159話 秘密保持契約
仕事柄、何度か秘密保持契約を結んだことありますが。相手方との腹の探り合いとか、法務担当とすったもんだの条文調整とか、とにかく面倒臭いです。が、締結した後は楽なので良いです。
早めに寝た所為か、日の出前に目が覚めた。
小用を済ますフリをしつつ、着替えるとゲルを出た。東の地平線がほんのりと朱くなっている。
いよいよだ。
上級魔術師選考実技2次試験の日だ。
7年前。心に決めた進路が実現するか否かは、今日決まると言っても過言ではない。
制度上、試験は複数回受験できるが、今回不合格となれば、来年以降も魔術師協会や冒険者ギルドが候補者推薦してくれるかどうか分かったものではないしな。
躯を解そうと伸びをしていると、南の方から小気味の良い足音が聞こえてきた。
走ってくる姿が見える。
6番さん……。
向こうもこちらに気が付いたようだ。
胸に手を当て挨拶してみたが、顔を前方に固定してこちらを向かないまま、走り去っていった。
はあ……まあいいけど。
やっぱり彼も一次は通過したんだな。まああの試験内容なら半分以上は通過するだろうし。
適度に躯を動かしていると、日が昇ってきた。
雲もいくつか浮かんでいるが、今日も良い天気になりそうだ。
ゲルに戻ると、当たり前のようにしっかり身支度したローザが起きていて、やかんでお湯を沸かしていた。
「おはよう」
「おはようございます。ああ……」
ん?
「ここに座って下さい、御髪が……」
「ああ、別に」
「駄目です」
はいはい。
言われた通り座ると、後ろに回ったローザがブラシで梳き始めた。
「凄く綺麗な髪なのですから、ちゃんと整えてあげないと可哀想です」
髪がか?
気持ち良いなあ……数分続けて貰っていると、眠たくなってきた
「これでようございます。お茶に致しましょう」
†
ローザの見送りをあとに、指定された広場にやって来た。
テントが大小合わせて10張り程点在している。
10時と言われたが、まだ15分位有る。
だから余裕だと思っていたのだが。
近付いていくと、係員が走ってきた。結構息が弾んでいる。何か有ったか?
「7番様、おはようございます」
「おはようございます」
「あのう。少し早いですが、2次試験受験者の方がお揃いですので、運営テントの方へ」
「はあ……」
俺が一番遅かったらしい。時間前だから罪悪感は無いが。
入ってみると、赤白の派手なローブの魔術師が3人居た。
待てよ? 2次試験受験者は揃っていると言ったよな。つまり1次試験通過者は、俺を入れてたった4人か。
おかしいな。1次試験は、5分以内に基準を満たせば人数制限無いはずだが? ここに居る以外は、5分以上掛かったってことなのか。
「7番様。始めますので、こちらにお掛け下さい」
空いた椅子を勧められる。やはり4人か。 俺以外の通過者は深緋連隊、目立つ衣装は伊達じゃないということか。彼らは向こう向きに折り畳みの椅子に座っている。空いてる席は左端が1つだ。
残り3人に会釈しつつ、顔を覚えて腰掛ける。隣は6番さんだ。
「おはようございます。少し早いですが、受験者が揃われましたので、2次試験の内容説明に移らせて戴きます」
そうだな。2次試験は、より実戦的な方法としか聞かされていない。
「説明の前に……2次試験の受験されるに当たり、こちらの契約をお願いしております。なお契約戴けない場合は、受験できません」
なかなか理不尽な話だが。皆、この試験を王室並びに軍が後援してることを知っている。ここで何を言っても無駄だ。
反論が出なかったので、冊子が配られた。
秘密保持契約約款。
契約の目的
上級魔術師選抜、2次実技試験に使用される設備、魔術技術を一般への開示を防ぐ。
そんなに秘密性の高いものが使われているのか?
禁止内容
2次試験を受験した事実の公表。
試験内容について一切の開示。
並びに現時点から、試験終了後敷地外へ出るまでに、見聞きした全ての事物の公表。
なかなかだな……。
契約期間、永久。
永久って……。
†
30分後。
「皆様との契約締結を確認致しました。急なことで申し訳ありませんでした。では説明を継続します」
要約しよう。
試験方法は、受験者1人ずつが特殊魔獣との対戦をする。
試験時間は45分。
45分の内、特殊魔獣起動に必要な魔力を魔導器で吸引する。
吸引時間は、受験者により左右されるので、その分は試験時間から差し引く。
吸引時間が30分を超えた場合は失格とする。
合格条件:特別審査員の判定
特別審査員って、誰だ?
賢者の誰かか。
「それでは、受験順序を決めて貰うために、受験番号順にくじを引いて頂きます。1から4の数字が描かれた玉をこの空の箱の中に入れますので、1番様から引いてください下さい」
空箱を見せ、手が通る程の穴が明いた蓋を閉めてから、玉を入れガラガラと振って混ぜた。
一番左の男、少尉が立ち上がった。
箱に手を突っ込んで、引いた玉は。
「1だ!」
「はい。では受験順は1番です。では2番様」
2番と言うことは、俺が最後か……仕方ないな。
それから最も年配だろう男が4番玉を引き、隣の6番さんが2番玉を引いた。
「では7番様、順番は決まっておりますが、一応引いて下さい」
はいはい。
箱の中に玉はひとつしか無く、当たり前だが3番玉だった。
「それでは、1番様以外は、控えのテントへお戻り下さい。今から1時間ごとにお迎えに上がります。よろしくお願い致します」
結構待ち時間があるな。
課題でもやっているか……。
†
2時間後。
係員が迎えに来た。
それまでに、魔導波の高まりは何度か感じた。何か人為的な減衰が掛かっているような不自然さを感じたが。
「これから10分程馬車に乗って戴きます」
馬車なら2ダーデン近く走る。結構遠くまで行くようだ。
「分かった」
走り出して数分後。前方から馬車がやって来た。
6番さんが乗っていることだろう。
彼はどうだったんだろうなと浮かんだが、他人のことを考えてみても詮無い。俺の結果とも関係ないしな。
結界?
高い柵があり、魔界強度の不連続性を感じる。
どうやら魔導波を緩衝する働きがあるようだ。それを何度か越え、しばらく走ると、馬車は止まった
係官がいた。扉を開けてくれる。
「2次試験会場に着きました」
会場? 何にも無いんだが。
だだっ広い荒れ地があるばかりだ。
何カ所か、こんもり膨らんだ築山のようなところがある。土塁だろう。特に真ん中辺りから高い魔界強度を感じる。そこに顔を向けていると。
「そうです。あそこに特別審査員がいらっしゃいます」
馬蹄型の土塁の内側に、半ば土に埋まった煉瓦の小屋がある。横長の窓が見えるが、御簾のようなものが掛かっているのか、中が見通せない。
それよりもだ。
土塁の前方に、地から1ヤーデン半の柱が立っている。陽光を跳ね返していのは、その頂きに鎮座する大きな魔石珠だ。
あれが魔導器か──
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/05/09 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2023/02/24 誤字訂正(ID:1552068さん ありがとうございます)
2025/03/01 誤字訂正(ran.Deeさん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)