185話 鵬と雛
鵬と言えば架空の巨鳥だそうで。漢字のモンスター名を異世界物語に出演させるのはどうなの? そう思わないでもなかったのですが。よく考えると、竜が使っていました。
飛行魔術を使って上空から見下ろす。
森から真っ直ぐに刻まれた超獣の這い痕は、ストラバリの3ダーデン程手前でのたうち回ってから西に大きく転進した。
今朝、ペルザント卿の攻撃を受けたからだ。
超獣は時速2ダーデン程でジリジリと弧を描きながら南に向かって居る。
故に、ストラバリの脅威は去った。
それは良いことだが、同時に戦線の再構築が必要になった。
この事態は彼らペルザント隊にとってはの予定通りだったようで、既に西南5ダーデンの小高いところに防御陣地が築かれているのが見える。
そこは、超獣が弧状に進路を領都に修正した場合、半日後の予想進路上に位置している。
やるものだ。
率直に感心している。
それが、ペルザント卿の策なのか、他の誰かの考えなのかまでは知らないが。
流石に俺達とは違う。
地上に降りる。
ペルザント卿は、既に陣地に入られているということなので、ローザとフロサンを連れて表敬訪問する。
案内されて、幔幕に入り略礼する。
「失礼致します」
中央で床几に座っている。幕の中は従者と2人だ、セザール中隊長は居ない。
「おお、ラルフェウス卿。よく来られた。何用かな?」
確かに昨日の今日だ。
「いえ、用と言う程ことではありませんが。今朝の超獣を転針させる魔術行使はお見事でした。感服致しました」
壮年の紳士は相好を崩した。
「はははっ、新進気鋭の俊英から褒められるとは、光栄至極だ」
「いえ。我等はまだまだひよっ子です」
「市井において謙遜は美徳やも知れぬが、上級魔術師同士の間では不要だ。そもそも鵬と雛と見間違うなど有り得ぬからな。それはともかく。本題を申されよ」
「伺いたいことがあります」
「何かな?」
「この先、超獣をどうされるお積もりか?」
「ふむ。そうさなあ……答える前に訊き返して申し訳ないが。卿はあの超獣をどう見る。繭化するまであと何日と考える」
繭化──
超獣の昇華、つまり爆発的消滅の前状態。
身体の周囲に結界とも呼ばれる強固な繭状の魔導障壁を張り巡らし、動かなくなる状態のこと。
その形態とある種の昆虫の変態に喩えて、そう呼ばれる。
繭化の期間は、個体により数日から数分の開きがある。その後は速やかに昇華が起こる。
「超獣は亜竜型、寿命は平均10日、発見されてから7日、潜在時期は1日から2日程度。繭化までは1日から長くとも2日。委員会発行資料に照らした観察結果と合致しているかと」
「そこまで分かっているならば、答えるまでもないと思うが」
「時間を稼ぎ、領都バスクアーレからなるべく離れたところで、繭化するように持って行く」
ペルザント卿は無反応だが、傍らに立つ従者は怒気を顕わにしている。
「で、本官はどうすると思う?」
「ここから、バスクアーレまではおよそ50ダーデン。あと1日半として、安全距離の10ダーデンを確保するには20ダーデン程足りていない」
子供の言うこと聞く親のように、ペルザント卿は穏やかに肯いている。
「ここでもう一当たりし、最終的には安全距離手前の防衛線で待ち構える」
「ふふふ。流石は修学院出なだけはある。言うことが一々合理的だ……ああ、別に揶揄しては居ないぞ」
いや卒業はしていないが。
「その筋は、ほぼ本官の考え通りだ。超獣がその通り動けば良いがな。しかし……」
ん?
ペルザント卿を見直す。
「卿は、若い割に撃滅、撃滅と言わないな。なぜだ?」
ふむ。
「超獣を撃滅できるならばそうしたいと思いますが、我等の任務は人々の安寧を守ること。その手段は、撃滅だけではないと信じるところです」
「悪くない。悪くないな。本官はもう……いや! 老いた者の戦い振りを視て行ってくれ。これは本官の矜恃だ」
何を言い掛けた?
「分かりました。では、その授業料を前払い致したく。先頃、私共で作りました通信魔導具をお受け取り下さい」
魔収納から、送信器を取り出す。
「おぅ」
床几から身を乗り出した。興味があるようだ。
「貴官は?…………何と、ラルフェウス卿が来られていると?」
幕の外から大声が聞こえてくる。
セザール中隊長だ。
「失礼致しますぞ」
幕を捲って入って来た。
「ラルフェウス卿。生憎だが、これより作戦の大事な話がある」
相変わらず、俺を毛嫌いしているようだ。
「では、これで退散致しますが。ああ、フロサン!」
「はっ!」
幕の外に控えていたフロサンが入って来る。
「この者を置いて行きますので、何かありましたら通信魔導具を使って、我らにご連絡下さい」
「セザール。ラルフェウス卿の好意を無にすることの無い様に」
「はっ! 承りました。では、ラルフェウス卿」
セザールに追い立てを食った。
「ではフロサン、頼んだぞ!」
「はい。非常時以外も、30分ごとに連絡致します」
急造の陣地を後にする。
さてどうするかと思ったが、多分忙しくしているだろう者達のところに向かう。
†
ストラバリの町に戻ってきた。
超獣の進路上にあったストラバリの町から、住人の何割かが逃散していたようだが、ペルザント隊の本営移転と入れ替わりに戻ってきたようだ。超獣が逸れ、もう町が安全になったと悟ったようで、元々の住民ではない者も混ざっている。
負傷者も少なからず混ざっており、その救護を実施しているというわけだ。
エリザ女史の発案だが、町の光神教会に拠点を置いたのも奏功したらしく、なかなかの賑わいだ。
教会の庭や石畳に、布を敷いて十数人が座ったり寝転がっている。
しかし、救護班の面々の姿は見えない。
あの中か、小さな聖堂が見える。
「お館様!」
サラの声で、何人か振り返った。そちらに寄っていく。
「ご苦労! 状況はどうだ」
「はい。少し混乱はありましたが、今は大丈夫です」
言う通り、静かで落ち着いているようだ。
「混乱というと?」
「ああ、はい。重傷者、軽傷者入り混ざり、朝方殺到したのですが、アリーさんとエリザさんが抑えました。やはり光柛協会の司祭様がいるとなると、騒いでいた者も大人しくなりまして」
「そうか。それはよかった」
「サラ、これは何でしょうか?」
ローザが指したのは、患者の腕や足首に巻いてあるリボンだ。
入り口で待っている者を除いて、皆に巻いてあるのは気にはなっていた。しかも、目の前の患者のリボンは黄色だが、見渡してみると……ほとんどのリボンは青、時々黄色がある。
キタ!
頭が冷たくなって、”トリアージ”と浮かんだ。
どこの言葉なんだ?
「このリボンの色は、救護の優先度の判別結果を示しているんだな」
青は軽微、黄は中程度か。
「その通りです」
「他の色は?」
「流石は、お館様……赤と黒は、聖堂の中です」
やはり、そうか。アリーもエリザ女史もそこに居るからな。
「わかった。ここは機能として回っているようだ、退散しよう」
「アリーさんに会われないのですか?」
「邪魔にはなりたくないからな」
「はぁ……ああ、お館様。先程こちらへペレアス殿が見えられたのですが。できればお目に掛かりたいと仰っていました」
「分かった」
(※:地球での緑色に相当)
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訂正履歴
2019/05/22 誤字訂正(ID:118201さん ありがとうございます。)
2021/02/14 誤字訂正(ID:2013298さん ありがとうございます。)