184話 斃すだけが
百戦百勝は善の善なるものに非ず(孫子)。敵が人間ならそうでしょうね。
日が昇る。
夏の盛りだが朝夕は肌寒い。ストラバリの標高が高いからだ。
んんん……。
ゲルを出て伸びをしていると、後ろから近付いてくる物が居る。
「おはようございます。お館様」
「ああ、おはよう。ゼノビア」
騎士団の女魔術師だ。
「あのう……昨日の15時くらいから、攻撃はされていないようですが?」
「ああ。超獣ゲランについては、撃ち滅ぼすより昇華までの時間を稼ぐことが、基本方針だそうだ」
「はあ。随分まどろっこしい話ですね」
付き合いは短いが、何時も朗らかにしているゼノビアにしては、憎々しげな表情を浮かべている。
「どう言う意味だ?」
「ああ。やはりアイツらは、町……極言すれば王都さえ良ければ、村の人々などどうでも良いのだなと、改めて思っただけです」
はっとしてゼノビアを見遣ると、すっと細身の身体を翻した。
「私は、お館様の生まれたシュテルン村の隣、インゴート村出身なんです」
「インゴート」
「はい。父と母は、373年に超獣に殺されました」
あの時、俺達が駆け付ける前に数十人の死者が出た。フェイエ君の家族と同じ列か。
そう、全ての人々を救えたわけではない。
「それは──気の毒だったな」
ゼノビアは俺より9歳上の24歳、当時は17歳か。
スワレス伯爵領屈指のゼノビア程の魔力上限値なら……変だな。
「私は──幸か不幸か領都に居りましたので難を逃れました。お館様のことを知ったのは、それから少し経ってからです」
そういうことか
ローザを昏倒させ、アリーを瀕死に追いやった魔導爆発で、過ぎ越したのは、そういうことか。あれは魔力が強い程、つまり魔術師に成るような人間には強い衝撃を与えるからな。
「それで、魔術師に成ったのか?」
「そんなところです。これでも一時期深緋連隊を目指したこともありました。が、ヤツラの実態を知って止めました。結局ヤツラは、村人などどうでも良いのです。死のうが生きようがどちらでも。その方が効率が良いのでしょう」
むぅ。
「ああ、お館様。そんな顔なさらないで下さい。私には、それを恨みに思う資格などありません。死力を尽くして闘っても、今日のペルザント卿の足下にも及ばないこと、よく分かっていますから」
「旦那様?」
ゲルから、ローザが出て来た。話し声が聞こえたのだろう。
「おはようございます。ローザ様」
「ああ、ゼノビアさん。おはようございます」
「では、私はこれで。朝食の当番なのです」
そそくさと、ゲルの前から小走りで去った。
「まあ……」
「ゼノビアは、インゴート村出身だそうだ」
「そうなのですか……」
†
俺達は、拠点と実働部隊を編制し、救護活動を始めた。そう、対超獣活動ではなく、救護だ。
まあ、仕方ない。
命令書には、先任であるペルザント卿の命に服せと書いてあるし。俺は手を出すなと言われたからな、やれることから進めざるを得ない。
拠点はアリー、救護機動部隊はエリザ女史が率いて活動を始めた。戦闘班も一部を除いて、救護班の警備をしている。
だからといって俺は救護を手伝えない。出動の対象の超獣が健在の内は、出動の主旨から外れるわけには行かないからな。もどかしい話だ。
「しかし……」
超獣から1ダーデン程離れた丘の上で、役立たず同士バルサムと茶を喫している。彼は何か考えた風だ。
「何か気になることがあるのか?」
「私が連隊に居た頃のペルザント卿の戦い方は、善きにつけ悪しきにつけ、もう少し力任せなところがあった印象が強いのですが」
「それは、何年前の話なんだ?」
「ざっと、5、6年になりますか」
さほど前の話でもないな。
「老成されたということではないのか?」
「老成……そうであれば良いのですが」
バルサムの言わんとしたことは分からないでもないが。ペルザント卿の撃退率は、連隊の中でも悪くない。分からないな。
「ん……」
「始まりましたな」
中級魔術の攻撃が始まった。
20時間余りで上級魔術の超獣は癒えたのか? 再び南進を始めている。
炎系魔術が、3、4、5条! 直撃した。
昨日よりは効いているようだ。超獣が纏った魔導障壁までは破れては居ないが。
超獣からの反撃は……ない。
昨日痛い目を見たからな、
ペルザント中隊は、俺から見て右側からのみ攻撃を加えている。つまりは、何とか西へ転進させようとしているわけだ。
おぉ。魔圧が高まっていく。ペルザント卿だ。
風系……鮮紅炎とは術式が明らか異なる。しかし──
「ううむ!」
横に居るバルサムが、腕を上げ掛け止まる。
黒い風壁が続けざまに発現し、樹木を薙ぎ倒しつつ超獣に襲いかかる。
黎き靄が霧散して、弾き飛ばした。
「黒南風……」
嘆息。
そういう名の魔術か。
中級としては凄まじい魔界強度が現れては消える。
その度、超獣の巨躯は眼に見えぬ鞭に弾かれる。
しかし、それだけだ。有効な攻撃には成っていない。ただヤツを数ヤーデンずらすだけだ。
ブンとここにも衝撃波が到達した。遅れて轟音が来る
目標に集束されて居たのだろう、大した風圧ではない。
おかしい。
俺に分かるなら、ペルザント卿に分からないはずはない。
間近で観ているのだからな。
この程度の攻撃では、超獣には効かないと気が付かないわけはない。
ならばなぜ、この魔術攻撃を止めないのか?
先程から、少なくとも数十発の魔風弾が爆ぜている。中級魔術としても魔力消費は夥しいはず。
無意味な──無意味な?
攻撃としては効いていないに違いないが、別の意味があるのか?
一撃で数ヤーデン進路がずれるだけ。しかし、この連鎖で既に数百ヤーデンは変位している。
轟音が止んだ。
「そうか!」
「お館様?」
声に出ていたようだ。
「連鎖攻撃の目的は、超獣の進路を逸らすことだ」
超獣は、西南方向に転進した。
「つまり、あの町を進路上から外すことが、ペルザント卿の狙いと言うことですか?」
振り返ると、ローザが何度も肯いていた。腑に落ちたようだ。
「無論領都への進行を遅らせる意味もある」
「流石は老獪ですな」
「ああ。教訓を頂いたな」
魔術は、目的を達する術であり、強さが全てではない……か。
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訂正履歴
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




