178話 御利益
物は考え様と言われますが。1つの出来事も、様々な見方ができるわけで。御利益もそのようなことなのかも知れません。客観的に微妙でも御利益だと思えば、その人の中では御利益なのですよね。
「ふう……」
執務室に戻るとダノンが、大きく溜息を吐いた。
「ダノン。バルサムとケイロンもご苦労だった」
「ああいえ。お館様こそ、お疲れでしょう」
失礼しますと従者が入って来て、湯と茶器を置いていった。
すかさずローザが茶を淹れ始める。
「まあ、何はともあれ。委員会の承認が降りた……」
委員会──
この委員会とは、国家危機対策委員会のことだ。国王直属機関で、役割は超獣対策。具体的には派遣する上級魔術師の選定、考課、賞罰、予算の審議と承認、決算の審査などがある。
バルサムに拠ると、委員会の実態は内務省の部局と言っても過言ではないらしい。委員も宰相府と内務省所属であり、国軍は少ない。さらに委員以外の職員のほとんどが内務省からの出向者が占めているそうだ。
そもそも庁舎が内務省内にあるしな。
とはいえ、俺以外の上級魔術師は、国軍所属なのだから、国軍でやれば良いようなものだが。上級魔術師の選定も元々国軍だったのが、この委員会になり、さらに魔術師委員会に委託されるようになったそうだ。
バルサムに拠れば、権限を分散して権力集中を防ぐ、国軍の独走を防ぐ分断統治が委員会の目的とのことだ。
「……これで、正式に活動開始だ」
「はっ! おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
「ああ、ありがとう。皆のおかげだ」
「いえ。今後騎士団は、私とバルサムにお任せ下さい」
「ああ。よろしく頼む」
「はっ!」
「はっ!」
俺は超獣駆除に向け、他の者ができぬことをやらねばならない。
「問題は、出動指令がどうなるかですな」
出動とは、上級魔術師および騎士団が現場に出向くことだ。そして出動には大きくは2種、細かくは3種類ある。
まずは、王国危機対策委員会から要請を受けた通常出動だ。
さらに通常出動も、委員会が選定した斡旋出動と、地方政府に指名された出動要請を受けて承認された指名出動に分けられる。
斡旋出動には月番というのがあり、上級魔術師は、月毎に当番か非番かが決まっている。基本当番月の上級魔術師が斡旋される。
大きいもう1種類は、委員会の指令を受けない自主出動だ。
これもまた2つあって、超獣出現場所の極々近い場所にたまたま居合わせた時に、自らの判断、もしくは地方領の依頼で実施する緊急出動。確率は低いが、偶にあるのは出動中に続けざまに超獣が現れた状況だ。
最後は、自由出動だ。緊急出動でない自主出動のことだ。厳に慎むべきとされているが、完全に禁止はされて居るわけではない。ただ数十年間実例はないようだ。
自主出動の後には、その成果と、遵法状況などの査定を受けることになるが、その出動事由が適正だったかどうかの審査がかなり厳しいらしい。制度初期の頃、地方領に対して自主出動を絡めた迷惑行為があったからだそうだ。
ちなみに新人上級魔術師が出動するのは、圧倒的に斡旋出動が多い。指名を受ける程知名度も無いことが主な理由だ。さらに、出身地など繋がりの濃い地方領から依頼が来ることもあるようだが、委員会が実績もない新人になかなか出動を許可しないようだ。
「当番は来月からだ。そう簡単に指名依頼など来ない。最初は別の上級魔術師を支援する斡旋になるだろう。それまで訓練を万端にな」
† † †
数日後。ローザと2人で乗合馬車に乗って、北街区にやって来た。
アリーも誘ったのだが、忙しいと断られた。嘘ではなく、配下となった救護班の回復系魔術師を鍛えているようだ。アリーが頭巾巫女であることを、テレーゼが皆に広めたようだ。それもあり救護班も回り始めているようだ。看護身内以外には人望があるからな。
着いた。
馬車を降りて、石畳の向こう側に渡る。
石造りの尖塔には、表面に蔦が繁茂して黒く見える。通称黒聖堂、サンプトン大聖堂だ。
門を入ると、ちょうど若い僧服男が通りかかった。服装によると助祭のようだ。
「失礼ながら、こちらにエルディア大司祭様がいらっしゃると聞いて尋ねてきたのですが」
ローザが訊いてくれた。
「はい、居ります。あなた方は?」
「古い知り合いで、ラングレンと申します」
