168話 実力見極め
世間って意外と狭いなあと思うときが結構あります。本業の業界が正にそれですけどね。転職されても活躍される人が一杯いらっしゃいます。良い業界かも知れませんね。
「引っ越し準備はもういいのか?」
「いや、まだあっちでドリスがちまちまやっています」
ソノールへ行った明後日の朝。
応接室でダノンさん……じゃなかった、ダノンと向かい合っている。
仕える者に敬称も丁寧な言葉遣いも不要と、目の前に座った男に、何回も念を押された。
「まあ、あれは趣味みたいなものですからね、ほっとくに限ります」
うーむ。荷造りなどしないでも、全部魔収納に入庫して、こっちに来たら全部出しますからと、ドリスさんには言ったのだが。王都に持っていく物を取捨選択したいからと、時間が掛かることになってしまった。
ほっとくか……手伝いも必要だろうが。
『いやあ、そんなことやるなら、私も立ち会わないといけないでしょう』
そういって今日早朝王都にやって来たが、半ば逃避だと俺は見て居る。
おっ、来たか。
玄関ホールに出るとメイドのマーヤさんが、濃紺のローブ姿の男を迎えていた。
「やあ、バルサム。元気そうだな!」
「ダノンさん。ダノンさんなんですか?」
バルサムさんが、驚いたように俺とダノンを行きつ戻りつ見ている。
誰かは理解したが、納得がいかないようだ。
「ああ、この姿か。ヤキが回ってな、この有様だ。まあ生きて行くだけなら不便はない」
「そうだったんですか……何も知らなくて」
バルサムさんは渋い顔をした。
「いやいや、俺の話はどうでも良いが。先日御館様、ラルフェウス様の家宰になった。バルサムも仕えてくれると嬉しいが。ああ、今日のことを邪魔する気はない。私も見てみたいからな」
「はあ。 おい、ラルフ。ダノンさんのことをなぜ黙っていた」
揃って睨まないでくれますかね。
「黙ってるも何も。2人が知り合いとは、先日会った時は知りませんでしたよ」
「むう……」
「まあバルサム。演習場まで時間が掛かるんだ。道々話すとしよう」
「分かりました」
「ああマーヤさん。ローザを呼んでくれ!」
「はい」
玄関を出る
「西門まで移動しますか」
「ああ、いえ。ちょっと下がって貰えますか」
馬車を出庫する。
「馬だと?」
「ゴーレムなのか!?」
流石はバルサムさん、瞬時に気が付く。
「この御者もか?」
御者は、ひらりと降りると扉を開けた。
「レプリーと申します。お見知り置き下さい」
バルサムさんは、呆れた表情で首を振った。
「私とはゴーレムを使う目的が違うようだ」
「これがなあ……」
ダノンさんは、レプリーの背中を音が発つ程の勢いで叩いた。
俺とローザ、前の席にダノンさんとバルサムさんが乗って、馬車は走り出した。
東門では軽く止められたが、降りることもなく通過した。
「流石は、上級魔術師。乗車したまま通り抜けられるのか。伯爵並みの待遇だな」
「内郭の門は無理ですが」
「そりゃそうだろう。あの紋章で通れるのか? お貴族様だな。エドワルド殿も喜ばれることだろう」
馬車の扉の紋章のことだ。ダノンさんが、何度か肯く。
「……うふふっ」
「どうした、ローザ殿?」
「ダノン殿、あの紋章、何か気付きませんでした?」
「楯に立ち上がった狼、ラングレン家伝来の紋章だったが?」
ああ、ローザには今まで通りのしゃべり方だ。
「私も最初見たときそう思ったのですが……上げてる前足が右ではなく、左なんです」
_
あと目立たぬようにだが、頭上に環を描いてある。
前の席から、ダノンさんがこちらを振り返った。
「その表情……間違えたというわけではなさそうだな」
「実家から独立するという決意……と、いうことか?」
バルサムさんも乗ってきた。
「まだ言えませんが。分けておく必要が有りまして」
「ふむ……」
「ほう、その時はそれほど遠くないようだな」
「分かるのですか? ダノン殿」
「長い付き合いだからな……と、それにしても、この馬車。乗り心地が良過ぎないか?」
「まあ、色々細工はしてますよ」
「ふーん」
感心したのか呆れたのか。両方のような気がするな。
†
借り受けた演習場に着いた。
何も無い荒野だ。差し渡し4ダーデンぐらいはあるな。中央近くまで行って馬車を降り、レプリーごと入庫する。
「バルサムさん。どう戦うかご要望はありますか?」
「そうだな。手始めに上級魔術を、何発か……」
「おいおい何発かって!?」
ダノンさんが口を挟む。
「できるだけ、間隔を詰めて行使してみてくれ」
しかし、バルサムさんは意に介さず続けた。
「了解です。どのくらいの出力でいきますか?」
ダノンさんは目を閉じて首を振った。
「まあ、発動できるなら、適当で良い。ダノンさん、ラルフなら大丈夫なはずです」
適当って、なんだよ。
おっと。
「ローザ、あれを使ってくれ!」
バルサムさんに怒りの視線を向けていた、ローザの機先を制する。
「はい、あなた」
ダノンさんが訝しむ中で、ペンダントを取り胸元から引っ張り出すと、飾りの蒼い魔石に触った。
