172話 人材狩り ~乗り込む~
前作「乗っ取り転生者の共鳴魔法」が100万PVに到達しました。最近はこの物語の読者の方が、ついでに読んで戴いて居るかと思います。ありがとうございます。
引き続き拙作をよろしくお願い致します。
お断り……171話の投稿時と登場人物の名前を変更しています(カーラ→カタリナ)。
あの後、テレーゼ、カタリナとビアンカをダノンに推薦してアリーが交渉した結果、3人は円満に入団した。
円満にと言うのは、ダノンが彼女達が所属していたクランの頭目に頭を下げに行った成果だ。
それによって回復系魔術師が3人に増えたのは僥倖だが、まだ足りてはいない。
今日はその解決を目指して、やって来た。
光神教会ミストリア教区教団本部。
光神教会。
その運営機関である同教団は、多くの魔術師を抱えている。特に回復・治癒系魔術の使い手である神職が多い。
俺は神学系でではあったが、修学院生活ももうすぐ1年だ。教授連の多くが教団職員を兼ねていることもあり、教団内部の情報も少なからず伝わってくる。
教団の神職の重要なる素養、それは霊格値だ。
その高低は生まれながらに備わるところが大きい。
基礎学校入学前の検査として幼児達の魔導検査を行うのは、人材を揃えるべく素養を見極めて分別し英才教育を施すため、というのは暗黙の、そして教団の大方針だ。
そうして集めた教団に属する魔術師は、一説に依れば全魔術師の5割に達すと言うが、修学院の神職科をその目で見てもさほどの誇張は感じられなかった。
だがこの偏在は、市井に不足することを意味する。
結局のところ、ここから目を背けていては人材不足の解決はない。
とは言え、ここは手強い。
王都大聖堂脇にある建屋の応接室に通された俺とダノンは、我が国における頂点にいる大司教と面談を待っているのだが、30分程刻限が過ぎていた。
「流石は王都。その拠点ともなると、立派なものですな」
「そうだな。だがよく見てみろ、しっかりと手入れはされているが、調度や内装は質素だ」
「なるほど確かに、そこはスワレス領と変わりませんな」
光神教会の美点の1つだと思う。
「それにしても遅いですな。大司教殿は」
「まあ。無理を言ったのはこちらだ。文句を言わず待とう」
事前に時間が取りづらいと言うやんわりとした断りに逆らって押し掛けている状況だが……来られたか。ん?
ノックがあり白い法衣を着た痩せた男が入って来た。
2人で立ち上がると顔が目に入る。
げっ……。
会釈すると会釈で返される。
「ああ、大司教は別の来客の面談が長引いておりましてな。代わりにお話をお聞かせ願いましょう。久しぶりだな、ラングレン君」
そう、学院に乗り込んできて、転科を強制しようとしたあの理事だ。
「はい。司教座下もお元気そうで、なによりです。こちらは家宰のダノンです」
「初めまして。お目に掛かれて光栄です。あの、お二人は面識が?」
「ええ。修学院の生徒だった彼とは、面識がありますよ」
だった、って。
「あのう理事。私は在学中なのですが」
「そうなのかね? 上級魔術師に成ったと聞いたが。それはともかく、本日お越しの御用向きは何でしょう?」
この前よりも、明らかに不機嫌なんだが。
「ああぁ、そちらにつきましては、私より申し上げます。この度、主人が騎士団を率いることになりまして」
「はあ……」
「光柛教団に現場医療の面でご協力頂きたく、お願いに参りました」
眉が吊り上がり、皺が険しくなる。
「教団としては、超獣の対応について、これまでもミストリアへ多大な貢献をして居りますが。この上、どのような協力と言われるのか? そもそも、君が知らないとは思えないが」
