191話 王都帰還
「王命だと?」
伯爵が声を上げた。
「はっ! ラルフェウス・ラングレン。5月7日までに参内せよとのことです」
「これはまた」
興味深そうに、伯爵はこちらを見ている。
言い方としては、陛下が俺を咎める意向があるということだ。心当たりはないし、咎める気ならば、わざわざダノンを通して知らせる必要はない。俺なら黙っておいて俺が都市間転送所から出た瞬間を抑える。
それならば、逃げる暇も与えないからな。
「お聞き及びの通り、先の祝勝会のお誘いはお断りしなければならない仕儀となりました」
「うーむ。王命とならば是非も無い。せめて、夕食なりとも」
「はっ!」
「では、17時より。それまで別室にて、ご休息を」
別室に移り、テーブルをダノン、バルサムと囲む。
【音響結界】
バルサムは周囲を目で巡ってから切り出した
「ダノン殿。王命は先程の通りで?」
「ああ、嘘ではない。昨日監察官より、御館様が超獣を討ちしこと報告が上がり、陛下におかれては大変お喜びになられ、お父君のご帰国を待つようにと御命じになりました。御館と会って帰られよと」
「おお、そうでしたか。ほっとしましたぞ」
「が、しかし、不安の種がなくもありません」
「軍か?」
ダノンが肯く。
「軍。早くも、難癖を付けてきたとか?」
「そうだ、バルサム。なぜペルザント卿ではなく、御館様が超獣を斃すことになったか、疑惑があると」
「それは……」
「ああいや。その疑惑は監察官報告によって解消したがな。他にも難癖の種はあるらしい」
「ふん。軍人ではない御館が、早くも活躍されたことが気に入らないのでしょう。平時の軍など、嫉妬深いものですからな。この町に入るときの歓迎振りも伝われば、また」
2人の問答が盛り上がっていく。
「そんなに凄かったのか? バルサム」
「ええ。2千人ぐらいは人出がありましたな」
「おおぉ、それは凄い」
2人がこちらを向く。
「スードリの宣伝が良かったのだろうよ」
「スードリ殿……ですか?」
バルサムの眉間に皺が寄る。
「ああ、今日14時以降で入城するよう指示してきたからな」
「つまり動員を掛けたと?」
「動員とまでは行かないだろうが、扇動位はしているだろうな。例えば、皆を苦しめた超獣を退治した方が居る。14時前に入城されるとのことだ、一言讃えねば私も気が済まぬ……位は喧伝しただろうな」
「あやつのやりそうなことです」
「はぁ……それで、御館は領都に来るまで何度も休憩を取らせたのですか?」
「うむ」
「確かに御館の名の呼び方が、ラルフ、ラルフと揃っていたのには違和感を感じたのですが、なるほど。まあそれで団員の士気が上がっていますから、良しとしますか」
それから細々とした打ち合わせをして、急遽招待された祝勝会が実施された。
†
21時。
祝勝会を終え、王都に帰ってきた。
やはり都市間転送は、なくてはならないな。
公館に戻って解散式を実施。館に着いたのは21時半だ。
モーガンとマーヤがホールで出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。皆様ご無事お戻りなられ……何よりでございます」
「うむ」
従者から夫人へ意識が切り替わったローザは、コートを脱がしてくれる。
「父上様と母上様が、居間でお待ちです」
ソフィーは自室に居るようだが、寝たのか。
「わかった。着替えてから伺うとしよう。皆もな」
10分後居間に向かう。
「ただいま戻って参りました」
「おお、ラルフ、ローザ。アリーにサラ殿も」
親父とお袋さんが、立ち上がって出迎えてくれた。
軽く抱擁して、挨拶する。
「親父殿、男爵陞爵おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
後ろの女子3人も追従する。
「あっ、ああ。ありがとう。いや、それよりもだ。ラルフ達が超獣を斃し、ユングヴィ伯爵領の民を癒やす。その大活躍の方がめでたい。よくやったな」