魔石が耀き、ブーンと低周波音を上げながらローザを包み込む繭形の光障壁を作った。そして土煙を上げながら地面を穿っていくと、瞬く間に首元まで埋まった。
「なんだこれは?」
「障壁用魔導具ですよ。地面に埋まることで、耐衝撃、耐熱効果が大幅に高くなります。今のところ、その大きさの魔石で30分しか持ちませんが。ダノンさんも使ってみますか?」
ペンダントを出庫する。
「おお、悪いな」
渡すと、早速首に掛け起動させた。
今回は手動起動したが、念を送ることで30ダーデンぐらいまでの距離なら俺が遠隔起動できる。あと足下が地面でないときは、埋まらない。
あれ? 障壁を叩いて何か言っているな。残念ながら、起動すると遮音されて音声は聞こえないんだよな。
「バルサムさんは、どうします?」
「不要だ」
「そうですか。では始めましょうか」
【光翼鵬!!】
見下ろすと、3人がこちらを見ている。
左手を挙げ合図をすると。
【紅蓮弾 × 乱舞!】
前方1ダーデンの地面を睨み付け、魔力を解放──
周囲の光が右腕の先に集束したように薄暗くなると、甲高い唸りを上げいくつもの赤白い箭を射出──
網膜に滑らかな輝線が刻まれていく。
極微の刻、百合の華が開くように軌道を異にすると大地が爆ぜた。
紅く白く膨らむ火半球が透明な粗密波に熔けると、宙に浮かんだ俺が見上げる程の高みまで、燃えた土石を吹き上げる。
凄まじき破裂は連鎖し、王冠の如く次々と尖った環を描いた。
轟音と土煙を従えた衝撃波が何度も去来、無意識に発動している障壁が僅かに震える。
右足下を見ると、バルサムさんも輝く腕を前に突き出して防いでいる。
次は──
身体を捻り、左を向くと。
【地極垓棘!!】
もうもうと土煙が上がる側に、岩棘が無数に繁茂するを見届けると。
【金剛迅雷!】
目映き光の柱列が屹立──
大気を裂く打撃音が次々響き、恐るべき電流が鋭棘を灼き昇華した珪素が猛烈な迅風を発すると、分に満たない過去の痕跡を薙いだ。
だが高空にまで吹き上がった暗曇には幾筋の爪傷を残したものの、全てを吹き払うには至らなかった。
まだまだ──
「もういい、もういいぞ。十分だ!」
遠雷が残る中、下から声が聞こえた気がして見下ろすと、バルサムさんが大きく手を振っていた。
ああ。もういいのか。
降下して降り立つと、ローザの光繭が迫り上がって地表に戻った
「ん? ああ、戻り方を言い忘れた」
ダノンの繭に向けて何度か自分の胸を突くと、やり方を理解したようで、彼も地表に戻ってきた。
「ふう。凄い凄いとは思っていたが、ここまでとは」
そう言いながら、太い首を竦めた。
傍らに寄り添うローザは大きく笑う。俺を信じ切っているのか、生得肝が太いのか。
その笑顔は人の気配に途切れ、再び顰めた。
ザリザリっと足音がして、バルサムさんが歩み寄って来る。
「この次はどうしますか? バルサムさん」
「いや、もう結構だ」
「結構とは?」
「ラルフの戦い方は良く分かった」
続きを待ったが、バルサムさんは黙った。
「で、どうなのか? バルサム」
「どうとは?」
「旦那様を試した結果はどうなのかということです」
ローザ。
「妙なことを仰る。ラルフを試してなど居ません。戦い方を見ないと、私がラルフの役に立つのか否か、どのように支援できるかできないのか分からないからな」
「では旦那様の能力を試した訳ではないと?」
「ローザ」
はっとなったローザは、数歩下がった。
「言うまでもないが。ラルフの能力は、上級魔術師選抜試験に合格したことで証明されている。私が試すなど烏滸がましい限りだ。とは言え、奥方やラルフには無用な誤解を与えたようだ……申し訳ない」
「俺の戦い方が分かられたならば、回答を聞きたいが?」
「はい。このバルサム。喜んで仕えさせて頂きます。よろしくお願い致します」
「それは良かった。よろしく頼みます」
ダノン、バルサムさんの肩を叩き、握手を交わした。
「さて、少し地形を変えてしまった。馴らしておくか」
「ああ、ではお昼に致しましょう」
ゲルを出してやり、その場を離れた。
†
「バルサム。御館様の魔術を、どう見た?」
「凄まじい限り。あれでまだ余力十分とは末恐ろしい限りでしょう」
「確かに。まだ本気を出されていないようだったな」
「上級魔術をあのように立て続けに、呪文も唱える暇もなく……賢者も斯くやといったところでしょうが」
「ああ。それだけに危ういところがある。未だ齢15歳だぞ。周りの者が伸びる方向を誤らぬように心を配らねばな。貴族共もなにかと干渉して来ようでな」
「ああ。それは、ダノン殿に任せます。何せ家宰殿ですからな」
「おい!」
「冗談です。しかし、空を飛び強大な魔力を誇れるともなれば、慢心されぬ方が不思議というもの」
「そうよ。踏み外さぬよう、補佐せねば……な」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/11/30 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