司教が俺を睨み、ダノンも微妙な表情となった。
「知っていますよ。超獣が滅した後、現地の人々を治療し、癒し、身罷った方々を葬る献身的な活動を地道にされていることは」
授業で聞いただけではない、神職科では度々奉仕者の動員を掛けていたことも知っている。だからこそ、ここには来づらかったし、それでもなお来なければならないと思っていた。
「本当に知っているのかね? 上級魔術師達が、超獣の駆除という名の下に、どれだけ出現地の民に犠牲を強いているか?」
「むう……」
横で聞いてたダノンが唸った。
超獣はなぜか都市を目指す。
理不尽にも人口密集地で昇華しようとする。
深緋連隊の使命は、超獣の駆除、放逐、進撃の妨害だ。民衆の保護は結果論だ。優先順で言えば何段階か下の方、余裕があれば守ろうとする程度に過ぎない。
彼らは使命のためならば、人里においても躊躇なく上級魔術を行使し、大破壊をもたらす。
村人が居ようと居まいとお構いなしにだ。
それどころか足場を作る為、林を焼き払い村を打ち壊す。立ち退きを渋る村民を部隊を使って追い散らす。無論刃向かってくれば排除する。
都市の住民にとっては英雄だが、それ以外の民には連隊の軍服の緋色は血で染められていると怖れ忌み嫌われてもいる。
「それを一切省みることなく破壊を繰り返した惨状を、誰が尻拭いをやって来たのかを知っていて、上級魔術師となるとは。やはり、無理矢理にでも神職科へ転科させるべきだったな」
「お言葉ですが、主人はただ超獣の駆除や進撃の阻止を目指すものではありません。回復魔術師を含む騎士団を結成したのです。ですが、その陣容は十分ではありません。それゆえ……」
「それゆえに? まさかとは思いますが。その尖兵となり得る人材を教団から提供せよ、などと口にされることはありますまいな?!」
司教の口角が歪み、ダノンがぐっと詰まる。
気になって感知魔術の制限を弛めると、デイモスの情報が流れ込んできた。
霊格値も高いが、聖属性で魔力上限値が500近くある。彼自体回復・治癒系の魔術師に違いない。痩せて居るのはその所為か。
それに彼が上級魔術師を嫌っている理由は、大体察しが付いた。
「そこを。敢えてお願いに参りました」
「ラングレン君! 君がいくら……ん?」
ノックがあって、別の僧服の男が入って来た。
見覚えがある。
「大司教」
「ようやく、前の面談が終わりまして。遅くなりまして、申し訳ありません」
再び立ち上がって会釈する。
修学院で説法をされたのを、遠巻きながら見たことがある。
「ご多忙の中、ご面談戴きありがとうございます」
「いえ。先頃、上級魔術師に成られたという、ラルフェウス・ラングレン卿と伺いましたが」
「はっ! 仰る通りにございます。こちらは家宰のダノンです」
「さればデイモス司教。ご用件を承られたか?」
「はい。我が教団の神官を彼らの麾下として貸し出せとのことでした。一顧だにする必要はありません」
「ほう……」
大きな眼だ。その黒く深い瞳で俺を凝視した。
「それは、またなぜか?」
「なぜ? ……我等教会の者は、広く世界を見渡しても軍兵の一員と化した例はありません」
「なるほど……」
背が高く朗々とした声は良く響いた。貴族とはまた違った気品が漂う。診るまでもなく霊格値の高さが感じられる。
「したが……」
「はっ?」
「ラングレン卿は軍には属さず、その手で騎士団を率いると聞き及びましたが?」
「はぁ?」
デイモス司教は本当に知らなかったのか?