俺達を順々に見回すと本当に嬉しそうに肯いた。
「お帰りなさい。それに、ラルフに大仕事をさせてくれたのは、ローザちゃんのお陰だと言うことも忘れてはならないわ」
よーく分かっていますよ、お袋さん。
「ああ、ルイーザの言う通りだ。でもちゃん付けはどうなのだ?」
「そうですね。もう立派な男爵夫人ですからね」
お袋さんもな。
「ははは。男爵夫人」
アリーは凄く愉快そうだ。
「アリーちゃん。何かあったの?」
「はい奥様。1時間ほど前まで、ユングヴィ伯爵の城で、祝勝会をやっていたんですが。その時、お姉ちゃんに」
「アリー!」
「あら、聞きたいわ」
ローザと隣のサラも、揃って眉根を寄せる。
「ですよね。宴が歓談に入った時に、伯爵の秘書、何でも乳母だった人が、お姉ちゃんのところにやって来て、伯爵の妾になれって!」
「まあ!」
お袋さんが、半笑いでローザを睨む。
「それでぇ。当然お姉ちゃんはきっぱり断ったんだけど、その乳母が、何だか失礼だと怒り始めて」
「ふんふん」
「男爵の従者なんかより伯爵の側室の方がぁとか言い出したんで、今度はお姉ちゃんが静かに切れてですね」
「それでそれで?」
「いやあ、そこに颯爽とラルちゃんが来て、私の妻が何か粗相をしましたかって? 聞いたときの乳母の顔が傑作で! くくく、あっはは……」
「何だ、つまらない」
相変わらず人が悪いな、お袋さんは。
「まあでも、ちゃんと結婚しておいて良かったわね」
感謝しろと、口にはしないが目線で言ってるな。
マーヤが、グラスとワイン瓶を持ってきた。
「そうだな、またラルフとはしばらく会えないからな。一緒に飲むとしよう」
「はい」
「ああ、では私は休みます」
アリー、珍しいな。酒が好きなのに。
そうか。お袋さんが苦手なのか。
「で、では、私も失礼致します」
サラとアリーは連れ立って、居間を辞して行った。
ローザが軽いつまみを持ってきて、ワインを注いでくれると、少し離れたお袋さんの方へ行った。
「いやあ、おめでとう。ラルフ!」
「ありがとうございます」
「まあ、ラルフなら立派に務まると信じては居たがな」
「ペルザント卿は気の毒でしたが、私にとっては運が良かったですね」
「ペルザント卿というと、ラルフと一緒に出動されていた上級魔術師だな」
「はい」
「それよりも、親父殿の話です。新領へは何時行かれますか?」
「明後日だ」
「家臣はどうされます?」
「なんだ、心配してくれているのか?」
「もちろんです」
「ははは、それは済まないな。うむ。家令と文官、武官は、スワレス領政府から紹介を受けたり、有期で派遣してもらうことになっている。まあ、それだけでは足らないが」
「はあ……」
「まあ、そんなに心配するな。領都でも仕官を募るし、バロック殿に面倒も見てもらう」
確かに、商人との繋がりも大事だからな。旧主を破綻に追い込んだのは、癒着した商人だろうしな。バロックさんなら、その点安心だ。
「しかし、旧ガスパル領の事情をよく知る者が必要ではないですか?」
親父さんは、マジマジと俺を見る。
「ふむ。やはり、ラルフには隠し事はできんな」
「1人心当たりがあるのですが」
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訂正履歴
2019/06/12 マーサさん→マーヤ、その他細々表現を調整
2019/11/10 転移→転位
2020/01/01 親父さんの爵位は、叙爵されたのではなく、陞爵した。
誤字訂正(ID:1290235 様ありがとうございます。)
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989 様 ありがとうございます)
2020/04/01 都市間転位→都市間転送
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)