158話 猜疑と連帯
家に帰って、誰か知らないお客が居たことが時々ありましたけど。結構びっくりしますよね、あの状況。
「お帰りなさいませ」
ゲルに入ると、小さい焜炉の前で、ローザが立て膝で調理していた。
「ただいま」
ローザがこちらに反応したので手で制する。
入る前から感じていた人の気配に首を巡らせると、セレナを囲んで若い女性が2人居た。
「こちらは?」
「お邪魔しています、男爵様。陸軍近衛師団所属エイル上級曹長です」
「同じくカーラ曹長です。ああ、私達は候補者ではありませんので、ご心配なく」
敬礼をしてきた。
受動感知が知らせてくる魔力上限値からみて、2人は魔術師のようだ。が、候補者が集められた今日の朝礼では見かけなかったところを見ると、自ら申告の通り2人は候補者ではないのだろう。
つまり、接触を最小限にすべしという制約は対象外だ。
付いていた候補者が、1次試験で不通過だったということか。
「ああ、いらっしゃい」
俺のことは知っているようなので、名乗りは省略だ。
制服からして、深緋連隊ではないようだが、何の用だろう。
一応笑顔を向けておく。鍋の水位からして、昼食を振る舞うようだからな。
「セレナちゃーん!」
挨拶が終わるとエイルと名乗った方がセレナの首に抱き付き、カーラは腰を撫でている。
セレナの方は、少し迷惑そうな顔つきだが、本当に嫌なら振り払っているだろうから許容範囲なのだろう。
「ああ、あなた。おふたりは急に非番になったそうで、すぐそこにいらっしゃったので、お招きしてみました」
「そうか。このようなところだが、ゆっくりして行かれよ。ローザ、明日も10時からだ」
「承りました。昼食がもうすぐできますので、少々お待ち下さい」
「あのう……」
俺か。話しかけてきたのはカーラだ。
「なにか?」
「今、明日って仰いましたが。それって1次試験を通過されたってことですよね?」
「ああ」
答えて肯く。
「もう。バッカねえカーラは! 男爵様が不通過な訳ないじゃない」
「そうだけどさあ。あんなに威張ってた上官だって、私達に何も言わずに自分だけ帰っていったのよぅ」
居たたまれなかったんだろう。
「そうねぇ。まあ軍の受験推薦が貰えただけ、ウチらの上官は優秀なんだろうけどさ。10年以上、例の連隊からしか合格者が出てないんだから……ああいえ、男爵様は別です。きっと合格されます。だってセレナちゃんを育てたんでしょう」
「ああ、そっかぁ」
そこで納得されてもな。
「ワフッ! ワフッ!」
「わあ、何かセレナちゃん。話が分かってるみたい」
「ははは」
笑っているが、本当に分かっているぞ。
とりあえず、館の同居人以外が居る場合はだめだという指示を守っているから、セレナは喋らないけどな。
「さあさ。できましたよ! 皆さんで食べましょう」
「やったー! ああ、手伝います」
カーラが立ち上がると、ちょっと待ってとエイルが呼び止める。そして、生活魔術で僚友の手を清め、ついでにテーブルにも行使した。
俺も生活魔術は使えるけど、余り使わない。
子供の頃、着てる物とか汚れることはいくらであった。叱られる。いや、ローザに嫌がられると思って魔術で綺麗にしたら、逆にローザには凄く悲しい顔されたしなあ。
カーラが鍋を運んできた。シチューだ。
「すっごい良い匂いだよ」
ローザが深皿と匙を持ってきてくれた。そして、よそった皿を皆に振る舞う。
「どうぞ召し上がれ!」
もう一度ローザが立ち上がる。
「うっまあぁぁあ!!!」
「本当だ。とっても美味しいです!」
「そう。良かったわ、お口に合って。パンもどうぞ」
取ってきたパン籠を置く。
「合います、合います」
「まあ軍の糧食は、量は十分なんですけど、味はねえ……」
そうなのか?
