170話 一時帰郷
しばらく帰っていない郷里に帰る時って、嬉しくもありますが、億劫でもあるんですよね
「これを、お義母様にお持ち下さい」
ローザから折りたたまれた薄紫の布製品を渡される。
「ああ」
お義母様とは、俺のお袋のことだ。
つまりこれは土産だ。これから、スワレス領に向かうからな。
俺は手に持った物が、何かは分からないが。贈られた方は分かるだろうから問題ない。
「こちらは、お義父様に」
小さい木の箱だ。
「何が入っている?」
「ペンです」
「ペン? 開けてみても?」
「どうぞ」
開けてみると、ペン軸とさらに小さい箱だ。軸の方は中程が琥珀の細工でできており、とても綺麗だ。小箱はペン先だろう。
「ほぉ……」
ローザにしては渋い趣味だが……。
「モーガンが奨めてくれました」
やはりな。
「そうなのか。なかなか品が良いな。親父さんは筆まめだから悪くない」
「ええ、そう思いまして男物は委ねました」
爺様と婆様向けの物も渡される。
先程の食堂での準備に加え、居間のテーブルの上に置いてある物を残らず魔収納に入庫した。
「ローザも連れて行ければ良いのだが。それはともかく、これで準備万端かな?」
ローブを着せてくれる。あっ、忘れていた。
「はい。よろしいかと……あぁぁ」
抱き寄せて唇を塞いた。
「行ってくる」
気は重いが……
「お気を付けて!」
†
館を出て王都転送所から飛んだのは、領都ソノール。
玄関にいた兵に伯爵様と親父さんに伝言を頼んで、城外に出た。準備の状況を見に、ダノンさんの家に寄る。
扉を開ける前から声が聞こえてくる。
「だから、こんなに一杯持っていけるわけねーだろう」
「だって、全部要るもんなんですからね。大体、これなんか王都で売ってるかどうか」
「売ってるに決まってるだろう!」
絶賛夫婦喧嘩中だった。
今回ソノールに来たのは、この2人を連れに来たのが第一の用件だ。概ね荷造りは終わっていたが、どれだけ持っていくか処分するかで争っているようだ。
とりあえず持って行くだけなら全部でも問題ないが、夫婦喧嘩に油を注ぎそうなので、明日朝迎えに来るとだけ言い残して、シュテルン村へ文字通り飛ぶ。
「ただいま」
「まあ! お帰りなさいませ、ラルフ様……ああいえ男爵様」
実家に帰ると、メイドのイネスさんが出迎えてくれた。
「ああ奥様は裏庭にいらっしゃいます」
「そうか。ありがとう」
感知魔術で分かっては居たが、一応礼を言う。
裏庭に回ると。小さな木の椅子を花壇に向かって置いて座ってる。
何やってるのかなと思ったら、画板の紐を肩に掛けて手を動かしている。そうっと近付いて背後から覗き込むと、しっかりとした筆致でパンジーを描いていた。
紫から白、黄から紫と淡い色の移ろいを色鉛筆で出しており、なかなか巧い。
「そういう趣味があったんだね」
「へっ? はっ!」
びっくりしてあたふたした後、お袋は画板を置いてこっちを向いた。
「ただいま」
「もう! びっくりした…………おかえりなさい! ラルフ。ああ、おめでとう」
何度も賞賛と共に抱き付かれた。
気が重かった、理由の一つだ。
「よかったわねえ。男爵様になってぇ」
髪の毛をくっしゃくしゃにされながら……。
「本当にローザちゃんのお陰ねえ」
仰る通りでございますが、ご自分の貢献はなかったということでよろしいのでしょうか?
「ああ」
「だってねえ、ローザちゃんは、あなたが生まれてすぐに大物になるとか、立派になるとか、ずっと言ってたからねえ」
確かにな。何を確信していたか知らないが、そう言ってた。
少し恐いぐらいだった。
「くっつけてあげた私にも感謝するのよ!」
へえへえ。
「でも……これで、超獣と戦うのね」
「そのために、上級魔術師になったんだよ」
幼子をあやすように、頭を撫でる。
「わかっているわ……ラルフは特別な子。だけど私の子なのよ、少しは心配させなさい」
「……ごめん」
「いいのよ……」
吹っ切るように細く息を吐くと、いつものお袋に戻った。
「ああ、そうだ。お昼食べた?」
ドリスさんと言い、お袋と言い。なぜ食事を気にする?
