174話 買い物
とある物を買おうとしたら、発売直後から品切れで取り寄せ待ちです。まさかの状況……それはともかく。
最近本の購入を電子書籍に切り替えたんですが、便利で良いし、本棚も限界なんですが……一抹の不安が。
翌々日。王都西門から城壁を出て、少し人家が切れた場所に居る。
「ここから、500ヤーデン程。あそこに白っぽい岩が見えますが、敷地はその辺りまででございます」
地主のゾール氏が、広々とした荒れ地を指し示しながら敷地の境界を説明する。その話を聞いているのは、ダノンとバルサムだ。
でっぷりと肥えた男は説明しながら、小柄な従者が差し出す手拭いでしきりに汗を拭っている。4月が目前に迫り、このところ気温が上がっている。ただ今日はそうでも無いと思うが。
俺と言うと、騎士団の財務担当となったケイロンと共に、彼らから少し離れて話を聞いている。
「面積としてはおよそ36レーカー。見事に何もありませんな」
「ダノン殿、訓練所と聞いておりますが、それがよろしいのではありませんか」
「それはそうだが。ここまで土壌が悪いとなるとなあ……」
ダノンが言うことももっともだ。
敷地の真ん中辺は、昨夜から早暁まで降った小雨によって、青々と空を映す湿地となってしまっている。
「まあ、半分はこれでもいいが」
ぼそっとバルサムが零す。
半分は建屋の敷地だからな。
「やはり、昨日見た場所の方が良くはないか?」
余り気に入っていないであろうダノンが、難しい顔で疑問を呈す。
「昨日の第1候補地は、西門より出でて、3ダーデン。敷地も300ヤーデン角と狭く、また一角が倉庫街と接しておりますゆえ」
バルサムは、ここの方が気に入っているようだな。
「確かに、ここは西門より1ダーデンと近いうえに、周りには何も無いというのは良い。周囲に気を使わず訓練できるからな」
理由も明確だな。ダノンもそれを認めているようだ。
膠着状態だな。
「では、3番候補地はどうか?」
まだ行ったことはないが。
「御館、あそこはこの先でございまして。広いのはよろしいが、些か遠すぎます」
「バルサムの申した通りで」
地主が進み出てきた。
「如何でしょう。他ならぬラングレン卿の訓練場となれば、1レーカー当たり相場としては40ミスト程ですが、35ミストまで値引き致しますが」
この辺りが商機だと思ったのだろう、こっちにも聞こえるように大声だ。
「40ミストと言えば街道沿い位。ここらでは、ざっと35から32ミストというところかと」
すかさずケイロンが耳打ちしてきた。と言っても身長は1ヤーデン程だから腰打ちに近い。それはともかく。ただの荒れ地に数十ミストが相場とは高い。シュテルン村だと、整地された牧草地並みだ。流石は王都近郊言うべきか。しかし、分からないな……。
「御館様、何かご不明な点でも?」
考えごとしていたら、すぐ近くで見上げられていた。
ホビット族は、人族と背丈以外よく似通っているが、大きく上方に尖った耳が特徴的だ。
「ああ。なぜ、ゾール氏はここを買ったのか? とな」
先程先祖伝来の土地ではないと、自身で言っていた。
「改めました登記済証によると、買ったのは360年のことでして、街道を敷く計画が出て来た頃でして……おそらくは」
数百ヤーデン右を見遣った。
計画を察知して買ってはみたが、実際に街道が通ったのはあそこか。まばらに建物の影が見える。要するに目論見が外れたと言うことか。
ダノンとバルサムが寄ってくる。ゾール氏はそのままの位置に居る。
「御館様のお考えも伺っておきたいのですが」
【音響結界】
バルサムが気付いたように、視線を回した。
「俺か。前にも言ったが2人に任せる。ああ、ただ候補地の位置は変えられないが、土壌の方は……」
「変えられるのですか?」
「まあ、それは契約の後のことだが」
「であるなら、私もこちらを推します」
ダノンも是と認めた。バルサムの方を向くと肯いた。
「そうか。決まりだな。ではケイロン!」
「はっ!」
「王都に戻ったら、即金で払うと揺さぶってみろ」
「承りました」
