173話 ラルフ振り回される
相性が悪いとまでは行かないけれど、強く出にくい相手とかいますよね。年上だけど部下とか、何かの組織に着任前から居た人とかね。
3月も下旬に入ってようやくエリザ教授が修学院へ戻ってきた。
帰還予定が何回か延期になったこともあり、バナージ先生にお願いしてあったので我が館に連絡が来た。そそくさと学院に赴き、先程来から教授室で向かい合っている。
前に会ってから半月余り、どこに行ったんですか? とは訊かない。
『何、興味あるの? 私の行き先』とか宣いそうだからな。
出されていた課題は、全て済ませて提出済みだ。ああ、もっと出しておけば良かったとか仰ったので睨んだ。
その後、上級魔術師に任命されたことと叙爵の件を話した。
それを受けて本題を切り出した。
「ついては、休学させて戴こうかと」
「へえぇ。ラルフ君は研究より超獣退治を優先するわけだ!」
半眼のあきれ顔になった。
エルフの整った顔でやられると、嫌みさが際立つなあ。
「そういうことになりますね」
開き直って対抗する。
「ふーん。そもそも君の場合は、修学院の志望動機が不純だからねえ。あぁあ、全く私は弟子に恵まれないなぁぁぁ」
反駁したくなるが、言われた通りだ。
「それはともかく、休学には反対だな。上級魔術師様ってのは、そんなに忙しいのかな?」
「ええ、エリザ教授が出される課題が結構な負担です」
「ううう。ああ課題かぁ。大丈夫! 大丈夫!」
何が大丈夫なんだ?
「今後はずっと付いてあげられるし」
???
「何と仰いました?」
「大丈夫を……」
「そうではなくて」
「付いてあげれられるの方?」
「はい!」
思いっきり睨み付ける。
「ああ、だからぁ。私、君の騎士団に入ることになったからさ」
「はっ?」
何を言い出した?
「あれ? 聞いてない?」
「初耳ですが」
「いやだって。大司教に頼んだでしょ、神官出向を!?」
繋ぎたくなかったが意味が繋がった。認めたくないな……。
「それが教授ということですか?」
「聞いてよ! その1人として加われと、教団から辞令が出たのよ。いやあ、私も学術的に忙しいんだけど!」
その行き先が誰のとこか憶えてますかね?
「流石に大司教には逆らえないからさあ」
†
「お帰りなさいませ」
修学院から帰ると、玄関ホールでローザが迎えてくれた。
「ああ。ただいま」
「あなた、どうかされましたか?」
落胆ぶりが顔に出ていたのだろう。
「ああ……」
後ろを振り返ると、ようやく教授が姿を見せた。
「ハァァァァ……でっかい家だね! まったく。これだから貴族は!」
批判に遠慮がないですね。
「これは、エリザベート教授様。ようこそお越し下さいました」
ローザが優雅に跪礼した。
「やあ、花嫁さん。こんにちは。ひさしぶりだね」
「先日は、ありがとうございました」
「いやいや。あの時の料理美味しかったしねえ。あっそうだ! あの後、学院長にこってり絞られたんだよ」
まだ根に持っているし。
「はぁ……」
珍しく顔が引き攣ってる。
「ローザ。アリーは?」
館内に居ないのは分かってる。
「はい。ギルドに出掛けました。昼前に戻ると申しておりましたが」
昼前か。昼にはまだ1時間ぐらいあるな。
「分かった。帰って来たら、公館の第1応接に来るように言ってくれ」
「はい」
「じゃあ、ここで少々お待ちを。着替えてきます」
「それは良いんだけど。あれ、何?!」
ん?
もう火は焚いてないが、奥の暖炉を指差す。
「うわっ動いた……って、あれ? 首輪。なんだ従魔かあぁ。はあ、びっくりした」
ごーーぁ。
セレナが欠伸したら、教授がびくっとなった。
†
公館に移り、ダノンを交えて教授と話しているとノックがあった。
「御用でしょうか?」
一瞬はっとなったようだが、珍しく神妙にアリーが入って来る。
キョロキョロと部屋を窺う。
「ああ、座ってくれ」
「あのう。義兄上の教授がいらっしゃっていると」
義兄上?
