163話 合格通知と波紋(8章最終話)
うーむ。なぜか、この物語と実生活が不思議と同期しているんですよね。先週、とある試験受けました。結果も同期しましたけど。
少し短いですが8章の区切りとします。
2次実技試験が有った週末。
再び南街区にある、スパイラス諸組織合同館舎を訪れた。行き先は魔術師協会本部だ。
この前受付をやっていた女性が、応接室へ案内してくれた。
しばらく待っていると、白い髭を蓄えた男が入って来た。
立ち上がって会釈する。
「ああ、良く来てくれました。ラングレン卿。どうぞお掛け下さい」
テレスター協会総裁と対面する。この間、選考会場で見かけて以来だ。
「さて、お越し頂いた理由は他でもありません。先日受験頂いた上級魔術師選抜試験の結果をお伝えすることが目的です」
にこやかだ。
「はい」
「私の表情でお分かりになると思いますが、ラングレン卿は合格されました。おめでとうございます。来週月曜日に官報で発表されます」
「承りました」
「流石はラングレン卿。確信していましたね?」
「ええ」
それ以前に、ここに呼びつけられた段階で合格だということは分かっている。不合格者は手紙で連絡があるだけだからだ。
それに、聖獣から当日宣告されたからな。彼女がどれほどの権威を持つかは謎だったが、品格が相当高かったからな。
「そうでしょうね。選考委員からは、全く異論は出ませんでしたからね」
一応選考結果は委員会に掛けられるとか聞いていたが。
「ああ、試験内容は機密となっていますので、この辺にしましょう。それでは、ご存じとは思いますが、合格者には選択して頂く事項があります。そちらを説明します」
肯く。
「上級魔術師選抜の大きな理由は、超獣に対抗頂く人材を見つけ出す、つまり同特別職を増やすことです。したがって、これに志願されるか、否かをまず選択して頂く必要があります。なお特別職の任期は3年間です」
「はい」
「これは協会と直接関係ありませんが。特別職を志願された場合は、大いなる危険の代償として国王直参男爵に叙爵されます。宮廷貴族と言うことですね」
要するに世襲できない、領地は持たない貴族のことだ。
「なお2期特別職を全うされますと、一代爵が与えられるのが通例です。もちろん功績によっては永代爵、子爵、伯爵と陞爵される例もございます。逆に任期中に所定の功績を挙げられませんと、特別職を更新されない場合もあります」
そういえば、館に来た電光バロールは子爵様だったな。
「なお志願されない場合は、名誉男爵に留まります。ラングレン卿は既にその爵位をお持ちですが、それは変わりません。言うまでもありませんが、前者は男爵の歳費が支給されますが後者にはありませんので、そのお積もりで」
聞いていた通りだ。
歳費はともかく。
「何か質問はありますか?」
「はい。特別職に成れば、都市間転送の使用資格が与えられると聞いていますが」
「はあ。これも協会が答えることではないかも知れませんが、仰る通りです。特別職ご本人と、上限員数未満の関係者の方に供与されます。詳しくは、そうですね。内務省の担当にお尋ね下さい」
「分かりました」
「他にご質問は?」
「いえ、ありません」
「では、こちらは合格通知書3通と超獣対策特別職の志願書です。志願書については恐れ入りますが、任命の式典日程もありますので、3日以内に選択して署名の上、返送をお願い致したく」
「ああ、選択は決まっていますので、今書いてもよろしいですか?」
「なるほど。軍の場合は上官への根回しが必要ですが……ラングレン卿の場合はそうではありませんよね。結構です。どうぞお願い致します」
封筒を開けて、志願書を見る。
人生を決めることだが、大したことは書かれていない。
ペンを取り出し、志願すると書き署名した。総裁に渡す。
「おお、ありがとうございました。特別職へ志願されるということで、承りました。よろしくお願い致します」
†
同じ時刻──
「それでは、情報連絡会議を始めさせて頂きます」
王都内郭南地区の陸軍統合庁舎の一角。高級軍人が居並ぶ中、厳かに会議が始まった。
楕円状に並んだ机に、連隊長以上の将官もしくは局長以上が席に着いている。
「始めに先日就任され、ここで挨拶をされる予定でしたヨハンソン参謀次長ですが……。子細は承知しておりませんが、転属願いが出されまして受理されました。暫くは予備役と成られるとのことです。したがいまして、本日のご挨拶はございません」
会議室がざわついた。
急に?
あの上昇欲の塊が、予備役?
なぜだ?
その声を上書きするように、司会が続けた。
「でっ、では議題の一つ目です。光神暦380年の陸軍予算執行につきまして、速報値がまとまりましたので、ご報告致します。主計局局長、よろしくお願い致します」
執行率は9割9分7厘と狙い通りの速報値が報告され、何人もの軍官僚が胸を撫で下ろした。これで数ヶ月後に臨む補正予算復活折衝への支障が、大幅に軽減されたと安心したのだ。
散文的な議題から始まった会議だったが、魔術兵科における新運用方式の検証結果報告で大いに盛り上がったあと、小休止となった。
「では、再開致します。次の議題は……上級魔術師の試験結果です。軍令部参事官殿お願い致します」
会議室の雰囲気が和んでいたのだろう、不規則に響めきが上がった。
「近衛師団対超獣魔導特科連隊所属ダイナス・フェイルズ中尉が、見事合格されました。来週、正式に公表されます。アンテルス中将閣下、おめでとうございます」
何人かから拍手が贈られた。
近衛師団では、上級魔術師の養成に向け予算を例年少なからず取っている。昨年の合格者0に対して今年は成果が出せた、つまり面目が立ったわけだ。
だが魔術師は近衛師団だけに在籍しているわけではない。養成は、近衛師団だけではなく陸軍を挙げて取り組んでいる。
もし、明確な予算を取っていない他師団から合格者が出たら?