王都に戻り、外縁にあるゾール氏の家で商談を実施した。結果1000ミスト余りで購入することがまとまり、登記済証と双方の署名を実施した譲渡契約書を交わした。1レーカー当たり30ミストと相場の1割引で購入できた。
向こうにどんな事情があるかは知らないが、ケイロンの手腕と言えよう。
支払いは即金で実施した。手続きとしては登記の必要があるが、既にこの土地は騎士団の物となった。
† † †
2日後の昼。
本館食堂でローザと昼食を摂っていると、バルサムがやって来た。
「お食事中のところ失礼します」
「何か?」
「訓練場の土地の件ですが」
ローザは不思議そうな顔をしている。
「早かったな」
「周りに堀ができていて度肝を抜かれました。やはり、あれは御館がされたのですね?」
「ああ」
昨日の夕食後、寄生してるゲドことゲドネス5世の指導で工事をした。
最近たまにしか戻って来ないガルガミシュ9世に拠ると、ゲドは土木狂らしい。そう言えば彼を見付けた遺跡も彼の設計らしいからな。
あの辺りは扇状地らしく、地下15ヤーデンまで掘り下げれば水脈に当たると言うことだった。土魔術と魔収納魔術を駆使し、まずは敷地全体を5ヤーデン掘り下げた。
さらに、周囲幅3ヤーデン深さ10ヤーデンの空堀を築いた。そして、ところどころ縦坑を水脈まで掘り下げた。
ここで魔術技術の改善が有った。魔収納から分別して出庫できるようにしたのだ。そして縦坑を岩や大きな礫で隙間を空けつつ埋めた。
その後。敷地全体に渡って、外周の堀へ向けて下り勾配が付くよう整地、その上に平行に傾斜を保ったまま粘土などの非透水層を積んだ。
最後にその上を礫や土と、ベルヌ砂丘から持ってきた砂を混ぜた透水層で覆った。これで相当水捌けが良くなるはずだ。
「今朝、少し俄雨がありましたな」
ああとローザが肯く。
「あの敷地の脇では、泥濘の土地になっていましたが……」
「予定地はどうだった」
「はっ! あの土地だけ覆いでも掛かっていたかのようでしたよ。綺麗に整地されてましたし」
「それは良かった」
「良くはありません!!」
おぉぅ……。
横に居たローザから、ゆらっと怒りが立ち昇る。
「今日は土木の業者を連れて、工事の見積もりに行ったのですが……」
あっ、まずい。
「馬鹿にしているのか!? そう、詰め寄られました」
「ああ……」
やっぱり。今日言おうと思っていたんだが。
「そのようなことをお願いした覚えがありませんが」
「バルサム殿!」
ああ、ローザはだいぶ怒っているようだ。
どうも、バルサムとは相容れないところが有るようだ。
手を翳して止める。
「確かに頼まれてはいない」
「御館が、多くの才能をお持ちなのは存じております。ですが、それは超獣退治に絞ってお使い下さい。それ以外は団員にお任せ戴ければ幸いです」
「善処する」
「はっ! お食事の邪魔を致し、申し訳ありませんでした。失礼します」
「スープが冷めてしましましたね。取り替えましょう」
「ああ良い。バルサムの件だが」
「はい。どうやらあの方は、誤解を受けやすい質のようですね」
「おお、そうなんだ。その誤解をものともしないところが、悪いところでもあるが、良いところでもある。15歳の俺が言っても説得力がないが」
「いいえ。分かります。つっけんどんな態度に見えますが、よくよく考えると、あなたのことを第一に考えてくれます。もう少し長い目で見ることにします。まあ、私から言わせると超獣退治だけに没頭されてしまっては、それはそれで嫌なのですが」
「ああ、そうならないようにするさ。俺はローザの夫だからな」
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2019/06/13 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます。)
2020/02/16 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
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