助祭は、目を丸くした。
「失礼ながら、先頃上級魔術師として男爵となられた、あの?」
「ええ、主人です」
妙に詳しいな。
「ああ、やはりそうなのですね。私は昨年修学院を卒業しまして、こちらへ……」
「これは、先輩。失礼致しました」
「いやいや、そのような……申し訳ありません。ささっ、ご案内致します」
付いて行くと聖堂に導かれた。
「中にいらっしゃいます」
「ありがとうございます」
会釈すると、脇の舎に入って行った。
三連のアーチの大玄関。左の通用扉より中に入る。
小ホールを抜けると、大聖堂だ。
昏い。
眼が慣れぬだけだ。光はある。
内陣の後方。
遙か高みより差し込む眩き一条。
黒光りする床が静謐な翳りを象る。
照らす先には額ずく神職がひとり。
闇にこそ光神が宿る。
遍く照らす輝きこそが玄妙──
問わずとも悟らせる処、舞台装置か。
一歩二歩と近付くと大司祭は音も無く立ち上がった。
「これは……これは」
俺達の姿を認めると、嬉しそうに目を細めた。
「お久しぶりでございます」
跪礼して大司祭の手を取ると、こみ上げてくる物がある。
「少しもお変わりなく」
「いやいや、老いました。ラルフェウス殿は随分立派に成られました」
「とんでもない。お目に掛かれ嬉しい限りです」
「ははは。よく顔を見せて下され。シュテルン村の教会で、よちよちと歩いて来られたあなたを洗礼した日のことを、昨日のように思います。おお、ローザンヌ殿も美しくなられましたな」
ローザも嬉しそうに略礼した。
「聞き及んだ処では、おふたりでご結婚された由」
【音響結界】
「はい。光神様と大司祭様のお導きかと」
「それはようございました。とてもお似合いにございます」
「ありがとうございます」
「上級魔術師にお成りになったのでしたな」
「はい」
「お導きと言えば……洗礼の時の光景が、今でも時折目に浮かびます」
「はあ」
「こちらに参りましてからも何百何千と祝福致しておりますが、あのような瑞兆を見たことがございません。そればかりか、あれから深く深く調べましたが、いくら調べましても古今例がありませんでした」
「それはまた……」
「調べるなど、全く恥ずかしい限り」
「んんん」
なぜだろう。言葉の割に清々しい顔をされているが。
「年甲斐も無く心得違いをしておりました」
「と、仰いますと」
「光神様はラルフェウス殿へ多くをお恵み下さった。しかし、同時に重荷をも背負わせておいでになったと、ようやく気が付きました」
うんうんと凄い勢いでローザが肯く。
確かに恵まれているのは事実だが。生まれてこのかた神に感謝しようという気が起こらない。我ながら不遜だが、どうしたわけか歴とした報酬と思えるのだ。それが何の報酬かが思い当たらないのだが。
「大司祭様。私は重荷を背負ったなど、思ったことはありません」
「それは、何とも味わい深いお言葉です。ですが少し心配にもなります」
「と、仰いますと」
俺が訊く前にローザが訊いた。
「光神様は、人間に痛みと疲れを与えました。疲れを知らなければ、もう少し、もう少しと無理をしてしまいます」
むう。
「疲れとは自らを責め過ぎぬ戒め、痛みとは他者を苦しめ過ぎぬ戒めにございます」
「あぁぁ……」
ローザが呻くように息を漏らす。
「ローザンヌ殿。あなたはラルフェウス殿にとって母であり、伴侶であり、従者でもある。どうか……」
「はっ! この命全て費やして、お守り致します」
「おぉぅ……」
意気投合したのか、二人で手を取り合っている。
「うむ。王都に来て以来教会へ出向く機会が減ったが……」
まあ、修学院の聖堂には通わされていたしな。
「……これからは、度々こちらへ伺うことにしよう。なあローザ」
「はい。それがよろしゅうございます」
騎士団結成準備以来、少し張り詰めていたようだが、穏やかな笑顔になった。懐かしき人に会いたいと来て見たが、思わぬ御利益があった。
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訂正履歴
2019/06/13 誤字訂正(ID:209927 様ありがとうございます。)
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989 様 ありがとうございます)




