190話 歓呼と賞賛
賞賛を浴びた極々数少ない経験によると、褒められるよりは周りに居る人が喜んでくれるのが嬉しかったですね。
光柛教団の支援隊が日没間近にストラバリに到着した。
王都からではなくて、ユングヴィ伯爵領内や隣接伯爵領から集められたようだ。
被災者の引き継ぎを実施し、我が騎士団は翌5月6日にはごく一部を残して領都へ引き上げた。
行きと違って、ゆるゆると移動したので、領都の目前に着いたのは14時を回っていた。
ん?
「どうしました? あなた」
馬車の中で急に立ち上がったので、ローザが怪訝な顔をしている。
「いやあ、大勢の人が城壁のところに……」
魔導感知の強度を上げる。
「大勢の?」
ローザが前面窓を覗き込んだが、ゴーレム馬と先行車の死角になって見えていないはずだ。入城が滞っているわけでもないようだ。皆こっちを見てるからな。
さらに接近すると外で響めきが起こった。
叫びだ!
聞こえてきた声、声。
ラルフ! ラルフッ! ラルフッ! …………。
とうとう側面窓からも見えた。
城壁前の通りを人垣が何層も囲んでいる。
「あなた……」
ローザが涙ぐんだ。
うむ。
俺は仕事を果たしたらしい。妻の姿を見て、初めてそう思った。
喜びが込み上げてきた。
俺を呼ぶ声が途切れない。
「あなた。皆様にお姿を……」
「そうだな。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
馬車の扉を開け、10ヤーデン程舞い上がると馬車の屋根に降り立った。
オオオオオオオオオオオオオオオ!!!
歓喜の叫びに続いて、再びラルフ、ラルフの大合唱だ。
皆々、俺を見上げて喚声と共に手を振ってくる。男も女も、老いも若きもだ。
立派な城門が迫ってきたので一旦飛び立ち、潜りきってから再び屋根に降り立った。
城門内の広場も凄い人出だ。城壁の外を合わせれば数千人は居る!
腕を振ると、耳が痛いばかりの響めきが上がる。
ここは地方都市だ。人口の何割かが出て来ているんじゃないか?。
それだけ迫ってきた超獣に対する恐怖の裏返しだろう。この歓呼は俺にというより、開放感から来るものに違いない。
とは言え、3日前ここに来たときは全く注目もされていなかったからな。感慨深いものがある。
広場を縦断していくと、奥に5騎の騎馬が待っていた。
「静まれ! 静まれぇぇえええ!」
拡声魔導具だ。大音声が響き、10秒掛かってようやく喚声が収まった。
「ラルフェウス卿でありますか?」
騎士の一人が、魔導具を切って誰何してきた。
「いかにも」
「伯爵様がお待ちです。騎士団の方々共々城に先導致します」
「よろしく頼む!」
「はっ!」
馬の首を巡らせると、通りを奥へ向かって進み始めた。
再び喚声は上がったので手を振って答えると、馬車に戻った。
騎馬小隊に先導されて城に入る。
入場したのは初めてだ。3日前は家宰のダノンに挨拶を任せ、ストラバリに直行したからな。
石造りの殿舎は、スワレス領のものと似たり寄ったりだが、こちらの方が古そうだ。一部には蔦の蔓が繁茂して、青々と見え風格がある。
玄関に10人超の執事やメイド達が整列している。先行車は行き過ぎ、俺達の馬車が正車寄せの正面に止める。
団員達が降り整列を始めてから扉が開き、俺も降りる。
すると、執事達が一斉に胸に手を当て礼をしてきた。感謝の意だ。
執事の1人が進み出た。
「皆様。ご案内致します」
「全員か?」
背後を見ながら訊く。
「はい」
振り返る。
とりあえず、皆は仮制服だ。
制式は先日意匠が決まって、発注したばかりで幹部以外は間に合っては居ない。
幹部は白いジュストコートだが。一般団員は夏なので生成り麻のパンタンロンにシャツの上に袖なしのジレ姿だ。
着替えたのか、汚れては居ない。
「総員、上着着用!」
バルサムの声が響いて、馬車に取って返して不揃いだが薄手コートを羽織って居る。
いかにも暑そうだが、それは幹部も同じだ。仕方ない
少しもたついたが、皆うちそろって玄関を入り廊下を歩くと、すぐに左に折れた。
大広間に通された。
突き当たりの壁に、一段高い床があり、そこに大きい椅子があり、白い礼服を着た男が座っている。ユングヴィ伯爵だろう。その周りにはドレスを着た女性や年配の男性が並んで立っている。
若いな。
といっても、見た目20歳ぐらいで年上だが。
その右後に並んだ女性は誰だ?
