162話 2次実技試験 決着
2次実技試験も決着させると言うことで、大分長くなってしまいました(当社比?2倍)。
「なんだ、あれは!」
鎧戸を閉め切った記録員は、映像魔導器を見て驚きの声を上げた。
膨れ上がった分身体から少し距離を取った周囲に、キラキラと輝く屏風の如き板が無数に浮かんだ。
言うまでも無く7番候補者の魔術だ!
それは分かる。逆に言えばそこまでしか分からない。
それが動き始めると、あたかもそれぞれが意思を持つように距離を詰め集結していく。
何が起こっているのか。
ああ、モザイクのように端が繋がって行く。
瞬く間に分身体を覆い囲む殻となった。
球体のように見えるが、上の方が漏斗のように尖り、全体としてはタマネギのような形になっている。
それだけでは終わらなかった。
7番が、両手を空へ突き出すと、さらに多くの光る板が再び浮遊した。さらに外側に殻となりて包み込んだ。
「こんな魔術見たことないぞ。何の意味が……」
また一層、また一層と殻を纏わせていく。
消えていった表示器のランプが最後の一つになった。
既に分身体が膨張を始めて居るはずだ。
「……あっ、始まる」
そして全てのランプが消えた。
超獣の昇華──
ヴォオオオオオーーー。
記録員が予期した爆発など起こらず、間延びした重低音が笛のように響き、光殻の上端から白煙を噴き上げただけだった。
その横に白いローブの7番は、何事もなかったように佇んでいたが、やがてこちらを向いた。
彼から吸い上げた魔力は尽きた。もう分身体は再生されることはない。
────合格だ! しかし、宣告は少し待て!
そう告げた、特別審査員の気配が忽然と消え去った。
「ちょ、イーリス様? イーリス様ぁぁぁあ」
その5秒後、記録員は聞き流した事実に愕然となった。
† † †
超獣の昇華と視てとった。
間もなく断末魔を上げながら破裂するだろう。只では済まない距離──
そう。これは試験だ。退くわけにはいかん!
あれだ! あれをやるぞ。
【深瞑】
昇華を模擬。
観えた。
ん?
爆圧が弱い。そんなはずは。
そうか! 俺が譲渡した魔力量なら、確かにこうなるはずだ──
だが不自然過ぎる。
こんな弱い爆圧で何の意味が、これでは試したことに。
俺は100分の1秒迷った挙げ句。
模擬結果を無視した。
何か裏がある──背中を駆け上る霊感をこそ重視!
深い思考域に沈み込み、魔術を編んで行く。そして脳裏で唱える。
【魔鏡殻──囲集】
高速に周波数変調を繰り返す光のかけら、魔鏡片を夥しく生成。
編み上げた目論見に則り多重並行で接合していく。瞬く間に大きな殻となって、包み込んだ。
しかし、完全に封じ込めてはいない。適度に穴が残されている
【魔鏡殻──囲集】【魔鏡殻──囲集】
殻を重ねていく、4層目……。
!
内殻第1層に高圧力反応!
来た!
予想を遙かに上回る魔界強度の極大値──
どうやって、あの魔力量で……むぅ?
疑問が晴れる前に、感知魔術が受ける情報が上書きされていった。
なんだこの勾配。
球状に広がるはずの衝撃ではなく、俺に向かう方向だけまるで槍で突くように衝撃が発生している。
その先鋭化された第1波の後は鈍った反応しか来ない。
それゆえに減衰された2層、3層に連鎖的に圧力が掛かったが、全て健在。
ヴォオオオオオーーー。
上部の逃し弁から盛大に魔力が噴き出し、一気に圧力が下がる。
爆風を極狭い立体角に集約するとは、考えすらしなかった。
魔力量が同じでも、密度を上げて障壁を破ろうとしたのか。拳より槍の方が突き通す力が強いのは当たり前だが、それを魔術でか。
まさに薄氷を踏んだ心持ちだ。
しかし、敵は俺から吸い取った魔力を使い切ったはずだ。試験はこれで……と思った時だった。
土塁の方向から猛烈な魔界強度が迫り、驚いて数歩下がった。
さっきまでの紛い物とは異なる存在感。
人間、女か?
銀髪に透き通る肌、端正にして秀麗。ほっそりとした体型に薄衣を纏った姿。
薄い光の如き翼が背中にある。
何者だ?
恐るべき魔界強度を、沸き立たせつつも内に循環させている。
───また会ったな、汝
念話──
「さて。こんな美形を忘れるとは思わないが」
いずれにしても尋常な人では有り得ない。
───ふふふ、女の扱いに如才がないな、座の高き者よ
「もしかして、砂丘の地底に居た……?」
ゲドに拠れば聖獣、それもかなり高位!
───血の巡りも悪くない、好みじゃ!
聖獣の存在を知ってから、八方手を尽くして調べたところ。150年程前、まだこの国が動乱の時代だった頃に存在したことが分かった。
人の姿を象る聖獣、名はイーリス。
「イーリス……」
───妾を知っておるようじゃな
「ええ」
───汝は見たままの人族かや?
「正直に言えば、余り自信が無いですがね」
───ふふふ、面白きかな……ならば妾と仕合え!
なっ!
刹那、紅蓮と燃え上がると、肉迫──地を蹴って避ける。
熱っ!
一気に高度を取った有翼人は、旋回し急襲。
燃え盛る硫黄塊が、いくつも降って来る。
間一髪で避け続けた火球が、大地に落ちて弾け飛び、土煙と轟音が続けざまに熾る。
【光壁!!】
───あぁはっはは!
戦いは、上を取った者が圧倒的に有利!
その優位を最大限に生かす攻撃を、次々繰り出してくる。
やってくれるじゃないか!
