175話 反りが合わない
題目の慣用句の反りとは日本刀の刀身と鞘の曲がり具合が合わないことですけど。思えば、刀にまつわる慣用句意外とありますね。他には抜き差しならないとか、鍔競り合い、鎬を削るとか。
騎士団の幹部顔合わせから10日程経ち、4月中旬となった。
公館の改装が終わり、事務系他の人員を職員として入れたことで、徐々に組織が回り始めた。
年配者達が言ってたように、働き始めると日々の歩みが加速するというのを正に実感している。このところ、かなり忙しかったが、俺やダノンについては峠を超えた気がする。
代わってバルサム、ケイロンとギルド推薦で雇った事務職員達が繁忙だ。
バルサムは、ダノンと共にギルドが募集してくれた冒険者の書類選考を進めている。
これで戦闘班が揃えば、晴れて騎士団の旗揚げができる。
その他に一般募集はしていないのだが、貴族連枝の売り込みが激しくなっているそうだ。ファフニール家が後ろ盾だと新聞が挙って喧伝した所為で、騎士団の幹部に取り立てろ見たいな無茶なことを言うのはごく僅からしい。しかし、同時にこれは悪い筋ではないという担保にもなったようで、まともな売り込みも多いらしい。
らしい、らしいというのは、捌いているのが俺ではなく、ダノンだからだ。
今や執務は、本館ではなく公館で実施することが多くなった。
ケイロン達は、所管官庁である内務省の認可に向けた予算編成や申請書類の作成に追われている。
そこで業務が回り始めたので、ダノンと俺にはその書類の承認が回ってくる。
今もその執務室で作業中だったが。
「そろそろご到着時刻ですな! 御館様、執務を一旦切り上げて戴きたく」
ダノンの言葉で目線を上げる。
10時10分前。
振り子時計の針もほぼ同じ時刻を示している。
「ああ、これの案件を片付けたらそうしよう……ああ、この魔石だが。もう少し品質を上げた方が良くはないか?」
「うーむ……この上となると、価格が2割上がりますが」
「救護班は、騎士団の目玉だ。よい環境で働いてもらいたい」
「はあ、分かりました……まあ訓練場の土木工事が省けましたからな。見直すと致します」
来られたようだ。むっ!
「御館様?」
「馬車が着いたようだ……」
「はっ、はあ? ではお出迎えを」
俺のがっかりした言い方が気になったようだ、ダノンが不審の表情を見せた。
玄関へ移動すると、丁度正門のロータリーを辻馬車が回り込んで目の前で止まる。
御者が降りてきて、扉を押さえた。
「んん?」
主客であろう貴族服の人物が降りてきたのだが。姿形が、想定と違ったのであろう、ダノンがちらっとこちらを向いた。まあ、その人物には見覚えがあるが。
略礼をされたので、こちらも胸に手を当て略礼で返す。
その後に、ぞろぞろと軍服姿の者達が5人降りてきた。濃紺の地に白い飾り線の意匠。スワレス領軍の制服だ。
「ラングレン卿におかれまして、わざわざのお出迎え感謝に堪えません。私は、オルディンの代理でスヴェイン・アルザスと申します」
つまり、オルディン殿は来られなかった。門を馬車が入ってきた段階で俺ががっかりした理由だ。
むう。
この男の目付きはなんだろう。慇懃な言葉とは不釣り合いの鋭さだ。俺に対する対抗心が抑えられないようだ。
身長は俺より少し低いが、体格は悪くない。太くはないがよく鍛えた筋肉質と見える。
16歳か。同い年だな。俺の方は来月まで15歳だが。
やはりオルディン殿が仰った通り、俺を競争相手と目しているようだ。
「ともかく中へお入り下さい」
先導する最近雇った執事がなにげなく振り返った。えーと? そうか! すかさず肯いた。すると、廊下を左に曲がって行く。
当初は右の第1応接で饗応する予定だったが、オルディン殿が居ないならば左の格下の会議室が相応しい。
応接も空いているので、別段応接でも良いのだが。相手の身分に相応しい扱いをしないと侮りを受けるらしい。それもどうかとは思うが、任せると言ったからな。
客を通すと、2人の執事が茶を運んできた。
「皆さん。改めて紹介します。こちらは当館の主にして、上級魔術師であるラルフェウス・ラングレン男爵です」
「皆さん。本日はようこそ」
個性の欠片もない挨拶だ。
「ありがとうございます。先に謝らねばなりません。主人オルディン・スワレスは、出発直前に王宮より俄の呼び出しがございまして。生憎御当家に来ることができませんでした。申し訳なく存じます」
オルディン様がスワレス領から派遣してくれた人材を連れて公館へ来てくれる予定になっていたのだが。残念ながら実現はしなかったようだ。
俺に代わってダノンが応える。
「ああ、いや。それは詮無きこと。失礼ながらアルザスと仰ると先年代替わりされた子爵家のご一族で?」
「はい。当主の弟です」
「そうですか、ご先代にはお世話になりました。よしなにお伝え下さい」
「承りました。では本題ですが、こちらは派遣予定の5人です」
予定の?
