164話 アーク・ウィザード叙任
いよいよ、ラルフ君が上級魔術師になります。
と言うことで、9章開始です!
本文で出て来る掛帯:ストラは、カソリックの司祭が礼拝の時に首に掛ける帯です。
土曜日の午後、ダンケルクの義母上に会って上級魔術師選抜試験に合格を報告したところ、非常に喜ばれた。
丁重に礼を申し上げて帰ろうと思ったが、そうはならず。逆に我が館の皆を呼び寄せて、内々の祝宴となった。
月曜日の午前中には官報にて合格者が発表され、俺ともう1人、ダイナス・フェイルズという軍人が記述されていた。
いつものように修学院へ登院していたので、昼前に俺とバナージ先生が院長先生に呼び出され、官報の件を知った。エリザ先生は、今週どこかへ外出されると聞いていたが、やはり不在だった。試験に行く為に学院を休む前から会っていない。
呼び出されたついでに、今後のことを相談した。
しばらく休みがちになること。それが過ぎても、上級魔術師を優先するため、休学すら視野に入れざるを得ないことを説明した。
結構神学生を気に入っていたので、放院されるかもという覚悟がいる説明となった。
それに対しては、エリザ教授の意向が分からないので決められないが、修学院として最大限の便宜を図ると約束してくれたので安堵した。
その後、教室に戻ったところ、あっさりバナージ先生が官報のことを皆に告げたので、授業中だと言うのに大騒ぎになってしまった。
同日午後。冒険者ギルドに行くと、ホールの掲示板に官報と共に紙で大書されていた。
本支部所属のラルフェウス・ラングレン上級冒険者は、光神暦381年上級魔術師選抜試験に合格されましたと。
アリーと肩を下ろして見ているとサーシャさんに捕まった。元々狩りに行く気はなく支部長に報告する気でいたのだが。職員とそこに居た一部の冒険者から大きな拍手を頂きつつ、支部長室に連れて行かれたのだが。結局そのまま近くのレストランに連れて行かれ祝宴になってしまった。
木曜日。
前日に内務省から使者が午後お越しになると先触れがあったので、待ち構えていると我が家の前に馬車が止まった。
使者が玄関ホールまで来たので、跪いて伝奏を聞いた。
『詔。ラルフェウス・ラングレンにミストリア国男爵を叙することに決した。光神暦381年2月9日』
詔か。国王のご意志だ。
『ははあ。謹んでお受け致します』
『うむ、続いて事務連絡を伝える。明後日10時より、2月度爵位授与式を挙行する、ついては王宮西苑へ参内すること。なお迎えの馬車を差し向けることもできるが、如何であるか?』
『はい。迎えをお願い致します』
『では、8時30分までに当館に差し向けるので、それに乗って参内するように。なお同行者は、配偶者相当1人までとする。また諸注意の冊子を渡すゆえ、これにしたがって準備なされよ。伝奏事項は以上である』
『ご使者には、ありがたく存じます』
†
怒濤の一週間が終わり、今日。土曜日となった。
俺とローザは遣わされた馬車に乗って、内郭に入り王宮に向かう。
正門前広場を通り過ぎて、青銅でできた柵の続く道をずっと右手に見ながら西苑御門前へ向かう。柵の向こうには、よく手入れされた芝生と木立が透けている。さらに100ヤーデン以上先には白い物があるが、おそらく屋根だ。
10分も走ってようやく門が見えた。
そのまま回り込んで、衛兵が敬礼する門を通り抜ける。
「あちらに、林があります」
ローザの言葉に右の車窓を除くと、確かに照葉樹林が広がっていた。
狭い王都の中で、これだけの地所を使うのは最高の贅沢と言えるだろう。
しかし、金はさほど掛かって居ない。人手と時間は掛かっているだろうが。
幾重かに折れた路を辿ると、壮麗な殿舎が見えた。全て大理石でできているのだろう曇りのない白亜の壁。王宮に相応しい構えだ。
客が降りたのであろう、前の馬車が去って行く。