それは近衛師団上層部にとって悪夢だ。ここ何年も発生していないが、辞を低くして転籍を願い出なければならない。
今年もそうならなかった。安堵の拍手だったかも知れない。
報告者は、座が静まるのを待っていた。
「それと……」
その平凡な接続語に奇妙な戦慄を惹起され、眉を顰めた者が報告者を睨む。
「……もう1人合格者がありました。合格者の名は、ラルフェウス・ラングレン。准男爵、15歳、冒険者ギルド所属です」
参事官は発言を終え、席に戻る。
会議室は、一瞬にして静まりかえった。
「冒険者ギルドだと!」
「みっ、民間人から合格者が出たというのか?」
出席者の何割か同じように憤った。残りは名に聞き覚えがあった。
「そのようなことが……何かの間違いではないのか?」
席の位置からして参謀本部所属の者だろう。
近衛師団長の背後に居た男が、立ち上がった。
ほっそりした体型に銀髪を撫で付けた伊達男は、軍人とは思えない人懐っこいさで、笑みさえ浮かべていた。
「上級魔術師選抜試験は国王陛下直轄事業です。いやしくも軍人たる者が疑念を差し挟むなど、あってはならないことです」
その言は抑揚が乏しく、口調は感情の籠もってはいなかった。が、誰もが気圧されていた。
階級は中佐。この会議室においては、さほど高位ではない。
だが彼がその気になれば、会議室を、いや合同庁舎ごと一瞬で焔に包むことができる。だからというわけはないだろう。ただ、誰もがこの男に表立って逆らうことは控える。
殲滅者の称号を持つ男。
ミストリア三賢者の筆頭──
典雅部隊第1隊隊長。
グレゴリー・ベリアル。
そう。所属こそ近衛師団だが、事実上国王直属。主上以外には手が出せぬ存在。
「でっ、では、次の議題に移ります」
誰も、グレゴリーの不規則発言を咎める者はなかった。
†
「ああ。お待たせしたね、ラングレン卿。申し訳ない」
内郭西地区にあるスワレス伯爵領王都上屋敷にある応接室で待っていると、11時を過ぎた頃、にこやかなオルディン様が入って来られた。
立ち上がって、略礼する。
「いえ。先日は披露宴にお越し頂きましてありがとうございます」
「まあ座ってくれ。ああ、なかなか楽しい宴だった。だったのだがな、ははは……」
はっ?
「あの後が大変だったのだぞ。例のご婦人の件で、兄上やら色々な線から事前に知らせておけと責められたのだからな」
相変わらず笑っているから、それほど問題があったのではなさそうだ。
「申し訳ありません」
「いや。致し方ないさ、そもそも卿も知らなかったのだからな。それで今日は?」
「はい。こちらを見て下さい」
言いながらある紙を出庫し、2人の間にあるテーブルの上に置く。上級魔術師選抜試験合格通知書だ。
オルディン様は、それをつまみ上げて見た。
「つい先程、協会で受け取ってきました」
「おお、合格と書いてあるぞ!! おめでとう、ラングレン卿!! 本当に良かったなあ」
予測はしていたのだろう。
それでも室外へも聞こえそうな大声を発しつつ、手を差し出してきた。
一瞬意味が分からなかったが、俺も手を差し出すと両側で挟まれ握手となった。破顔して喜んでくれている。
「ありがとうございます。先程、超獣対策特別職の方も志願すると書いて提出しました」
「うーむ。そうか、そうか。兄上もな。お喜び下さる! 合格を確信されていたようだが、ああ見えて心配性……ああいや、細心な御方なのだ。最優先でソノールへ知らせるとしよう。はあ、よかった」
「はい。伯爵様にもオルディン様にも目を掛けて頂いて、大変感謝しております。近日自身で伺う予定ですが、伯爵様には何とぞよしなにお伝え下さい。通知書は3通ありますので、そちらはそのままお使い下さい」
「うむ……ああ、そうだ。ラングレン主査やご母堂にも知らせたいだろう。なんなら一緒に、都市間転送便で持って行かせるが」
「はあ。オルディン様をお待ちする間、書いておきました。是非にお願い致します」
別の封筒を3通渡す。
「あはははは。手回しが良いなあ。わかった、そうしよう……これが兄上宛て、これがご実家宛て、それにこれは……」
「はい」
「ふふっん、大体分かったぞ。いい考えだと思う。ああ、そう言えば、さっき魔術師協会から直接来たと言ったな」
「はい」
「そうか。じゃあ積もる話もあるが、早く帰ると良い! 奥さんにもおめでとうとオルディンが言っていたと伝えてくれ」
「はい。ありがとうございます」
†
館へ帰ってきた。
なぜか、玄関を入ったホールに皆が勢揃いしている。
「ああ、ただいま。みんなどうした?」
「どうしたじゃないわよ!」
「アリー!」
試験でも手応えはあった、今日協会へ行く段階で九分九厘合格だと皆には伝えてあったのだが。
「ああ。合格したよ」
「よーし! やったぁぁぁああ!」
腕を何度も振り上げるアリー。
「おっ、おめでとう! お兄ちゃん!」
抱き付いてきたソフィーの頭を撫でてやる。
拍手してくれる、サラにマーヤさん、それにパルシェ。
「ありがとう。みんな」
立ち尽くすローザに寄っていく。
黒目がちの眼から、大きな涙粒がすっと流れた。
「ああ、ローザ……」
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2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)