186話 率いる者の
上司には気を配りますが、上司は上司で部下に気を使って居るんですよね。無論個人差はありますが。
教会を後にして、土塁の外の騎士団拠点に戻って来た。
暑いな。
傍の街道に蜃気楼が上がっている。
ここは遮る物がないのだが、風もない。
「お館様、お帰りなさいませ」
「ペレアス。ご苦労」
待ち構えていた男に声を掛ける
「そうだ、用があると訊いたが? ああ、ボルソルン! 悪いが、バルサムを呼んで来てくれ。彼はあの角のゲルに居る」
30ヤーデン程離れた場所を指差し、警備に立っていた団員に頼むと、走って行った。
いや走らなくても良いんだが。
「まあ座れ」
ゲルの入口前に張られた天幕の下に入る。
ふう。
標高が高いだけある。陽光を遮るだけで爽やかさがやってくる。
椅子に腰掛ける。
「ペレアス殿も、紅茶でよろしいですか?」
回り込んでローザは、お茶を淹れ始める。
「あっ、ああ。お構いなく」
「それで……?」
「ああはい。あのう、ペルザント卿は拠点を動かされましたが」
何か提案があるようだ。
「ウチの騎士団も動かした方が良いと?」
「はい。ああ、補給担当の私が差し出がましいことを申しまして」
「いや。軍事からだけでは見えない部分が出て来る。その点、商売、経済というのは物も動くが情報も動く。今後も遠慮なく申し出てくれ」
「はい」
その時、大きい陶器のティーポットを、ローザが運んできた。
中は茶が満杯なんだろう、輻射熱が来る。
俺の前のテーブルに置いた。
「お館様、お願いします。既に砂糖は入れましたので」
「ああ、分かった」
またローザは中に入って行った。
「えーと。何をされるのでしょう?」
「んん……ああ」
【氷晶!】
足音が来た。
「お館様。お呼びだそうで」
「ああ、バルサム。座ってくれ……ああボルソルン。少し待て」
案内が終わり、立ち去ろうとする彼を呼び止める。
「ボルソルンも暑いでしょう? 飲んで行くと良いでしょう」
ローザが、お盆の上にカップを5脚持ってきた。
「はっ、はい」
ボルソルンは、バルサムが肯くのを見て返事した。
茶器をテーブルの上に置くと、ポットから注ぎ始めた。
「どうぞ」
カップを摘まむと、ゆっくりと飲む。
「では、遠慮なく。おっ、なんと!」
ペレアスは変な声を出すと、注ぎ終わったポットに触った。
「さっ、さっきまで熱かったはずなのに」
そう。紅茶を冷やした。
暑いからな。
「お館様、あまり余分なことに魔力を……」
「お頼みしたのは、私です……ああ、美味しい」
バルサムの諫言に、済ました顔で返したローザが茶を喫する。
「とっ、ということは。これは魔術……詠唱なしで?!」
「あの時もな」
「そっ、そういうことだったのですか。なるほど、なるほど」
ペレアスが、俺を以前庇ったことが間違いだと分かったようだ。そして笑った。
「それで、ご用とは?」
バルサムだ。
「ああ、本営を分ける。大部分はこのままだが。そうだな、ローザとセレナの他はゼノビアと戦士3人で良い」
「ふむ。移動先は、ペルザント隊の陣地でしょうか?」
「うーん。いやその南2ダーデン位が良い」
「すぐに手配しますが……」
「ん?」
「救護班からも一部人を割きます」
「ああ、任せる」
「では。奥方様。ご馳走様でした。ボルソルン、休憩は終わりだ」
「はい」
俺とローザへ会釈すると、門番へ戻って行った。
「やはり、拠点移動の件は御念頭にあったのですね」
「まあな。とは言え、今後も思うところがあれば言ってくれ」
「承りました。では私も領都へ戻ります」
「うむ。ご苦労」
ペレアスは、天幕を辞して行った。
「中に居るのか?」
ローザは、マジマジと俺を見た。
「分かるのですか?」
「ああいや、気にしていないと分からないが」
持ち上げたティーポットを揺らしてみせる、ポチャっと音がした。