正面の玄関に横付けされた。扉が開いて降り、ローザの手を牽く。
「ラルフェウス・ラングレン殿、ご入来!」
俺達の到着を告げる声が、長く続く廊下に響き渡った。
1人の執事が近付いてくると、青く染められた帯を恭しく差し出した。
あれか。
先日の使者がくれた冊子に書いてあった。
「掛帯です。あなた」
叙爵される者の印だ。
「ああ」
ローザが受取り、俺の肩に掛けてくれた。
穏やかな笑顔に肯く。
50ヤーデン程歩き、着いた控え室には先客が居た。
俺が最近誂えたジュストコートなのにも拘わらず、そこに居た男、6番さんは相変わらず紅白模様の軍服を着ていた。
若干の変化は、俺と同じように、玄関で受け取ったのだろう掛け帯を下げていることぐらいだ。
こうして見ると帯の中央に刺繍で書かれた文字が良く読める。ミストリアの言葉ではなくラーツェン語だ。
「我……いや。朕に跪くこと及ばず国家に忠誠を捧げよ、か」
4代前の王の言葉だな。
つまり、彼も今日の式典で叙爵されるのだ。1人か……連れは居ないようだ。
なかなか気まずいな。が、しばらく待たされるようだし、ずっと無視もできまい。
略礼をすると向こうも軍礼を返してきた。
「お久しぶりです。ラルフェウス・ラングレンと申す」
横でローザも軽く跪礼した。
「ダイナス・フェイルズだ。よろしく頼む」
しゃべり方はやや朴訥とした感じだ。
「お知り合いですか?」
「ああ、こちらは妻のローザです。あちらは。陸軍近衛師団の中尉さんだ。契約で詳しくは言えないが、試験でご一緒した」
「と言うことは、中尉さんも上級魔術師になられるのですね。おめでとうございます」
「ああ、いや。どうも」
ドギマギしているようだ。
まあ、やや襟刳りの大きい衣装だからな。
立ち上がったときに、少し右脚を庇うような動作をした。
「あのう。脚を?」
確かに話題がないけどな、ローザ。
「ああ、大事ありません。先日の試験で負傷しましたが。間もなく完治します」
「それはようございました」
「はい。ラングレン卿は、負傷されなかったのですか?」
「ええ。幸運にも」
「それはよかった。ああ、ラングレン卿」
「はい」
「上級魔術師に成るのは同じ日だが、軍では本官が先任となる。何かわからないことがあれば、何事によらず尋ねられよ」
はっ? ああ……。
「ご親切にありがとうございます。しかしながら……」
「んん?」
「俺は軍に入る気はありませんので」
数瞬反応が遅れた。おそらく、俺が予期せぬことを言ったからだろう。
当然これを機に、俺も典雅部隊に入隊すると確信していたのだ。
俺がと言うよりは、須く上級魔術師はそうすると思っていたことだろう。
何度か瞬いた。
「なっ! では、特別職に志願されなかったのか?」
ああ、そう考えるか。
「いえ、志願はしましたので、その内……「貴公!」」
突然遮られた。
「はあ」
「超獣退治の現場を、知っているのか? いや知るはずがない!」
俺の返事を聞く前に断言されてしまった。
対向して、さっきまで柔和だったローザの雰囲気が切り替わる。宥めるべく彼女の手を取って握った。
「分かっているのか。上級魔術師と雖も1人で超獣を斃せるものではない。助ける者が居る、物資が要る、それを運ぶ者も要る。補給を怠るのは命取りだ! 軍に入らずして、どのようにする積もりか?」
「物資を運ぶだけなら魔術でいくらでも」
「ふん、そのようなことに貴重な魔力を消費するとは、魔術師の基本すら……」
「失礼致します」
扉が開き、女官がお茶の用意を持ってきた。
それぞれに給仕して出してくれると、部屋を辞して行った。
この後、舌戦再びと思ったが、ダイナスは身体を背けると次に迎えが来るまで押し黙っていた。
まあ真面目な人なんだろう。
ただ。自分の考えから外れた者は認めぬ頑なさは少し恐いなと、その時は少し感じただけだった。