妃にしては年齢が行っているし、母親にしては顔立ちも髪の毛の色も違う。小太りで派手なドレスに派手な装身具を付けている。単なる臣下ではないだろう。魔導鑑定を掛けてみたい気もするが、結構非礼なことゆえ思い留まる。
近付いて、胸に手を当て礼をする。跪きはしない。
「初めて御意を得ます、上級魔術師のラルフェウス・ラングレンです」
伯爵は立ち上がった。
「当地の領主ベルナルド・ユングヴィだ。此度は我が領に出現した超獣……」
視線が泳ぐ。
「ゲランにございます」
さっきの女性が言い添える。
「あっ、ああ、そうそう。ゲランを斃してくれたとのこと。よくやってくれた! ラルフェウス卿並びにその臣下の者達に、このベルナルド、心より感謝致す」
伯爵は深く礼をした。
「はっ! 小官も任務を全うでき嬉しく思います」
俺が胸に手を当てて礼をすると、背後でザッと音がした、皆も続いて礼をしたようだ。
先の女性の眉が上がる。
そう。俺は男爵で彼は伯爵。
この場合、ありがたき幸せが相応しい常套句だ。不遜だと思ったことだろう。しかし、俺は公務で来ている。謙るわけには行かないのだ。
当の伯爵はそんなことも気にせず、肯いている。
「ああ、あと……」
「ん?」
「彼らは臣下ではなく、仲間です」
「そうか。仲間か」
生返事した伯爵は、俺ではなくローザを注視していた。
うっ、うんと女性が咳払いすると、伯爵が振り返る。
「ああ、この者は我が乳母でな。今は、秘書をやって居るが、母亡き後は実の母のようなものだ」
「アンジェリッタと申します」
どう挨拶すべきか分からないので、取り合えず会釈しておく。
「それで、ラルフェウス卿。超獣を昇華させることなく斃したと聞いたが?」
何か女史がしたり顔で訊いてきた。
「はあ」
「では、超獣ゲランの魔結晶をお持ちじゃな?」
「いかにも。国王陛下に献上致すゆえ」
無論直接ではないだろうが。
はったりが効いたのか、相手はぐっと詰まった。
「そっ、そうではありましょうが、見せて戴くわけには……」
言い切らぬ内に睨み付けると、引き攣りながら1歩2歩と下がった。別にこの女史が気に入らないわけでは……まあ虫が好かないが。
「ああ。ラルフェウス卿、悪いが私も見たいのだが」
「はっ!」
この領主の要請で、出動したわけだからな。
魔収納から敷布を出し、ローザに床に広げさせ、その上に出庫した。
おおぅと響めきが起こり、列席者が寄ってきた。
デカいですなあとか、巨大だと聞こえてくる。
「ほう。綺麗な物じゃな」
手を伸ばして来た。
「献上品と申し上げたが!」
「うっ、失礼致しました」
そのまま数分見せると、再び入庫して引き上げた。
「それほどの見事な魔結晶、さぞや超獣も手強かったであろう。その功に報いる為、明日より3日に渡って宴、祝勝会を開く。皆を招きたいが」
3日か……。
さて、何と言って断るか。1夜位は付き合おうかと思っていたが。
「失礼致します」
「うむ、苦しゅうない」
入り口から小走りで執事が入って来た。
「王都より、ラングレン男爵家家宰ダノン殿ご着到!」
おお。
その後を大股で、ダノンが入って来た。
「失礼致します」
御前に進み出ると、跪いた。
「おお、ダノン殿。3日振りか。王都で何かあったか?」
ダノンはこちらを向いた。
演技だな。俺に訊く必要があることならば、ここには出てこない。
「構わぬ。申し上げろ」
「はっ! 王命にございます」
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