177話 便りが届く
聞いた話ですが、借金で無くても嬉しくない相続というのはあるそうですね。凄い過疎の土地だそうで。売るに売れないし、住む気がないと厳しいらしいです。売れないくらいなら固定資産税も大したことないだろうし放っておけばと思ったけど。保全義務とかもあるらしい……難しいですね。
「ラングレン殿、済まなかった」
公館の応接で謝罪された。
「何のことでしょうか? オルディン殿」
ダノンを振り返ってみせる。無論とぼけているだけだ。
「いや本日、アルザスと申す我が代理が……」
「ああ、あの元気良い」
「元気……」
「ええ、私と同い年でしたか。俺もこのところ余り身体を動かして居らなかったので、仕合を受けましたが。それが何か?」
はぁぁぁ……と溜息を吐いて、オルディン殿は首を振った。
「いやいや、そうはいかん。同行した者によれば、その試合に持ち込もうとして、大変な非礼があったはずだ。代理の罪は、我が罪」
「仕合を認めましたし、何の遺恨もありませんが」
「うぅぅ。じゃあ、今回は借りておく」
「それで気が済むなら。それでオルディン殿、出向の方は?」
「出向はもちろん認める。宿舎はまだだったそうだが、訓練場の敷地は広くて良いと言っていた」
「それは良かった」
どうぞと、ローザが茶を差し出した。会釈して一口喫した。
「はあぁぁぁ。美味いな、このお茶……これは奥方が?」
「はい」
「驚いた」
「でしょう。俺も、朝ローザの茶を飲まないと元気が出ません」
「ああ……お茶請けが要らないくらい口が甘くなった。ははは……」
「それはなにより」
「しかし、あのような者に代理を任せるとは、私も人を見る目がないと気付いた」
横に座ったローザとダノンが顔を見合わせる。
「ほう……では、親しくさせて戴いている私も、取るに足らぬ者ではないことになりますね」
「なっ、それは!」
「あははは……」
「ラングレン卿! 人が悪いな」
「そうですよ、あなた。皮肉が過ぎるとオルディン様に嫌われます!」
ローザに窘められた。
「それは困るな」
しばし、皆で笑い合った。
「しかし、そのアルザス殿でしたか。なぜ旦那様に勝負など?」
ダノンも肯いて続ける。
「確かに。奥方の言う通り、あの勝負どうなろうと。伯爵様のご意向に違える訳ですからな。只では済まないことぐらい分かるであろうに。その者は今、どうなっておりますか?」
「それが……報告を受けてアルザスを呼び出したのだが……居なかった」
「居ないとは?」
「宿舎から出奔したようだ。それだけではなく、ヤツの実家である子爵家がな」
「ん?」
「我がスワレス家の与力から外れて鞍替えする旨、内務省に届け出た」
「では、それが念頭にあって、あのような無理を通そうと?」
「おそらくはな」
「オルディン様。差し支えが無ければ……その鞍替えした先とは?」
ダノンが訊きながら、髭を弄る。
「まあ、その内分かることだからな。予想してると思うが、バズイット伯爵家だ!」
やはりそうか。
子爵領は、その両伯爵領に挟まれた地だからな。
「うむ。兄上は、少し前に察知していたらしいが。ああ、そうそう手紙を預かってきたんだった。おい、あれを!」
オルディン殿が振り返ると、壁際に控えていた従者が鞄から書状を取り出した。それを受け取り、俺に差し出した。
「主査殿からだ」
もしかして……早速中を検める。
一瞬見て、便箋を戻す。
「なんだ、もう良いのか?」
「うむ。いや来客の前で読むのはどうかと思って。それよりオルディン殿、食事をして行ってくれ。ローザ、食事の用意の状況を見てきてくれ」
「はっ、はい」
ローザは、少し眉を寄せながら立ち上がると、部屋を辞して行った
「ああ、お食事ですか。いいですなあ。私はまだ仕事がございまして中座させて戴きます。オルディン様。派遣のご承認ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します」
ダノンは会釈をすると、ゆっくりと立ち上がりと応接室から退出した。
「ああ、君も少し席を外せ」
「はっ!」
オルディン殿が従者に指示して、部屋には二人きりになった。
「ダノン殿。察したようで、年の功だな」
個人的な用件の話が始まるということだ。
「やはり、親父殿が後任でしたね」
「呆れたやつだな。さっきのあのほんの短い時間でそこまで読んだのか?」
「まあ、得意です」
内容は、ガスパル男爵を罷免して領地を宛がう旨、内務省から正式な通知が届いたと書いてあった。伯爵様から聞いていた通りだ。