†
10時から式典開始と聞いていたが、大広間に誘われたのは11時を回った後だ。
既に多くの列席者が部屋を満たしており、直参の男爵以上が列席を許されているとのこと。
「ダイナス・フェイルズ殿!!」
入来者の名が呼ばれると、満座の中を先導が列席者を掻き分けつつ進んでいく。
はあ……今日は多いですねと、それを見ていた俺達の先導が零す。
「ラルフェウス・ラングレン殿!!」
俺達が部屋に入ると、広間に大きな響めきが起こった。
ローザの手を牽いて一歩二歩と進むと、人垣が一斉に開いて道ができた。
ささ、今の内にと言われ前に進むと、大きな拍手が巻き起こった。
なんだろうか……。
人垣を通り抜けると、ようやく拍手が止み、上々段に肖像画で見たことがある人が目に入った。
クラウデウス6世、国王陛下だ。
すぐさま目線を下げ、その御前に進み出る。
なるほど待たされたのは、端に並んだ襷掛けの人達の式が先にあったからに違いない。俺達とは異なり普通に叙爵または陞爵された貴族達だ。ただし、伯爵以上は別途半年ごとに式典があるそうなので、あそこに居るのは、子爵または男爵だ。
「続きまして、上級魔術師に成られる方々です」
おっ、あれは。
右側に進み出てきたのは、内務卿サフェールズ侯爵閣下だ。
貴族の管轄は内務省貴族局だからな。
「ダイナス・フェイルズ!」
「はっ!」
応えた男は2歩前に出て跪いた。
「ミストリア国上級魔術師および特別職に任じ、これに伴って男爵の爵位を与える。なお爵位に対しては、領地ではなく金銭をもってす」
はいはい。訊いていた通りだ。
玉座脇の台の上に乗った巻紙を、陛下が持ち上げると内務卿が押し頂いて受け取った。
それを跪いたフェイルズに授与した。
「ありがたき幸せ」
立ち上がって俺の横に戻ってきて再び跪く。
「ラルフェウス・ラングレン!」
俺の番だ。
「はっ!」
同じようにして巻紙を受け取った。
ふう。終わった、終わった。
「なお、ラングレン卿は軍籍に非ず。故に騎士団を組織せよ!」
んん、騎士団?
サフェールズ候がよく分からないことを仰った。が。
「はっ!」
とりあえず、もう一回承諾する。
肯いた侯爵閣下は、王に向かって略礼すると廷臣の列に戻った。
「以上をもちまして、2月度……「ああ少し待て!」」
陛下だ! 陛下が遮った。そして立ち上がる。
式次第にも書いてなかった事態だ。
「両名とも面を上げよ!」
お言葉だ。顔を上げて、陛下を見る。
「今年は2名の合格者が出た。喜ばしいことだ。両名とも励め!」
ありがたいことだ。そう思ったが、それで終わらなかった。
そのまま膝高の段を降りて、陛下が俺達の方まで来られた。
陛下はフェイルズの前を過ぎ、俺の前で止まった。
おわっ!
肩を結構な力で叩かれた。
「イーリスがそなたのことを申していた。いつか戦う姿を見せよ!」
顔を寄せて囁いてきた。
はっ?
あの聖獣と陛下が? いつかって、何時だよ?
驚いている間に段上にお戻りになると、そのまま大股で歩き、左にある扉から退出された。
その後を内務卿が付いて行く。
びっくりしたぁ。
「でっ、では。以上をもちまして、2月度爵位授与式を終わります。以降懇親会となりますが、ゼルフェス子爵様、フェイルズ男爵様はご公務があり、ご退出されます。盛大なる拍手をもちましてお送り下さい」
叙爵された2人と残りの軍人が拍手と共に退出していくと、俺とローザは列席者達に取り囲まれた。
† † †
章の区切りです。
ご評価、ご感想をお待ちしています。
† † †
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/09/11 誤字訂正
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