エイルがちらっとこっちを見た。
「田舎者の私達でも、もう一つって感じちゃうものね。ああ、だからって。それと比較してローザさんの料理を美味しく思うって訳じゃないんですよ」
嘘でもお世辞でもないのは、そのがっつき様で一目瞭然だ。
皆食事を終え、暖かいゲルに心身を解されたのかまったりとしている
「いいなあ。男爵様は……」
ん?
「ちょっとカーラ!」
「だって、奥さんは綺麗で料理上手だし、なによりセレナちゃんと一緒だし」
ふんふん肯いておく。
「カーラったら、もう! ああ、男爵様。新聞で読んだんですが、基礎学校の頃から魔獣を狩っていたとか」
カーラは興味を失ったように、セレナを構いだした。
「ああ、まあ手頃な魔獣が多く出たんでね」
向かい合ったエイルは地味な雰囲気だが、整った顔貌だ。
「はあぁぁ。手頃ですか、ところで何歳位から魔術を?」
「うーん。物心付いた時は使っていた……な」
「はあぁぁ……」
「うふふふ」
「なんです? ローザさん」
「旦那様は、4歳の時にお館の窓を吹き飛ばしてしまわれたことを、思い出しまして」
「4歳!!」
大声だ。ビクッとなったカーラもこっちを向いた。
「はい。それはそれは、お可愛らしくて。昨日のことのように憶えていますよ」
「はあ、そうでしょうね……」
ローザ。うんうんと頷いて満足しているが、エイルとカーラは呆れて居るぞ。
「ああ、お茶にしましょうね……」
「ありがとうございます」
お茶と甘いものを食べた2人は、ようやく帰って行った。
手を振ってにこやかに見送っていた、ローザが戻ってきた。
「あれでよろしかったですか?」
「なんだ、気が付いていたのか」
ローザは頷く。
ゆったり寝そべっていたセレナも首を上げる。
「悪い ヤツラ 違う」
「そうかそうか。セレナが言うなら、そうなのだろう」
「ワフッ!」
頭を撫でてやると、目を細める。
彼女達が、突然暇になってぶらぶらしていたら、セレナと出会った。というのは嘘設定で、命令を受けてウチを探っていたのだろう。
ここが上級魔術師選抜試験場でなければ、設定通りということも有り得ると思ったかも知れないが。彼女達の素の人格がさっき見た光景に近い奔放さを持っていたとしても流石に緊張感がなさ過ぎる。
まあ、それはどうでも良いとして。軍は、何を知りたいんだろうか?
敵の全てを知ることが、勝利に近付く最善手と書いていた戦略指南書もあったが。そういうことなのか?
やはり俺は軍に取って、敵なんだろうか?
敵だったとして、そう見てくる理由はなんだ?
実技試験の最初に言われたように、俺が居ようと居まいと他の候補が水準を満たせば、その合否は変わらないはずだ。
俺が上級魔術師に成ること、その後超獣に対すること、あるいは俺の存在自体が気に入らないのか?
まだ、成るか成らないか決まっていない段階ではそうは思わないよなあ。
「ラルフ 考え過ぎ お茶飲め」
言われて、香気立ち上る茶が置かれていることに気付く。
「ああ、済まん」
昔はローザが、セレナに餌を与えていた。今は毛繕いをしてやってる。
だからアリーよりローザに懐いている、そう思っていた。
「セレナ、訊きたいことがあるんだが」
「何?」
「最近、ローザと仲良くなったのか?」
「なった」
ほう……。
「なぜだ?」
「ローザ ラルフ 結婚する 言った」
「ふむ」
「一緒に ラルフ 仕える」
「一緒に仕える?」
「ローザ 人間 だから 妻なる だけど セレナも 仕える 仲間 言った」
ほぉぉ。
「嬉しかった」
「そうか……」
俺は何度もセレナの背中を撫でた。
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