
古代エルフは、人型ゴーレムを使役していたそうだ。千年近い期間の改良が施されているそうで、触ってみないと人間と区別が付かない。とは言え、ここにある物はできることは限られており、ガルやゲドのように精神体が憑依でもしない限り、型通りの作業しかできない。
ただ、もっと高等な作業ができるアンドロイドと呼ばれるゴーレムが、昔は有ったとゲドが残念そうに言っていた。興味深いが、ないものは仕方ない。
執事が呼びに来たので付いていくと、2人で執務室に通される。
さっと親父さんの横にいた男が立ち上がった。
「親父殿、罷り越しました」
「お義父上様。ごきげんよう」
「おお、ラルフ。それにローザンヌ殿も。よく来られた。ああ、2人に茶を頼むぞ」
俺が場を読んで、隣に居る男の方を見る。
「あ、この者はな、この前話した家令となったクリストフだ」
「はい。ラルフェウス様。クリストフです。お見知りおき下さい」
膝を突いて跪礼をしてきた。
五十歳前後の細身の男だ。
「ああ憶えている。一度シュテルンの館に来たことがあったよな」
えっという顔で親父さんの方を向いて、こちらに向き直る。
「あっ、はい。ですが……お館に伺ったのは、確か10年程昔の話にございますが」
ああ、5歳の時だ。
「うむ。土産に石榴を沢山持ってきてくれた」
気味悪がるから、これ以上は止めておこう。
「なっ! ラルフはこういうやつだ。気を付けた方が良いぞ、あははは」
「親父殿!」
「失礼致しました。ラルフェウス様がまだお子様だった頃でしたので憶えては戴けていないと思っていまして、驚きました」
「ああいや、それはどうでも良いが。親父殿の補佐をよろしく頼むぞ」
俺が手助けできればよいのだが……。
「はっ! あのう若様とお呼びしても?」
「ああ、かまわない」
「クリストフはな、我がラングレン家の遠縁の家の者だ。先日まで、共にスワレス伯爵様に仕えておった」
「そうなんですか」
「そうだ。陰になり日向になり私を助けてくれた」
「いえ、そのような……」
「つまりは、最近増えた親戚ではないということだ」
「はい?」
「うむ。私が男爵となって以降、随分と親戚が増えたのだ」
つまりクリストフは、以前から親交が有って、取り入ってくる俄な一族より信用があると言うことか。
「あっ、あのう」
「ん? ローザ殿。何か?」
「お義母様は、今どちらにいらっしゃいましょうか?」
「ああ、そうだな。呼んで来させるか?」
「いえ、私が参りたく存じます」
親父殿が振り返ると、壁際に居たメイドが反応した。
「その方が良いか……では案内せよ」
メイドに連れられ、ローザが執務室を辞して行く。
「へえぇ。これは領内の地図ですね。この3カ所は町ですか?」
入ってきた時から気になっていた。右の壁に大きく張ってある。そこに黒い印と名前が書いてある。
「うむ、その通りだ。エルメーダを固めて、早い内に足を運ばないとな」
領地は東西40ダーデン南北50ダーデンと言ったところか。境界は、凸凹はあるものの概ね長方形だ。西にスワレス伯爵領、北から東に掛けてはバズイット伯爵領と、比較的大きな地方領に挟まれている。その境界線上に、我がラングレン男爵領や例のアルザス領など小領地が並ぶ。ちなみに北は両伯爵領が接しているが、南はルールッグ男爵領に面している。
地勢から行けば、ここは内陸で、大きく言えば山がちな土地にメルディスという川が南から西へ流れ、その流域に平地や盆地がある。
このスワレス伯爵領に近いやや西に寄った町が領都エルメーダ。大きい川メルディスを遡った東南にワフォーム、さらにルールッグ男爵領近くににメヴィル。北東に延びる繋が街道沿いをの先に辿っサーメルと言う町がある。その向こうはバズイット伯爵領都だ。
地図の土地は白地の他、4色で塗り分けられている。
白地は間接領だろう。つまり領民の私有する土地だ。ここは概ね徴税権と警察権を持って居る。ざっと全体の6割強と言ったところか。
この点々とある薄い水色の区域は、准男爵の私有地(荘園)らしい。前の実家が有った場所のようなものだ。ここも間接領だが徴税権はない。
まあ、そんなに多くはない。全体の1割もない。
赤と、橙が直轄領のようだが。
「親父殿、この赤と橙は?」
「ああ、赤がラングレン家の私有地、橙が公地だ」
「そうですか。では私有地は平地がほとんどですが、この場所は?」
エルメーダ近隣の山がちな場所は公地がほとんどだが、東3ダーデン程のここは私有地に色分けされている。知らない振りで訊いてみる
「ああ、そこはダダム孔だな。ラルフの高祖父様が亡くなられた場所だ」
「はあ……とは言え、それゆえに私有地というわけではありませんよね」
「若様。ほとんどの私有地は、ガスパル家が私有していたものを、買い取ったものです」
「そういうことか」
理由は分かったが、そもそもなぜガスパル家の私有地だったのか?