「向こうで食べてきたよ」
ダノンさんの家で食べたと言うと、波紋を呼びそうなのでぼかした。
「そうか、そうよね。あっと言う間に来られるんだものねえ。じゃあ、もっと頻繁にここにも来なさいよ」
意図通り、王都で食べてきたと誤認したようだ。嘘は言っていない、嘘は。
「いや。そうそう私用には使えないって。大体忙しいし。それで、あんまりこっちにも居られないので、夜はソノールの館に行くから」
「えぇーー」
「いや、お袋も一緒だよ。親父にも伝えたから」
お袋の肩が下がった。
仲は悪くないが、婆様が苦手だからな。
「ああ、そうだ。ローザから、お袋にって土産を持ってきたんだった」
「それを早く言いなさい。中に入ってお茶でも飲みながら、見せて貰いましょう」
お袋には、土産はショールというものだった。肩に掛けていた。
シルクで品が良いし、流石はローザちゃんは趣味が良いと褒めちぎっていた。
†
夕方前にソノールへ移動し、爺様の館へやって来た。
婆様に、がっちり抱き付かれて、オイオイ泣かれてしまった。
気が重かった理由その2だ。
その後立ち直った婆様が、お袋に『さあ晩餐の用意よ!』 そう張り切りだしたが。
「嫁が持たせてくれたから」
と言って、料理を魔収納から出すと、再び2人で褒め千切っていた。
「では、自慢の孫が男爵となったことを祝し、またディランとルイーザさんが育て上げてくれたことに感謝して、乾杯!」
「「乾杯!!」」
爺様の音頭で乾杯した。
「ありがとうございます」
王都から持ってきたワインを呷る。
「折角だから、ローザちゃんも連れてきたら良かったのに」
「そうよねえ。ルイーザさん」
婆様が同意する。
「そうなんだが、公務か私用か分からなくなるんだよ、お袋」
親父さんが宥める。
騎士団発足までは、あまり怪しまれることは控えた方が良い。
「いいじゃない、ディラン。だって、ついこの前まで、こんなに小っちゃかった、ラルフちゃんが、いつの間にかこんなに立派になって。私も歳をとる訳ね」
はあ……いつもの話だ。
一頻り賞賛と感謝の辞の交歓が終わり、食事も済んだ頃。どこで聞きつけたのか、バロックさんがやって来た。
「いやあ。ラルフェウス様、おめでとうございやす」
「ああバロックさん、この前もわざわざ祝いを贈ってくれてありがとう」
「そうなのか? 済まぬな、バロック」
「いえいえ。ああ、ラルフェウス様。何度も申しやすが、呼び捨てにして下せえ」
男4人でテーブルを囲み、改めて祝杯を挙げる。
「うむ。我が家の星回りはいよいよ良くなってきているが……」
ん? 爺様?
「父上、何か気になることでも?」
「ふむ。ガスパルのことだ」
「お聞き及びでしたか」
あの件か。
「うむ。当代のザリウスは浪費家で悪名を流していたが、いよいよ破綻した」
なるほど。
この前、伯爵様が話してくれていた件だ。おそらく金貸し共の取り立てが殺到したのだろう。
ほおと言う顔をしておく。
「ガスパル領の困窮ぶりは、聞いておりましたが。今は城内でも様々な流言が飛び交っています。そうだ、バロック殿! 何か聞いているか?」
「へえ。既に貴族局がエルメーダに入ったと聞きやした」
「ほう。素早い動きだな。それを知っているとは。流石はバロック殿」
「商売ってのは情報第一ですからねえ。それを怠った商人が何人も居りやす。債権を回収できないってとか。突然過ぎるとか、ガスパル家もガスパル家だが、バズイット伯爵様も酷いって憤慨してやしたねえ。ああ、アッシが言ってたとは仰らねえで下せえ」
「ふむ……何でも、男爵の妹が兄に代わって、立て直そうとしてるとか訊いたが」
「ええ、ご先代様。レイア様と仰いやすが、なかなかの美形で、領民を慈しむと評判は悪くなかったんですがねえ。なにしろ肝心の男爵様とその取り巻きが……」
爺様は、深い眼窩の奥を閉じて首を振った。
「追っ付け新領主が宛がわれるだろうが、領民が可哀想じゃなあ」
「全くです。父上」
確かに、領主の借金は棒引きになるだろうが。財政を立て直さないと、それには新たな収入源がないとなあ。
話題は流転し、夜更けまで皆で飲んだ。
† † †
翌朝、ダノンさん達を連れて王都へ戻った。
別館──王都館の隣の館に入って貰った。
ドリスさんは、空っぽの新居に着くと意外と広いと喜んだ。入庫して運んで来た大物荷物を指示通り出してやると、ラルフちゃんがいたら引っ越しもあっと言う間だわと喚声を上げていた。
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ブクマもありがとうございます
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訂正履歴
2019/03/23 物書き→筆まめ
2019/12/13 誤字訂正(ID:590176さん ありがとうございます)
2021/02/14 誤字脱字訂正(ID:2013298さん ありがとうございます)
2021/05/09 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)