「皆に自己紹介させます」
煩雑なのでまとめる。
ルーモルト:戦士 :男性27歳:人族
トラクミル:戦士 :男性22歳:人族
ボルソルン:戦士 :男性19歳:ドワーフ族
フロサン :魔術師:男性31歳:ホビット族
ゼノビア :魔術師:女性24歳:人族
だそうだ。
目立つのは、ボルソルンだ。なかなかにデカい。縦にも横にも。まあ、自治村に居たヴィドラに比べると小さいが、なかなか力がありそうだ。
それからゼノビア。本当に24歳か? 線が細い……魔力上限は高そうだ。
フロサンとゼノビアの視線が微妙な気がしたが、ダノンとは顔見知りで過去に魔術を指導されたことがあるらしい。
今も整備中の公館をダノンが案内し、そのまま訓練場へ視察へ行くことになった。まだ建物は移築した一棟のみで、あとはだだっ広い敷地だけだ。これには俺も付いていく。
御者ごと増やしたウチの馬車で送ろうと思ったが、東門外の貸厩舎に彼らの馬車が駐めてあるというので、再び辻馬車を拾って東門まで行き、そこからは彼らの馬車を先導して訓練場に向かった。
ん? 訓練場の入口付近まできた。
「入口に少し人集りがあるが?」
20人弱は居る。服装からして中で建て増ししている工事関係者ではなさそうだ。
「ああ、まだ居ますか。王都は物好きが多いですな」
ダノンが経緯を知っているようだ。
「どういうことだ?」
「いやあ。あの広い敷地が、一晩の内に整地され、数日後には突然建物が移築される怪奇現象と噂になりまして。新聞に載りましたが……」
後から聞いたが、新聞に載った日はもっと何倍か居たらしい。ただの広っぱを見に。
「要するに、俺の所為というわけだな」
「はい。あははは……」
俺達の馬車が街道を折れて敷地へ近付いて行くと、人垣が割れた。
レプリーが御者台からひらりと降りて、門扉を開いた。
待てよ。
(1)改めて御者を乗せて、(2)俺達の馬車が敷地内へ進み、(3)後続馬車が入ったら、再び御者が門に戻って門を閉め、(4)ここまで戻す。
面倒臭いな。魔術で門扉を……外に居る者達が騒ぐよなあ。
俺達の馬車はレプリーが乗る前に再び走り出した。
事務所兼休憩所の前に停め、ダノンが馬車を降りると、工事をしていた人々が、こちらを振り返り会釈をした。ダノンが腕を振って挨拶している。
その後、俺が降りると堀の外に屯っていた人々から喚声が上がる。なんなんだ?
白いローブと金髪で俺と分かるのだろうと、ダノンが言っていた。
後から付いて来た馬車の扉が開くと、1人がすかさず出て来た。ゼノビアだ。何事か御者と話している。御者がこちらを指差すと、ゼノビアは大きく肯いてこっちへ走ってくる。
「い、い、今。御者が居ないのに、馬車が走りましたよね!」
痩せぎすではあるが女性らしい高い声だ、ドモっているが。
ばれたか! 少し笑うと、彼女は失礼しますと言い残して馬の方へ走って行った。
「やっ、やっぱり馬じゃない! 本物じゃない? なっ、何なんですか、これ?」
「ははは。ゼノビア、それは御館様のゴーレムだ」
ダノンが答えてやっている。
「ゴーレムぅぅう……なんですか、これ」
思いっきり目を見開いて驚く。と同時に。
「ゴーレムとは?」
後ろに来ていた団員候補も驚いたのか、馬に寄っていく。
「気が付いたのは良いが……馬よりこっちの方が余程凄いんだがな」
ダノンがバシバシとレプリーの肩を叩く。
「なるほど、なかなかの広さですね。我が王都駐在武官の訓練場に貸して貰いたいぐらいです」
そんな中、優雅な物腰でようやく馬車か降りてきた物が居る。
「如何かな? アルザス殿」
ダノンの問いに、彼はしばらく顔を伏せていたが、視線を上げた。
「そうですな。設備も環境もなかなかの物ですが……」
ですが?
「……彼ら5人の派遣について不都合がありますな」
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訂正履歴
2019/04/17 暦の月の設定訂正 本話時点を4月に訂正。ラルフの15歳も来月までです。
2020/04/23 ダノンがアルザスに問う文章がおかしかったので訂正(オタサム様ありがとうございます)
2020/09/12 アルザスの名前訂正 ベルウィン→スヴェイン
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2022/10/07 誤字訂正(ID:2339692さん ありがとうございます)
2022/11/23 誤字訂正(ID:1870913さん ありがとうございます。見落としていました済みません)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