自分だけが飛べると思うなよ──
【光翼鵬!!】
重力を遙かに打ち克つ加速で舞い上がった。
───ほほう……飛べるとはな
火球を錐揉みして避け急迫、そして。
【電弧!】
───むぉ!
急降下で回避した対象を逐って、紫電の孤が幾重にも迫る。しかし、空の一角を電光が埋めても、ひらりひらりと身を躱す。
そして顎門をこちらに大きく開いた。
炎呼──
こちらの進路を見越した明橙色の焔が前方を塞ぐ。並々ならぬ火力に急減速して躯を捩る。
ちぃ……空中戦は、向こうに一日の長があるが──決定的な差ではない!
いつしか、宙で追いつ追われつ。魔術を拮抗させる競り合いの中、爆炎が空を染め、黒き筋雲が幾何学模様を描く。
慣性を無視する急峻な旋回の連鎖に、俺は笑いながら慣熟を実感し始めた。
内なる魔界強度を練り上げていく。
速度、魔術機動がイーリスを上回り、追い詰める。今だ──
【鮮紅炎……・・・
ふうぅ。魔力が還流して強張った肩から力を抜く。
俺が停止すると、距離を取ったイーリスも遊弋して対峙した。
───なぜ止めた?
そう。俺は上級魔術の発動を必中の間合いで中断した。
地を指差す。
そこには、大きく手を振る人間が居た。
───くっ、時間か
イーリスの魔界強度が沈静していく。
何時の間にか、俺の持ち時間を過ぎていたようだ。
───汝! 妾が超獣であったとしても、止めたかや?
「さあ……どうでしょうね」
───ふん! 任命までに決めておくのだな
イーリスは、身を翻すと土塁の方へ姿を消した。
「7番様! 2次実技試験終了です!」
† † †
2次実技試験の翌日早朝。
王宮東苑と呼ばれる政庁の一角にある部屋。
「それでは、381年上級魔術師選抜、1次および2次試験の結果を報告致します。なおできますれば本日の御前会議にて、最終結果を上奏したく存じますので、審議委員に置かれましては、ご協力をお願い致します」
司会の話を聞く者──
上等なテーブルに着いて聞いているのは5人だ。そしてその背後に木の柵を介したベンチ、つまり傍聴席があるが、そこに3人が座っている。ついでに特殊な制服の人間が6人程がさらに後ろに立って居る。
沈黙を承諾と受け取った司会は肯いた。
「では、続けます。まず1次試験受験者は15人。同通過者は4人でした、次に……」
「あーーー」
背後の席で挙手があった。背の高い軍人だ。
「なんでしょうか?」
「その内の軍人ならびに深緋連隊所属の人数は?」
「はっ、はあ。ええと、軍人は11人。深緋連隊所属は6名です」
「それで、通過者は6人の内の4人ということだな」
「いっ、いいえ。3人です。あっ、あのう。この結果につきましては……」
「分かっている。他言はしない。で? 残り一人は、どこの師団所属かね?」
「参謀次長閣下、あなたはここでは傍聴人に過ぎない。質問は議決が終わってからまとめてすると良い」
テーブルに着いた上品な紳士が、振り返りもせず窘めた。
居丈高に質問をしていた軍人は拳を握り締めたが、そのまま黙った。
「でっ、では続けます。2次実技試験受験者は4人。内、不合格判定は2人です」
「ほう、それは喜ばしい。今年は2人も委任判定が出ましたか!」
中央の席に座っていた審査委員長である魔術師協会総裁テレスターが顔をほころばせる。
委任判定?
そう傍聴席から声が聞こえた。
2次試験で特別審査員から何の宣告もなかったこと、委員の間ではそう呼ぶ。合否を委任されるからだ。
「いっ、いいえ。大変喜ばしいことに、34年ぶりに合格判定が出ました。ラルフェウス・ラングレン殿。15歳です」
「おお、我が協会が推薦した、若者ではないか! やはりな……」
総裁が破顔して大きく肯く。
「ばっ、馬鹿な! 軍人でもない民間人が合格だと! おかしいではないか!」
先程の軍人が立ち上がる。
「この会議は軍の会議ではない! 先程も警告した傍聴人には、ご退場頂け!」
「はっ!」
衛士が、近寄って軍人の両脇を抱えた。
「なっ、私が誰か分かっているのか?! おい! 中佐! 聞こえているのか……」
そう喚いてジタバタしていたが、無理矢理運ばれていった。
「グッ、グレゴリー殿。よろしいのか?」
あの参謀次長は、中将だ。軍の階級で、中将と中佐では全く勝負にならない差なのだが。そう心配したのだろう。
「あまりもたつきますと、御前会議に間に合わなくなりますぞ。委員長殿」
「そっ、そうですな。続けてくれ給え」
「はっ! 合格判定のラングレン殿の2次試験の模様を上映致します」
魔灯が消えると、司会者が居た背後に映像が映し出された。
そして5分もせずにそれは終わった。
「あまりにも強すぎはしないか」
「信じられん。1分も経たずして魔力吸引が終わり、あの短時間で昇華が始まるとは」
「それより、その衝撃を防ぎ切ったことが驚異だ。前代未聞ではないのか」
「いや例はあるが」
4人の委員の視線が、グレゴリーと呼ばれた委員に集まる。
当人は薄く微笑みさえ浮かべていた。
「皆さん。これだけはっきり結果が出ているのだ。時間も無い。決を採ってはどうか?」
全員が肯いた。
「では、最終判定の決を採らせて頂きます。ラルフェウス・ラングレン殿の合格を是とされる方。挙手願います!」
お読み頂き感謝致します。
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訂正履歴
2020/03/25 誤字訂正(ID:881838様 ありがとうございます)
2022/02/14 イーリア→イーリス(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