「ラルフ、少し訊きたいことがある。座ってくれ」
「はい」
ソファで向かい合う。
「ラルフのことだ。領内やエルメーダの街並みを見てきただろう。どうかな」
「そうですね。美しい土地ですね」
親父さんが肯く。
「町もそうですが、前領主の問題で貧しいことは否めません」
「そうだな」
「ただ、何やら活気があるように思いました」
「ほう?」
「城下で、道の工事をいくつも見ましたが」
「ああ。恥ずかしい話、道の状態が悪すぎてな」
「兵と、おそらく町の住人が共同で作業をしておりました」
「そうか。手伝ってくれていたか」
「父親に言うのは憚られますが、親父殿の人徳でしょう」
「ははは……ラルフに褒められるとは、正直うれしいな。だが、私ではない。ラングレンの家の名だ。ご先祖様の行いのお陰だよ」
「無論、それもあるでしょうが。正直感服しました」
「ああ……くすぐったいのでやめてくれ。ははは。ああそうだ、例の人物の件だが」
「既に、こちらへ呼ばれたようですが」
「ほう。なぜ知っている? もう会ったのか?」
「いいえ。知人の知人が、城下で見かけたと」
「そう……なのか? それはともかく。資料を読み、本人に会ってみて、人柄、見識共にラルフが推すだけのことはある人物だとは思った。なあ、クリス」
「はい。私もそう思いました。ただ、男爵様にお仕えしないかと尋ねたところ、大変光栄な話だが、自分で良いのか決心が付きかねるゆえと留保されました」
「うーん。このまま行くと断りそうな雰囲気だった」
横でクリスこと、クリストフも肯いている。
「そうですか。分かりました。早速のご対応痛み入ります」
「いやいや。こちらこそ良き人材は是非にも欲しいからな」
「しばらく逗留させて戴くので、当たってみます」
「ははは。ここはラルフの家だぞ」
「はい。その他にも、いくつか行ってみたい所があるのですが」
ほうと親父さんが眉を上げた。何か感じ取ったようだ。
「分かった。我が領地内の公地と我が私有地については、いかなる場所においても立ち入ること。許可する」
「ありがとうございます」
親父さんの執務室を辞し、メイドの案内で、客間ではなく俺とローザの部屋に案内された。ローザは居なかったので、魔導感知を行使すると、お袋さんと一緒に居るようだ。そちらに向かう。
「まあ。ラルフ!」
お袋さんとローザの他、女性ばかり7人。老若幅広く、カップが並ぶテーブルの周りに掛けていた。お茶を喫していたようだ。
わぁああ……と変な声が上がる。
お袋が立ち上がったので寄っていって、軽く抱擁する。
「皆さん。息子のラルフェウスです」
「初めまして」
胸に手を当て会釈する。
再び喚声が上がる。
「母上、こちらの方々は?」
「ええ、ご領内にお住まいの、准男爵、士爵の奥方達です」
なるほど。
お袋さんは、領内の有力な勢力の涵養を進めているわけだ。
親父さんの領地と言えども、全てが我が家の土地ではない。それほど多くはないだろうが、貴族達も住んでいる。
それにしても、この人数は。貴族奥方達が、全部ここに集まっているわけではなさそうだ。
「それはそれは。母上の引き立てを願います」
「「「はい!」」」
なかなか良い返事だ。
「はあ。それにしても若様は、男爵様と奥様の良いところばかりを集めたお顔立ち。若奥様が羨ましい」
「確かに、美男美女にございますな」
「お顔だけではございません。上級魔術師となられ、若様御自らも男爵様なのですから」
「それどころか、王都で大変なご活躍で。国王陛下より直接お褒め戴いたとか」
よく知ってるな。
「そうなのですね。ラングレン家の弥栄は盛んでございますなあ。おめでたいことで」
姦しいな。
「ああ、ラルフさん。そちらのデニール夫人は、我がラングレン家の遠縁に当たる方なのですよ」
ああ、親父さんが言っていた、あれか。聞いたことのない家名だ。きっと、先月まではガスパル家に侍っていたのだろう。
ニッと微笑み会釈しておく。
「では、余りお邪魔しても申し訳ない。皆さん。ごゆっくり」
ローザに軽く目配せしてから、部屋を辞する。
それにしても、お袋は生き生きとしていたな。まあ、シュテルン村に居た頃から貴族の妻然としていたからな。こちらの方が本性に近いのだろう。
さて次は。ソフィーは南の館のようだ。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989 様 ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