「まだ一杯分残っているからな」
「まあぁ……私としたことが抜かりました」
ゲルに入ると、絨毯の上でスードリが跪いていた。奥にはセレナが寝そべっている。
「ご苦労……ここは、暑いなぁ」
むっとした雰囲気だ。
さっきの魔術を使って、室温を下げる。後からカップを乗せたお盆を持ってローザも入って来た。
「お館様、この辺で」
低い声が響いた。
「ああ、済まん済まん。スードリは冷えるのは嫌いだったな」
黒衣の人物は肯く。結構暖かめで止める。
どうぞとローザが、スードリにお茶を出しかけ。
「ああ……お茶も熱い方が良かったですか?」
「ああいえ、奥方様。そちらを頂きます」
スードリが一服喫するを待って、話を切り出す。
「それで、領都の方はどうだ?」
「はい。皆、超獣が近づいて居ることは知っておりますが、大きな混乱はありません。伯爵様も古強者のペルザント卿に、新進気鋭のお館様が戦列に加わって戴き安堵した。ダノン殿によろしく頼むと仰っていました」
「外交辞令が言える程度には、領都も平静ということだな」
「はっ!」
「分かった。ああ、今日教会に行ったか?」
「いえ、まだです」
「そうか。行ってみると良い。スードリの宣伝のお陰で大賑わいだ」
「やり過ぎましたか?」
「いやそんなことはないぞ。まあ、大したことがない者でも教会には来ていたがな」
そう、無料で救護が受けられる。
それ自体は凄いことだが、情報が行き渡るには時間が掛かる。こんな田舎だ、立て札を立てれば自然にという物ではない。短い期間内で効果的な活動するには、それを知らしめる必要があるのだ。第一、田舎の民衆は因習に囚われ、新しい事物に飛び付きづらいからな。
「監察官の方は?」
「朝からは大きな動きはありません。ご存じかとは思いますが、4人がペルザント卿に付き従っています」
「そうか。では俺も移動するとしよう。いくら手出しができないと言っても、のうのうと離れた村に居たでは、外聞が悪過ぎるからな」
首から提げた魔導具を弄る。監察官から預かった10個の内の2つ目だ。
「それから……」
ん?
「ダノン殿からこちらを預かりました。どうぞ」
スードリは、封書を2つ差し出した。
「うむ」
受け取って、目を上げると既にスードリは居なかった。
何時の間にか飲み切っていたカップを取りにローザが寄ってくる。
「どなたからでしょう」
「うむ、親父さんとモーガンからだ」
「父上様からですか」
まずは親父さんの方から封を切る。
何々……。
げっ!
「この書状をスワレス伯爵領から出したのが3日前。そこから4日後に着くと書いてあるから明日だ。男爵叙爵式典のために、お袋さんと王都館に来られると書いてある」
「まあぁ。しかしながら先程まで封が……」
ローザの眉根が寄る。返事ができないなということだろう。
モーガンからの手紙も読む……やはりな。
「ああ、モーガンへも親父さんから同様の問い合わせがあったそうだ。勝手ながら承諾したと書いてあった」
表情が緩んだ。
「それはようございました。しかしながら、何のお持てなしもできませんのは、心苦しいですわね」
「ああ、モーガンに任せておけば安心だ。それに、俺が居なくてもソフィーが居れば問題ないと思うが」
「そんなことは……」
ローザは微笑みながら否定しているが、内心は同意のようだ。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2019/05/25 スードリに2回茶を出した記述になっているので、その記述周りを訂正。
2019/05/27 「バルサムの済ました顔で、ローザが喫する。」→「バルサムの諫言に、済ました顔で返したローザが茶を喫する。」
2021/05/11 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)