「オルディン殿。この件、伯爵様のお引き回し宜しくを得てのことだろうと存ずるが、構えて御礼は申し上げられぬ」
「心得た。無論兄上も分かって下さる」
流石、オルディン殿。
ここで俺が礼を言えば、事実関係はどうあれ、私的な利益を伯爵様から頂いたことになってしまう。それをちゃんと分かって下さっているのだ。
それは騎士団の戦力支援といった、公的な援助とは性格が全く異なる。当然だが、俺から依頼したなら問題だ。無論そうではないが、外聞は良くない。
「さて、用も済んだ。私は退散しよう」
「オルディン殿。夕食を一緒にどうだ?」
「ああ、いや。今日は妻に何も言ってきておらぬからな、お気持ちだけ頂いておこう」
にぃっと笑った。
「それは重大なことですな。致し方ない」
「はは、では失礼する」
なぜか玄関近くに居たダノンとローザと共に見送った。
「何だ。ダノンはともかく、ローザも公館に居たんだな」
人払いの意図を察したと言うことだ。
「ええ、奥方は私より御館様との付き合いが長いと言うことが良く判りました」
ローザは嬉しそうに表情で頷く。
「じゃあ、説明しよう」
執務室に移動して、話を続ける。
「この度、親父殿が男爵に叙爵されることになったそうだ」
「それはめでたい。して、ご領地は……もしかしてガスパル領ですか?」
ダノンも噂を知っていたようだ。
「うむ。元々ガスパル男爵領は、我が祖先の領地だったからな」
親父さんから届いた書状を見せる。
受け取ったダノンはふーむと唸りながら読み、ローザに渡っていった。
「あの旦那様。この件、事前に……ああいえ失礼致しました」
知っていて言わなかったならば、そういうことだと気が付いたのだろう。ローザに打ち明ければ、彼女も知っていて黙っていたことになるからな。
「何はともあれ、御館様。おめでとう存じます」
「うむ。親父殿が叙爵されるのは喜ばしいが……」
「領地はさほどもないと?」
「ああ……現ガスパル領は貧しい。廃男爵の負債は相続されないが、領内は荒廃している」
「ご存じでしたか」
「まあな。重税で領民も疲弊している。叙爵の折り下賜される準備金も、新たな産業を興さぬ限り、すぐ底を突くだろうよ。それでも親父さんは受けた、ご苦労されるだろうな」
男爵位への返り咲きは曾爺様の悲願、爺様もそうだろう。領地の状況は大きく変わっているが、親父さんは敢えて受けたのだろう。
おそらく、今持っている私領を売り払って資金の足しにはするだろうが、それとて長くは持たない。我が家の出自を重視して、男爵に返り咲いたと言えば聞こえは良いが。正直好んで領有したい土地ではないのだろう。
「そっ、そうなのですか。エルメーダは大理石の都と聞いていましたが」
「まあ今も細々とは産出しているがな、数十年前の往時に比ぶべくもない」
最高級品の純白系セージュ白、青白系ルルーファ蒼、褐色系……などが我が先祖が領主の頃は、ふんだんに採れたそうだ。しかし、ガスパル領になった頃から2級品、3級品に変わり、今ではそれすら往時の数割だそうだ。産出する大部分は、価値が段違いに下がる石灰岩ばかりになってきている。
大理石のように美術工芸品向けの石材やそのまま石材とはできないが、石灰岩もセメントやガラスなどの原料になる。きちんと商売すれば悪くないのだが、ガスパル家は過去の栄華が忘れられず、ずさんな貴族商売しかやってこなかった。
しかも、初代男爵に取り入った商人が悪質で、代々低額で買い占められ利益を持って行かれた。にもかかわらず、いよいよガスパル領の具合が悪くなるとさっさと見限り、負債を被ることはなかったそうだ。確証はないがバズイット伯爵の息が掛かっている可能性が高いと、スードリから報告があった。
結構な数の手の者が、ソノールにも居るようだ。モーガンに言って、我が家の方から資金を渡してある。ダノンには話してある。
この手のことは、なかなか清廉潔白とは行かないものですな。とは、目の前に座る男の言だ。
────宿主殿!
なんだ? ゲド。
────エルメーダという土地にもう一度行って戴きたいのだ
理由は?
────少し気になることが有ってな
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訂正履歴
2021/05/09 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




