166話 人材狩り ~続いて身内から~
血は水より濃いという諺がありますよね。他人より血族の方が頼りになるという意味です。そうだなあと思う反面。世の中の出来事を見るにつけ、今はそうでも無いのかも知れないなとも思えますが。
呼び出されてダンケルク子爵家へ、ローザとやって来た。
男爵に成った所為か、前の応接室から格が上がった部屋に通された。
2人でソファーに腰掛けていると、義母上とメイドのマーサさんが入って来た。立ち上がって挨拶すると、義母上が腰掛けた後ろにマーサさんと初めて見る男が並んだ。
50歳を超えているだろう。痩せ型で背が高い。総白髪を上品に撫でつけ、これまた白い髭を蓄えている。
見るからに謹厳実直そうだ。穏やかで感じも良い。
義母上が穏やかにこちらを向く。
「ラルフさん。彼が、頼まれていました家令の候補です」
やはりそうか。
「ご挨拶しなさい」
「はい。男爵様、ローザンヌ奥様。モーガンと申します。よろしくお願い致します」
こういう紹介の仕方は、俺が断らないと義母上が確信しているのだろう。考え方はいくつもあるが、彼女がモーガンを信頼しているのは間違いない。
「モーガンは、3代前から我が家に仕えてくれています。ずっと亡き夫に付いていてくれましたが、最近は城外の屋敷の総括を務めています。ちなみに彼の息子も我が家の執事ですのよ」
ああ、そう言えば披露宴で俺達に付いてくれた若い執事が似ている。
それにしても3代前からか。流石は歴史ある家とも言えるが、考えようによっては息子を人質に取っているようなものだ。
「名門ダンケルク家から、できたばかりの我が家だ。不足はないか?」
モーガンは微かに微笑む。
「お恐れながら、どのような名家も初めはございます。ラングレン家の隆興をお支えできれば仕える者として光栄です」
なかなか頭も回るようだ。義母上が薦めるのであれば才覚もあるはずだ。
「では、我が家に仕えて貰おう」
「ありがとうございます」
跪礼したので、立ち上がり手を取った。
座り直すと、モーガンが俺の後ろに回ってきた。
「よかったわ、ラルフさんが気に入ってくれて。そちらも忙しいでしょうから、すぐ移った方が良いけれど……住むところがねえ」
「お母様、手に入れました隣の館には、使用人が住む建屋もありますわ」
隣の館との間だ裏庭に面して木立があり、その向こうに一軒家3軒と大きめの長屋がある。そこのことだ。
「そうなの? ローザ」
「はい。お義母様。そうだわ。この先は、自身で差配してもらえばよろしいかと。ねえ、あなた」
なるほど。
「そうだな」
「畏まりました」
しばらくして、ダンケルク家を辞した。
モーガンを連れて館に戻る。
玄関に入ろうとしたところで、後ろ……門の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっと何! あんた誰なの?」
玄関のところで、文字通り宙に浮いたアリーが騒いでいる。無論飛行魔法が使えるわけではなく、見えない何かに乗り上げている。
サラは、少し離れて胸元のダガーに手を掛けつつもブルブルと震えながら、引き攣った顔で見ている。
「ラルちゃん、ラルちゃん。コイツが!」
はあ……。
「アリー、離してやれ」
眼には見えなくとも、何かを捕まえているのは魔術で認識できている。アリーに触られて露見しかけているところを、姿を隠す魔術を何度か重ね掛けしている。その術式が流れ込んでくる。かなり高等な隠形魔術だ。が、それに気が付くのか、アリー。
「はっ? ちょ! どういうこと、なんで?」
「いいから、離してやれ」
力が抜けると、ずり降りた
「あ、痛っ!」
芝生に尻餅を付いたアリーが、恨めしそうにこっちを睨んだ。気配が数ヤーデン程離れたが、逃げもせず留まった。
「ああ……見えて居るのは俺だけじゃない。これからは気を付けるんだな」
気配の方に声を放つ。
「もういい。さあ、みんな中に入れ」
「何、どういうこと? 誰なの? あいつ、ウチを覗いてたのよ」
「知ってる」
「はっ?」
玄関ホールに入ると騒ぎを聞きつけたのか、ソフィー達も玄関へ集まっていた。
「言っておく。さっきアリーが飛び掛かっていた見えない人間は、政府の手の者だ!」
「政府?」
「旦那様の言うことを聞きなさい」
ローザの窘めにアリーが膨れ面になる。
その横で、はぁぁぁと息を吐いたサラの肩が落ちた。
なんだ……と微かに聞こえた気がした。
何だと思っていたんだ?