ダノンの前だからか。相変わらず苦手のようだ。借りてきた猫になるよな。
「ああ、目の前に座ってらっしゃるが」
「エリザベートです!」
エリザ教授が軽妙に手を挙げる。
ダノンが教授の横を指し示すと、アリーは驚いた顔のまま座った。
「この若くて綺麗な人が、教授……様?」
「まあ。あなたこそ美人じゃない。流石自慢の妹さんね!」
そんなぁとアリーは、クネクネしたが。
「でも、8歳には見えないわね」
そう言われて固まる。
ギギギと音を立てて、アリーの首がこっちを向いた。
勘違いしたのも、させたのも俺じゃない。
「アリー、挨拶!」
「あっ、アリシアです。姉がこの前結婚して、義妹になりました。おそらく自慢の妹というのは、ソフィアかと」
「ああ、だよね。花嫁さんに、似てる似てる! そもそもラルフ君と同い年くらいだもね」
「その通りです。あははは」
笑いが引き攣ってるぞ。
「オッホン! お二人とも座られよ。さて、アリーに来て頂いた理由だが」
ダノンが話を戻す。
「あっ、はい。すみません」
「この前話した件だ。大司教様にお願いした神官を騎士団へ派遣頂く件だ」
「はあ」
「こちらのエリザ教授が、その神官のお1人だ」
「まあ!」
アリー、そう言いたいのは俺の方だ。
「そうなんですか?」
「いやあ、敬語はいいよ! 私はラルフ君の教師ではあるけど、アリーちゃんの先生じゃないし」
「ああよかった。さっき、失礼なことがあったら、晩御飯抜きって言われたんで……」
「あははは。アリーちゃん面白いね」
「いやー先生には負けます」
「ああ、そうだ、エリザちゃんって呼んでくれると嬉しいな、そんなに歳も離れてないし」
そうだろうか?
「エリザちゃん……」
俺の方を向いた。
肯くと嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、エリザさんで」
「いいよ!」
両者とも笑顔だ。変わり者同士で馬が合うようだな。
まあその度合いでは、俺は人のことを言えないが。
「さて、教授」
「はい」
「このアリーは、騎士団の救護班の長です。故に……」
「彼女の部下になれってことですよね」
「よろしいですな」
「ああ、はい」
「ちょ、ちょっと! 確かにそのつもりだったけど、エリザさんの方が……」
俺の方を向いた。
「そうはいかん」
「うん。そうそう。私……と、もう1人、光神教会の神職は支援だから。責任者はアリーさんじゃないとね」
物分かりが良いのか? 責任を持ちたくないのか? 両方か?
「うーーむ」
アリーは考え込んだ。
「義兄上の先生で、私の部下……ややこしいな」
「活動中はちゃんと仕えます」
「よろしくエリザ教授。無論講義を頂いているときは、師弟の礼を取らせて戴きます」
「はい」
まあ、この調子が続けば良いが……。
いずれにしても、教会からの借用だ。全て支配下に置くことはできないだろう。まずは救護班別動隊として役に立ってもらうだけで十分と考えるべきだ。
「では、今後はエリザ殿と呼ばせて戴くが、ああアリー」
「はい」
「エリザ殿は緊急時に備えて公館内の宿舎に詰められる」
「というと、どの建屋に?」
「ビアンカ、テレーゼと同じく集合宿舎だ」
アリーが来るまでに、そういう話になった。
「いいの? エリザさん」
「はい。教会に入ってから、一軒家ってのは住んだことがないし、家の周りの世話とか無理かなあと」
「ついては、今後あの宿舎を女性専用宿舎とした。男性の立ち入りを禁ずる。緊急時またはやむを得ない場合は、家宰である私の許可を得るものとする」
「もう1人も女性だそうだから、そうしてくれれば安心かな」
そうなのか……。
「分かりました。じゃあ、下見されます?」
「ああ、できたら」
「では、アリー案内してくれるか? もう男子は入れないからな」
「はい」
和気藹々とした雰囲気で、2人は出て行った。
「スードリ!」
「はっ」
豪奢な暖炉脇から出て来た。
「おおぅ、居たのか?!」
ダノンの問いに肯くと、音もなくソファに座る。
「見ていたろ。どうだ? 教授は」
「はっ! なかなか油断ならぬ人物かと。私が覗いていた肖像画の仕掛けの方を何度か見ていました」
この館は、抜け穴やら、隠し部屋やらがあちこちに造られていた。
先の持ち主であった男爵がその方面の特別な好事家かと思ったが、スードリによると貴族の家は結構多いらしい。
「監視を付けるのは、なかなかに困難かと」
「いや、無用だ。多分に怪しい人だが、害意があるわけではないからな」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)