「上級魔術師が軍に入らない? そのような……ことが。ありましょうか?」
「ああ、先日内務卿と面談致し……」
面談……内務省の役割として、貴族の掣肘と共に各種団体、特に宗教団体の懐柔がある。その線か。
「そう伺ったが……如何かな?」
「御意」
「うむ。それで、内務卿はラングレン卿を修学院にて育成されたことに対し、教団に深く深く感謝の辞を述べられ、この先も是非ともよろしくと仰せられた。今こうして会うはなかなかの巡り合わせと見える。まあ、それは良いとして。デイモス司教が反対の理由、他には?」
「はい。教団に人材多しと雖も決して余っているわけではありません。この上貸し与えるなど思いも寄らぬ事」
「はは。司教はこう見えても、若い頃各地の超獣被害地を巡りましてな、その治癒力を発揮して教団内へ功名を響かせた御仁。それゆえに、現場を肌身で知っている、いや思い知っていると言った方が正しいか。いずれにしてもその司教が申した人余りなしとの言、重いかと。ラングレン卿も修学院に身を置かれる者なれば、我等とさほど立場に違いはありません。どのようにお考えか?」
「ではお言葉に甘え、腹蔵なく申し上げます。人余りなしとの状況、司教殿の仰る通りかと……」
「ほう?」
司教が声を上げ、隣のダノンが眉を顰めた。
「そして、このままでは、いつまで経っても状況は変わらぬでしょうな」
「んん?」
「このままとは?」
「はい。超獣を排除する者、人々を救う者。この2者の意思疎通ができねば、徒に被害者が増え、故に救護の機会が減ることなく、人材の窮乏が続くことでしょう」
「むむむ。そなたは! 我等が悪いと言うのかぁ!?」
「さて……幼き頃、隣村で超獣が昇華した時、30人程の重軽傷者が出ましたが、光神教会の神官団が駆け付けてきて下さったのは4日後でした」
「なっ……」
「神官団が来られたときには村人共に心から感謝したものです。また昇華に間に合いはしませんでしたが、深緋連隊が隣村に達したのは、次の日の昼です」
「何が言いたいのか?」
「先に言った通り、感謝しております。またその4日間にて、新たに死亡した者も居りません」
「運が良かったと?」
「はっ、光神様の思し召しかも知れません」
「あははは……。先日、ラングレン卿を洗礼した大司祭エルディアを通じて、シュテルン村司祭ダンクァンに問い合わせ致しました」
背筋に冷たい物が走る。
大司教。なかなか恐い人のようだ。それにしても……。
「エルディア司祭様は、ああいや、大司祭様は王都にいらっしゃるのでしょうか?」
「ええ、北街区のサンプトン大聖堂に居りまする。その返書に拠れば、373年インゴート村の重軽傷者を救ったは、齢8歳の2人の魔術師。ラルフェウス・ラングレン卿と先頃義妹となったアリシア殿に相違ないと」
「まっ、真ですか? 大司教」
「ええ。その1人が言われること、我等も虚心から伺わねばならぬ」
「教会のご尽力、並々ならぬことは存じて居るがゆえ、少しも無駄とせぬよう。またこれが第一義ではありますが、神官を派遣を迅速とすべく、我が騎士団と共に現場に到達せしめます。救える命を増やせないかと、3人の巫女を向けておりますが。まだまだ足りませぬ」
「ほう……なかなか良いお考え。いかがであろうか? デイモス司教」
「はあ、さりながら……最低限何人必要であろうか?」
「できますれば、まずは2人以上でお願い致したく。成果あると見た場合はお増やし戴ければ幸い」
「まっ、まあ2人であれば、何とか」
司教が額の汗を拭う。
「うむ。決まりましたな」
「ありがとうございます」
礼を申し上げると、大司教は穏やかに微笑んだ。
「ただし、派遣する者達につきましては、僧服にて活動させたいが」
そう来たか。
功績があれば、教会の功績にもなるということか。
別段独占する気もないし、そもそもまだ上げていない。
それに必ずしも悪くない話だ。
名も知らぬ騎士団よりも、神職の方が気も許せるだろうしな。光神教は他宗教と折り合いが良いところの1つだな。
「承りました」
「それは重畳。では至急人選を進めさせて戴きます。しからば、次がありますゆえ」
「お時間を頂き感謝申し上げます。では我等は、これにて失礼させて戴きます」
立ち上がり、応接室を辞した。
†
「大司教。神官出向の件、本当によろしいので?」
「あの者が申したこと、可能性大いにあり。その成功に教会の息が全く掛かって居らぬとならば、教会の権威は相対的に失墜するやも知れぬ。故に投資と思われよ」
「承りました。ところで、人選には既に心当たりがあるように拝察しましたが?!」
「ああ、1人はな。もう1人は任せる、ああ女性が良かろう」
「はぁ……あっ、はい」
お読み頂き感謝致します。
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訂正履歴
2020/07/05 スワルス→スワレス
2021/05/09 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