それは置くとして。
「俺が上級魔術師になったからな、監視が付いているんだ」
「監視?!」
厳密に言えば超獣対策特別職になったからだが、両者を兼ねない者は居ないから同じことだ。
「姿を消して任務を遂行しているんだ。それを邪魔することは禁じられている。だから見付けても飛び掛かるな。安心しろ、この館内までは入って来ない」
「むう。じゃあ、ラルちゃんを襲おうとした賊が居ても、区別付かないじゃん!」
「殺気は無い。ちゃんと見極めろ」
「ぶーーー。んん、誰? その人は?」
モーガンの方を睨んで居る。
「紹介しておく。彼は、先程我が家の家令になった」
「家令?」
ソフィーが首を傾げた。
モーガンが一歩前に出る。
「はい。この度ご当主様と、奥様にお仕え致しました。モーガンと申します。皆様よろしくお願い致します」
胸に手を当て敬礼した。
「ソフィアお嬢様。ちなみに家令と申しますは、仕える家の財産、事務、会計、使用人の管理をする者のことです」
ちなみに、私領があればその管理や経営も行う。俺は宮廷男爵だから領地はないが。
「へえ……あっ、私の名前!」
情報が行っていたのだろう。子供はソフィーだけだしな。
「よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ!」
うん。ソフィーは素直で良いな。
「ソフィー以外も紹介しよう。その後ろが、ソフィー付きのメイド、パルシェだ」
「はい」
「よろしくお願い致します」
今度はパルシェの方が挨拶した。まあ彼女の上司になるからな。
「さっきからうるさかったコイツはアリー、アリシアだ。俺の義妹というか、ローザの妹だ」
「よろしくお願い致します」
「それで、こっちに回って……サラ、サラスヴァーダ。俺がやっている冒険者クランの一員だ。この館に住んでいる」
両人が会釈し合った。
「それから、メイド頭の……」
「あの旦那様。モーガンさんは知り合いというか、私の遠縁の者です」
マーヤとそうならマーサさんともそうなんだな。知らなかった。
「そうか。最後に。おーい!」
ホールの奥の方に寝そべっていた、蒼白いウォーグが立ち上がった。
小走りでこっちにやってくる。
紳士然としていたモーガンの眉が吊り上がった。
「セレナだ」
じゃれついてきたので、頭から首筋を撫でてやる。
「はあ……」
「ここだけの話だが。セレナは聖獣だ!」
「あの、聖獣と申しますと?」
「モーガン 食べない から 大丈夫」
「くっ、口を……」
モーガンは顔を引き攣らせている。
「ああ。人間の言葉を理解できるし、まあまだ片言だが、喋ることもできるんだ。仲良くしてやってくれ。セレナもな」
「わかった」
撫でるのを止めると、再びゆっくりとホールの奥の方へ歩いて行った。
「驚きました、てっきり魔獣かと。そうですか聖獣というのですか……ああ、館の外では、このことは漏らしません」
「ああ、よろしく頼む。ああ皆、紹介は以上だ」
「ソフィー様。お勉強に戻りましょう……」
「ええぇぇ……わかった」
俺の方を向いて構って欲しそうだったが、仲良しのパルシェの言うことは良く聞く。階段を昇っていった。
「じゃあ、ローザ。モーガンをこの館と別館……その内に名前も変えるが、案内してやってくれ。この館は手狭だからな上級魔術師の活動はそちらになる。モーガンの執務室もな」
「はい」
「あっ! 私も別館見たい!」
「ああ……できましたら、私もよろしいでしょうか?」
アリーが手を挙げ、サラが続いた。そう言えばまだ見てなかったか。
「では4人で視てくると良い。ただ今も工事してる。くれぐれも邪魔するんじゃないぞ。アリー」
「なんで、アリーちゃんだけ? って、ラルちゃんは行かないの」
「ああ、俺はまだ用があるからな、これから出掛ける」
「あなた。お戻りは?」
まだ昼前だし、今日中には帰ってこれるだろう。
「夕食までには帰る予定だが、18時を過ぎたら先に済ませてくれ」
「はい。お気を付けて」
「うん」
軽く頬にキスすると、その場を後にした。
門を出ると気配がある。
「……スワレス伯爵領へ行く」
呟いて都市間転送所へ向かった。
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訂正履歴
2020/07/05 スワルス→スワレス
2021/05/09 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




