閑話5 ラルフを巡り始めた者達
世界は俺を中心に回っている! とか。 この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば とか そういう勘違いを1回してみたいです。ネガティブなんです。
「ターレイ。不満そうだな」
一応部下である参事官を見遣ると、こめかみに皺が寄っている。
黒々とした木壁材が質実剛健さを象徴する、王宮内控え室に戻ってきた。ソファーに座ると、参事官は対面に座った。
「いえ。総長閣下。そんなことはありません」
言葉に反して怒りが隠し切れていない。
自業自得だ。
今日のラルフェウス卿への追及については、野心旺盛なこの男が売り込んできたのだ。
それが、反撃を喰らったのだ。
参事官という、いかにも官僚らしい役職は、この男が軍部出身者ではなく、軍務省からの出向者ということを示している。まあ、そうでなければ今日のような売り込みは思い留まらせていただろう。
うまく行かなくとも、余所者がやったことだ。参謀本部の被害は軽微だ。
ただ、軍全体で見れば微妙だ。
なんとか予算要求で痛み分けとはしたが。
そもそも上級魔術師は、軍からしてみれば目の上のたんこぶだ。
軍の優位性は、武力組織で最も強いことに由来する。しかし、彼らと対峙すれば、余程の大軍をもってしなければ勝つことはできない。それでも、今までは軍の一部として取り込むことで、物心共に調整してきた。彼らが如何に超獣を倒そうと、たとえ賢者であろうと、生ある限り佐官止まりに昇進を抑えて来たのも、その一環だ。
だが、ラルフェウス卿だ。
彼は、深緋連隊でも士官学校出身者でもない。貴族とは名ばかりの准男爵の子として生まれ、冒険者ギルドと光神教会の後押しを受けて、上級魔術師の試験を受けて合格した異例中の異例である人物だ。
それは、一旦忘れるとしてもだ。
上級魔術師に就任したにも拘わらず軍に入らなかった。これは由々しき事態だ。
だがそれら慣習を無視しても、成り立っていることこそが、問題の根幹と言える。これまで如何に強い魔術師であろうと、ひとりで超獣駆除の任務を継続できなかった。つまり軍の後援が必要だったのだ。
だが彼は違う。
軍を除く政府、特に内務省辺りが後援しているから? 某侯爵家が後ろ盾に付いているから? 確かにそれもあろう。だがそれは本質ではない。その状況を含めて、彼が作り出したのだ。
しかも、超獣を撃滅する実績を示した。
もはや実力は疑いない。
研究所の試算によれば彼が使う魔術の威力は、両賢者に匹敵する可能性があると言う。
確かに、超獣出現は年当たり数十件に対して駆除の成功率は9割以上だが、撃滅に限ればおよそ1件だ。それを、初陣でやってのけた。
さらに言えば運をすら味方に付けていると言える。
就任間もない今回の出動は、あくまで保険の役回りだったはずなのだ。要するに何もなければ先任者の活動を指を咥えて見ているだけだ。しかし、思わぬことで指揮権を手にして、自ら超獣に対することができたからこそ得られた実績だ。
これで危機感を持たなければ、無能の誹りを免れないだろう。果たして、目の前の男はそれがあるのだろうか?
「ラルフェウス卿はなかなか手強そうだったな。魔術師の知性が高いのは相場だが」
皮肉だ。
15歳のガキに負けるはずはありませんと、この男は言っていったからな。
「そうかも知れませんが。追い込まれたのは、宰相閣下や内務卿が、あの忌々しい魔術師の肩を持たれたからであって、我々の論理が誤っていたわけはありません」
冷静を粧っては居るが、怒りの所為で対象の実力を見誤っている。
彼は軍人ではなく、根本的には役人だからな。仕方ない面もある。
「理由はどうでも良い。結果だけが問題なのでな」
「はあ……」
「問題は、今後だ。彼をどう扱うか決める必要がある」
「彼? ははっ、魔術師など全て兵器に過ぎません。扱いなど自明でしょう」
私の後ろに立つ秘書官が咳払いした。
「兵器、な」
「そうです。役に立つ兵器はともかく、扱いに困る兵器など排除すべきです」
「排除か」
「はい」
「卿はそう言うが、宰相閣下……おそらく陛下ご自身もラルフェウス卿を買っているようだが。卿が言う兵器としての威力は高いことを実績で示したからな」
「威力はどうあれ、不良品です」
下卑た笑いを見せる。
「で、排除するとして、どうやる? 超獣対策特別職は、法的にかなり保護されている。だからこその、金銭的な追及ではなかったのか?」
この辺りは、逆に生粋の軍人からは出てこない発想だ。ここら辺りは、この男を認めているところだ。
「正面が駄目なら、側面から攻めるまでです」
「ふむ。では立案して提出してくれ。ただし別命あるまで実施は待て。いいな。これは厳命だ! それ以前に、より多くのラルフェウス卿の情報を集める必要がある」
「……はっ! お任せ下さい。では、失礼致します」
ターレイ参事官が、部屋を出て行った。
「少佐!」
「はっ!」
秘書官の顔を見る。
「どう思う?」
「官僚らしい、姑息な方法論かと。ただ……有効ならばそれも可かと」
「そうだな。ところで、参事官が実動を起こす可能性は捨て切れん。監視を付けろ」
「了解致しました。ですがガレロン閣下」
「何か?」
「危険ならば罷免されては如何ですか? 彼ら官僚は、魔術師は言うに及ばず、軍人自体を兵器としてしか見ていないかと」
その通りだ。
「何時でも切れる。案はいくつあっても無駄にはならない」
† † †
一方、国王御座の間。
「ふふふふ……」
陛下は玉座に着座されるや否や、何かを思い出すように笑われた。
「如何なさいました?」
そう問うても、反応はない。が、大体察しは付く。
「ラルフェウス卿にございますか」
「ああ」
ふむ。
「若いに似合わず傑物にございますな」
「ふむ。ゲルハルト、卿もそう思うか?」
お前は、そうは思っていないだろうと仰っているな、あの眼は。
「はぁ。力だけではないところを見せましたからな」
「ほう。確かにラルフは傑物だな。宰相に認めさせるとは」
「ご冗談を」
「まあ、それだからこそ、総長は面白くなかろう」
「はあ、確かにラルフェウス卿は、軍人ではございませんから」
「そうだな。超獣駆除の役割まで持って行かれるのはな」
「はい」
平和な時代、軍は消費だけで何も生みはしない組織だ。
それを一番理解する故に引け目に感じているのは軍自身だ。つまり、ラルフェウス卿は、軍にとって敵となりうる対象かも知れない。
ふむ。
規模を維持したい軍。
縮小したい政府。
先王の頃より鬩ぎ合ってきた平衡を傾けさせる。
ラルフェウス卿優遇はその一環。
そこまでは理解していたが。
内務卿や外務卿までが、ラルフェウス卿に肩入れしているのは、意外に本気かも知れぬ。
いずれにしても、宰相府にて調査が必要だな。
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訂正履歴
2019/06/24 誤字、微妙に加筆
2021/05/11 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2021/09/11 誤字訂正
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




